銀座で「フカヒレ定食」仕掛ける中国人女性の正体
完了しました
メインテーブルに山と盛られた、タラバ蟹、ズワイ蟹、棘ズワイ、アワビにサザエ、ハマグリ。マグロ、サーモン、ぶり、たこ、甘エビなどのお造り。焼肉用の比内地鶏、馬肉に江戸前寿司、北京ダックや海老のチリソースなどの本格中華料理からスイーツまで、メニューは150種類以上。
高級海鮮の山も中華の皿も、300名を超える客の襲撃に切り崩されては、またたく間に補充されていく。
行列のできるブッフェダイニング「銀座八芳」の光景だ。このたび、2店舗目となる新宿店が2024年12月7日にオープンした。
起業に踏み切った理由
この、メニュー数も規模も圧倒的な店舗の仕掛け人はFANG DREAM COMPANY(ファン ドリームカンパニー)代表取締役の孫芳(ソン ファン)氏。2013年に起業し、展開するブランドは創作中華料理の「銀座夜市」、火鍋専門店「孫二娘 潮汕牛肉火鍋」など、9ブランド13店舗を展開している。
孫氏は2002年、留学目的で来日。卒業後にメディア系の企業に就職したが、すぐに辞めて起業したという。
「いま41歳ですが、すでに故郷の中国・河南省より日本でのほうが長くなりました。この前も2カ月ほど帰国しましたが、住み慣れない感じがして、すぐに日本に帰ってきました(笑)」(孫氏)
会社員時代に接待の席などで食べた中国料理の値段が高く、「質の高いものをリーズナブルに提供できれば繁盛するのでは」と考えたのが、起業に踏み切った理由だった。
「もっとも、当時20代で1万5000円から2万円ぐらいの料理。今考えれば高すぎるということはなかったかもしれません。それに当時なら中国で1万円ぐらいで食べられたでしょうが、今は物価が変わってきて、もちろん中国の都会に限ってですが、日本の方が若干安いかも」
20代前半。アイデアをとにかく試してみたいという、エネルギーを感じさせる。
親が夫婦で飲食店を経営しており、B級グルメの店を運営している親戚もいた。そんな環境で育ったため、起業して店を開くという考えには自然にたどり着いたようだ。
「ちょっと赤」という状態が続いた
しかし世間の風は孫氏にかなり厳しく吹きつけた。
外国人で女性、会社経営や飲食店の経験もない。信用が得られるはずもなかった。開業資金は親、親戚、知人友人に頼み込んでなんとかしたが、難航したのが店舗立地だ。探しては断られ、また探し、の連続で、半年も検討期間を引き延ばされた後、結局、入居が叶わなかったこともある。
「何度断られてもあきらめないで探し続けていました。でも、そのときは本当にショックでした」
2014年、ようやく出店できた店が、高級中国料理「銀座芳園」だ。北京ダック、鳩のロースト、チャーシュー等焼き物を得意とする店だったが、焼き物が作れる料理長の帰国により、現在は閉店している。
2016年には「銀座夜市」をオープン。リーズナブルな価格でカジュアルなものから本格的な中国料理を提供した。「ガチ中華」ブームの後押しもあり、2年後に2店舗目を出すまでに至った。
「ちょっと赤(字)」という状態を続けながらようやく利益化できたのが2020年。4店舗を展開し、成長軌道に乗ろうとした矢先に襲ったのがコロナ禍だった。
コロナ収束後の、外食需要の高まり
どんな業界も痛手を負ったのがコロナ禍。孫氏も4店舗中2店を閉店した。政府の補助金が決まる前のタイミングだった。
しかし比較的ラッキーだったと言えるかもしれない。懇意の不動産会社から1年間、家賃無料で場所を借りることができたのだ。テナントが次々に閉店してしまい、ビルのイメージが悪くなるため、という理由だったそうだ。
そこで2022年3月にオープンしたのが「乾杯500酒場」。卓上にサワーとビールのサーバーがある、飲み放題と焼き鳥などの食べ放題のブランドだ。非接触のニーズをいち早く掴み、セルフ方式とした。ちょうど、同じ卓上サーバーのチェーンが一気に店舗数を伸ばしていた頃だ。
