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広大な宇宙空間では、水素や炭素といった原子の大半がバラバラに漂い、ごく一部が化学結合して分子を作っている。星が誕生する過程で、さらに化学反応が進み、複雑な分子が現れる。生物の体の材料となるアミノ酸も、探査機「はやぶさ2」が持ち帰った小惑星の試料から多数見つかり、地球が生まれる前から宇宙に存在していたと考えられている。
こうした営みは、宇宙の「化学進化」と呼ばれる。南米チリにある巨大な電波望遠鏡
炭素も酸素も少なかった100億年前の宇宙
138億年前、ビッグバンで誕生した直後の宇宙にあった元素は、ほぼ水素とヘリウムだけだった。最も軽い2元素だ。その次に軽いリチウムとベリリウムが、ごくわずかに漂うくらいだった。その後、星を輝かせる核融合の反応などにより、炭素や窒素、酸素などの元素も生まれた。これらの元素は、星の終末期に宇宙空間へ放出される。
天文学では、ヘリウムより重い元素の量を「金属量」と呼び、水素に対する比率で表す。一般的な銀河の金属量は、ビッグバン直後にはゼロだったが、時とともに増大してきた。今から100億年前の平均的な量は、現在の太陽系付近に比べて半分から10分の1程度だったと推定されている。
金属量は、実は現在の宇宙の中でも、場所によってばらつきがある。星の生と死のサイクルがあまり活発に繰り返されない場所では、重い元素が生成・放出されにくいからだ。下西さんは、金属量が太陽の半分~10分の1程度しかない場所へ、ALMAのアンテナを向けた。それは、100億年前の宇宙の環境を探ることにつながる。
「100億年前というのは、宇宙の歴史の中で、星の形成が最も活発だった時期です。分子の材料となる炭素や酸素などの元素が少なかった環境で、どのような化学進化が起きていたのかを知りたいと思いました」
有機分子少ない世界…ダスト不足が原因か
観測したのは、銀河系(私たちがいる天の川銀河)の最も外側の部分や、天の川銀河の近くにある「大マゼラン雲」と「小マゼラン雲」という小さな銀河だ。いずれも金属量が少ない。それらの場所で、生まれて間もない赤ちゃん星(原始星)を調べた。
星が誕生して熱を放出し始めると、その周囲では、もともと極寒の宇宙空間で凍っていた様々な分子が気体になる。そして、分子の種類ごとに決まった波長の電波を出すので、その強さから各分子の量を計算できる。
分子を構成する炭素や窒素が少なければ、それに応じて分子の量も減ることは当然、推定される。しかし、大マゼラン雲の中のいくつかの赤ちゃん星では、メタノールなどの有機分子が、その推定だけでは説明できないほど桁違いに少なく、ほとんど検出されなかった。
なぜ有機分子が極端に少ないのか。可能性の一つとして、下西さんは「冷たいダスト(
たとえばメタノールは、冷たいダストの表面で一酸化炭素に水素原子が4個くっつくとできる。このような反応で生成する様々な分子が、ダストの周りに凍って積み重なり、星間氷が成長する。温度が少し上がると、水素原子がダスト表面にとどまらなくなり、こうした反応は起きにくくなるという実験結果がある。
下西さんは「ダスト自体、鉄やケイ素といった重い元素の鉱物なので、金属量の少ない所では作られにくい。また、ダストは、宇宙空間に飛び交う紫外線を吸収する役割がある。ダストが少ないと、温度が上がって有機分子が作られにくくなったり、紫外線によって分子が分解されやすくなったりすることは、十分考えられる」と語る。今後、シミュレーション(コンピューターによる模擬実験)や温度の観測などを通して、仮説を検証していく考えだ。