<3>人体の機能再現、拡張
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バイオニック義手「SMART BIONIC HAND―RYO」 カワテック(大阪市)
子どもとミニカーで遊んだり、ペットボトルの蓋を開けたりするウクライナ人兵士。実は兵士はロシアとの戦闘で右腕を失い、「カワテック」(大阪市住之江区)が開発したバイオニック義手「SMART BIONIC HAND―RYO」を装着している。全く違和感のないスムーズで力強い動きは、さながらSF映画のサイボーグヒーローを見ているようだ。
センサーや人工知能(AI)、精密で軽量化された駆動装置などを組み合わせた生体工学(バイオニクス)の技術の発達により、今や義肢は失われた機能を補うだけでなく、本来の人体以上の力を出すなど、機能を拡張できるまでになってきた。近い将来、あらゆる体の機能を再現できるようになるかもしれない。
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「日常生活で行う、手の動きの約95%を再現できる」。上肢義肢の専門家でもある、コロンビア出身でメキシコ国籍の最高経営責任者(CEO)、アルバロ・リオスさん(50)は強調する。カワテックは2022年12月設立の従業員数人の新興企業。バッテリーやセンサーなど様々な分野でトップクラスの技術を持つ企業がある日本に魅力を感じ、特に大阪は医療技術分野の企業が多く、連携できると考え、進出を決めた。
義手内に内蔵された2個の電極で、手を動かそうと脳から発せられる体内の微弱な電気信号を拾う。AIがコードとして読み取って、小型の電気モーターが作動し、各指を動かす。また、AIが装着した人の使用パターンを学習することで、より直感的に制御しやすくしていく。
現在、バッテリーを含めた重さは約1キロ。成人の肘から指先までの重さ(約1・2キロ)に近づけるよう、モーターの小型軽量化に試行錯誤を重ねた。
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リオスさんは幼い頃、夢中になったテレビドラマがあった。重傷を負った元宇宙飛行士が、人体を補完、強化する改造手術を受け、サイボーグ「バイオニック・マン」となって活躍する物語だ。
「テクノロジーを、どうすれば人間の体の一部のように応用できるか」。そんな疑問や興味が、研究や開発の原点にある。大学で生体医学工学を学び、神経に接続する義肢や、物を触った感覚などを伝達し、その感覚を使っての適切な義肢の制御、バイオニックシステムへの知識を深め、研究を重ねてきた。リオスさんは言う。「手は、人体で一番難しく複雑なんだ」
手と脳の関係は長く研究されてきたが、手には計27本の骨だけでなく、100本以上の
例えば「RYO」は、6個のパーツで人の手の動きに近づけようとしている。人間の手をそのまま再現しようとすると、多くのモーターが必要になり、結果的に重くて扱いにくくなる。これを解決するために、5年以上かけて、重量と部品を最小限に抑えながら複雑な動きを実現する方法を模索してきたという。リオスさんは「機能性と実用性のバランスが開発プロセスでの最大の課題の一つだった」と語る。
現在の重さやエネルギー効率を維持しつつ、制御機能を改善し、より速く、自然な動きを実現するなど、課題はまだある。
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まずは世界が注目する万博で、“メイド・イン・ジャパン”の高い技術を使い、誰にでも手が届く人工義肢として広めたいと願う。
バイオニック技術を使った義眼や義足の研究も進める。万博会場での製品展示は一つしかできないが、患者の希望となる情報として提示する予定だ。
「障害を持つ人は『弱い立場』とみなされるが、バイオニック技術により健常者に近づき、強くもなれることが、私たちの願いです」。リオスさんの言葉は力強く響く。(北口節子)
市場さらなる拡大の見込み
WHO(世界保健機関)の推計では、世界で約3500万人が義肢を必要としている。国内でも、厚生労働省の「身体障害児・者実態調査結果」(2006年)によると、上肢切断者は約8万2000人、下肢切断者は約6万人いるとされる。
電動義肢の研究は第2次世界大戦後に始まった。1990年代に、脳から神経を通じて筋肉に届く微弱な電流(筋電位)をセンサーで読み取り、モーターで動かす義手が商品化された。近年は、3Dプリンターで義足や義手を製造・販売する企業も出てきている。
バイオニック義手は、ドイツなど欧州や米国の企業が席巻。世界市場はさらなる拡大が見込まれている。
リオスさんは「日本がバイオニック義手のトップの地位を得るために努力したい」と語る。