生命上陸のカギ握る? 不思議な「界面分割」現象

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編集委員 増満浩志

北陸先端科学技術大学院大学(石川県能美市)
北陸先端科学技術大学院大学(石川県能美市)

 自然は時に、人間の常識を超えた振る舞いを見せる。身近なところで起きていながら、気付かれていないこともある。北陸先端科学技術大学院大学の (おけ)(よし)(こう)(すけ) 准教授(43)(高分子科学)が発見した「多糖の界面分割」は、まさにそんな現象だ。桶葭さんは「水中から陸上へ進出した生物の進化を解き明かすカギが隠れているのではないか」と考え、この現象をもたらす仕組みの解明に挑んでいる。

いつも上から見る試料を横から見てみたら……

桶葭准教授
桶葭准教授

 「多糖」は、たんぱく質や脂質と並び、生物にとって欠かせない高分子の一つだ。植物の体を作るセルロースやペクチン、昆虫や甲殻類の外骨格を作るキチン、私たちの重要な栄養素であるでんぷんなど、生物ごとに様々な種類の多糖を利用している。どの多糖も、ブドウ糖や果糖など「単糖」と総称される仲間の物質が基本単位となり、それが多数つながった構造をしている。

 2015年のこと。桶葭さんは新材料を作り出す研究の一環として、高分子の水溶液をシャーレなどに入れ、それが乾燥するとどのような状態になるかを実験していた。大概はシャーレの上から観察するが、ふと「乾燥するプロセスをちゃんと見ておこう」と考え、横側から観察してみることにした。

 顕微鏡で細かく観察する時などに使う特殊な容器がある。薄いガラス板を2枚、1ミリの隙間を空けて重ね、これを立てて両脇や底部をふさいだ形のものだ。その隙間に多糖の水溶液を入れて観察した。

 水が次第に蒸発し、液面全体が少しずつ下がっていくと思っていたが、1か所だけ多糖の膜が高く盛り上がって析出し、隙間を区切る壁のようになった。「こういう時、普通は『ゴミの付いていた場所だけ析出しやすくなったかな』と考えるところですが、僕は実験にかなり潔癖な面があるので、もしゴミがあれば実験前に絶対気付く。これはゴミが原因でないと確信しました」という。

 実際、あと2回実験を繰り返して、同じ結果になった。ここまではガラス板の幅が左右1.5センチ・メートルほどで、その真ん中辺りに盛り上がりがあったが、幅を2.5センチに広げると、盛り上がりが2本になった。さらに幅を広げていくと、約1センチ間隔で何本も盛り上がりができた。逆に幅が0.5センチしかないと、盛り上がりはできなかった。(動画=桶葭興資准教授提供=は こちら

 気体と液体の境界面(界面)が、盛り上がった膜によって分割される「界面分割」は、こうして発見され、研究が始まった。

たった1マイクロ・メートルの物質が、センチ単位の構造を作る

 様々な多糖で実験し、5種類以上で界面分割を確認した。これらの多糖は、分子が集まって粒子状や繊維状の基本構造を作るが、その粒径や太さは1マイクロ・メートル(マイクロは100万分の1)程度しかない。1センチ間隔ということは、この粒子や繊維が1万個にも相当する周期で盛り上がっているということになる。

 たとえるならば、まっすぐ並んだ行列が、約1万人ごとに横へ大きくはみ出しているようなものだ。人間は自分たちで「100人目」「1000人目」などと順番を数えればよいが、小さな多糖の粒子や繊維たちは一体、どんな仕組みでこれほど大きなスケールを認識しているのだろうか。

 盛り上がった膜を電子顕微鏡で観察すると、太さ約1マイクロ・メートルの繊維は、もっと細い数百ナノ・メートル(ナノは10億分の1)ほどの繊維が束になったもので、その細い繊維自体もさらに細い繊維の束だった。このミクロにもマクロにも組織化された現象を説明できる理論は、まだない。

 「物理学的、数学的に説明する法則があるはず。頭の中には仮説をもっている。あと10年くらいで解明したい。近づけば近づくほど、真理の遠さを感じるようなものかもしれませんが」。実験と理論の両面から真理に迫る研究が続く。

環境への適応で生まれる幾何学パターン

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