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自然は時に、人間の常識を超えた振る舞いを見せる。身近なところで起きていながら、気付かれていないこともある。北陸先端科学技術大学院大学の
いつも上から見る試料を横から見てみたら……
「多糖」は、たんぱく質や脂質と並び、生物にとって欠かせない高分子の一つだ。植物の体を作るセルロースやペクチン、昆虫や甲殻類の外骨格を作るキチン、私たちの重要な栄養素であるでんぷんなど、生物ごとに様々な種類の多糖を利用している。どの多糖も、ブドウ糖や果糖など「単糖」と総称される仲間の物質が基本単位となり、それが多数つながった構造をしている。
2015年のこと。桶葭さんは新材料を作り出す研究の一環として、高分子の水溶液をシャーレなどに入れ、それが乾燥するとどのような状態になるかを実験していた。大概はシャーレの上から観察するが、ふと「乾燥するプロセスをちゃんと見ておこう」と考え、横側から観察してみることにした。
顕微鏡で細かく観察する時などに使う特殊な容器がある。薄いガラス板を2枚、1ミリの隙間を空けて重ね、これを立てて両脇や底部をふさいだ形のものだ。その隙間に多糖の水溶液を入れて観察した。
水が次第に蒸発し、液面全体が少しずつ下がっていくと思っていたが、1か所だけ多糖の膜が高く盛り上がって析出し、隙間を区切る壁のようになった。「こういう時、普通は『ゴミの付いていた場所だけ析出しやすくなったかな』と考えるところですが、僕は実験にかなり潔癖な面があるので、もしゴミがあれば実験前に絶対気付く。これはゴミが原因でないと確信しました」という。
実際、あと2回実験を繰り返して、同じ結果になった。ここまではガラス板の幅が左右1.5センチ・メートルほどで、その真ん中辺りに盛り上がりがあったが、幅を2.5センチに広げると、盛り上がりが2本になった。さらに幅を広げていくと、約1センチ間隔で何本も盛り上がりができた。逆に幅が0.5センチしかないと、盛り上がりはできなかった。(動画=桶葭興資准教授提供=は こちら )
気体と液体の境界面(界面)が、盛り上がった膜によって分割される「界面分割」は、こうして発見され、研究が始まった。
たった1マイクロ・メートルの物質が、センチ単位の構造を作る
様々な多糖で実験し、5種類以上で界面分割を確認した。これらの多糖は、分子が集まって粒子状や繊維状の基本構造を作るが、その粒径や太さは1マイクロ・メートル(マイクロは100万分の1)程度しかない。1センチ間隔ということは、この粒子や繊維が1万個にも相当する周期で盛り上がっているということになる。
たとえるならば、まっすぐ並んだ行列が、約1万人ごとに横へ大きくはみ出しているようなものだ。人間は自分たちで「100人目」「1000人目」などと順番を数えればよいが、小さな多糖の粒子や繊維たちは一体、どんな仕組みでこれほど大きなスケールを認識しているのだろうか。
盛り上がった膜を電子顕微鏡で観察すると、太さ約1マイクロ・メートルの繊維は、もっと細い数百ナノ・メートル(ナノは10億分の1)ほどの繊維が束になったもので、その細い繊維自体もさらに細い繊維の束だった。このミクロにもマクロにも組織化された現象を説明できる理論は、まだない。
「物理学的、数学的に説明する法則があるはず。頭の中には仮説をもっている。あと10年くらいで解明したい。近づけば近づくほど、真理の遠さを感じるようなものかもしれませんが」。実験と理論の両面から真理に迫る研究が続く。