コロナ収束後の、外食需要の高まりにうまく乗ることができ、その後も火鍋専門店、北京ダック専門店など次々に新しいブランドを展開した。店舗立地として、比較的家賃の安い、大通りから1本入ったビルの空中階を狙うのがコツだという。今では出店地探しに困ることもなくなり、利益化もできるようになった。
「応援してくれた両親や親戚、友人には感謝してもしきれない」と振り返る。
フカヒレ専門店を銀座にオープン
そして2024年10月29日、銀座にオープンしたのが「フカヒレ専門店 銀座七芳」だ。フカヒレといえば高級中国料理の代表。誰もが知っているが、味をはっきり思い浮かべられる人は少ないかもしれない。
普通は姿煮で提供し、これでもかと高級感をアピールするところ、同店では比較的財布に優しい「フカヒレスープ定食」として提供する。
メインのスープは、金華ハム、丸鶏、干し貝柱、豚骨、豚の皮などを8時間以上煮込んだもの。フカヒレの繊維がほぐれた状態でスープになじんでいるので、旨みをより感じることができる。
これに、おかわり自由の小鉢10種類、ご飯がついて、5500円、7700円、9900円(税・サービス料込み)。価格の違いはフカヒレの部位の違いで、最高級は尾ビレ。5500円のものはほぐしたものを仕入れており、胸ビレを中心とした混合の食材だ。いずれも気仙沼をメインとした国内産のヨシキリザメから取られているという。
小鉢は豚の角煮のようなガッツリ系もあるが、どちらかといえば豆腐や野菜を使った、日本人の舌にも合うさっぱり系のおかずが多い。また季節により内容は変わる。
今回、7700円と5500円の2種類を試食。鍋ごと煮込んであるので、表面がグツグツしている熱々の状態で運ばれてくる。
スープはさまざまな具材が混じり合ったふんわりと優しい味だ。これは、フカヒレを煮込む前に、スープの蒸気を使って蒸していることと関係がある。臭みが消えるので、素材を生かした薄い味付けでも十分なのだ。
ほぐして煮込んでいるためか、繊維のコリコリ感もそれほどない。7700円と5500円の違いは、正直なところわからなかったが、5500円のほうがややコリコリしているかもしれない。
スープもたっぷりあり、ご飯もおかわりができる。ご飯にのせながら、ときどき、添えられているパクチーや金華ハムの千切り、赤酢などで味を変えるのがおすすめだ。
フカヒレスープ定食は原価率50%
「フカヒレスープの定食にしたのは、中国の南のほうでとても流行っているから。『ガチ中華』というとどうしても、濃い味付けの脂っこいものが多いので、こういう優しいガチ中華もあることを知っていただきたい」
孫氏によると、フカヒレスープ定食は原価率50%となっており、小皿をたくさんおかわりした場合は赤字が出てしまうほど、客にとってはお得なメニューとなっている。なお、50%というのはフカヒレ定食のみで考えた場合のこと。一般的に、店全体での原価率は30%程度が飲食店で利益を出すための目安とされている。客席はすべて個室で、落ち着いてゆっくり過ごせるため、銀座に買い物に来た女性客などが穴場として活用しているそうだ。
なお、フカヒレの姿煮が入ったコース料理も提供している。
やりたいことにまっすぐに向かえば、夢は叶う
冒頭に紹介した銀座八芳は2024年2月にオープン。400席の大規模店舗が埋まるものか、孫氏としては勇気の要る決断だった。
「初めてのチャレンジだったが、インバウンド、日本のお客様双方に来ていただいて、この度2店目を出すことができた。でも、もう大丈夫とか、成功したと感じたことはなくて、いつも『明日はどうなるか』と不安」
それでも、2023年の年商は20億円、2024年は増加の見込みだ。新宿の新店舗は月商1億を狙う。水槽や、エビなどをローストできる鉄板など、銀座店になかった設備も追加し、よりライブ感を味わえる店舗となっている。
今後、銀座八芳ブランドだけで10店舗を目指すという。
「食べることが大好き。好きなもの、美味しいものを研究して、カッコいいお店を出していきたい。創業スタッフを含めて、社員が喜びや誇りを感じられるような会社に成長していきたい」
やりたいことにまっすぐに向かえば、夢は叶う。そんな明るい年になればいい。