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太陽の表面はセ氏約6000度。中心部になると1600万度。温度というのは分子の運動エネルギーを示す量なので、その運動が激しくなれば温度は上がる。温度の上限というのは聞いたことがない。
一方、下限ははっきりしている。セ氏マイナス273.15度になると、原子や分子の運動が止まってしまうので、これより低い温度はないのだ。この温度は「絶対零度」と呼ばれる。
絶対零度に近い極低温では、日常とかけ離れた現象が起きるので、その研究は盛んに行われている。世界で開発が激化している量子コンピューターも、極低温での「超伝導」という現象を利用する。
ただ、絶対零度に近づけば近づくほど、冷やすのが難しくなる。広島大学先進理工系科学研究科の志村
自由度が増す時、周囲から熱を奪う
磁石を使って、なぜ冷やせるのか。志村さんは「スプレー缶が噴射で冷たくなるのを感じたことがありますか。あれと似ています」と説明する。
「熱力学」という分野の法則によると、膨大な数の原子や分子の集団は、粒子一つ一つが自由に動ける度合いが高まる時、周囲の熱を奪う。スプレー缶が冷たくなるのは、缶に閉じ込められていたガスの粒子が、噴射されて広い空間で自由に動けるようになる時に熱を奪うからだ。
磁石の主成分となる鉄などの原子は、1個ずつが磁石の性質(スピン)を持つ。大半の原子が同じ向きに並ぶと、全体が磁石になる。向きがバラバラだと磁力を打ち消し合うので、全体としては磁石にならない。ある種の物質では、強い磁場をかけた時だけ原子が同じ向きに並び、全体が磁石になる。磁場がなくなると向きがバラバラになって磁性を失うが、これは1個1個の原子が自由な向きを取れるようになるということで、スプレー缶の噴射時と同じように周囲から熱を奪う。
逆に、新たに磁場をかけて同じ向きにそろえる時は、原子の自由度が減る分、熱が放出される。そこで、磁場をかけた時に出る熱をいったん逃がしておけば、その磁場を消した時、周囲から熱を奪う冷却装置として働く。
この「磁気冷凍」の仕組み自体は古くから知られ、宇宙での観測機器などで既に使われている。しかし、極低温でこうした効果を示す材料には、大きな課題がある。
極低温を安価で手軽に
志村さんは「極低温の磁気冷凍材料は従来、熱が伝わりにくい性質があり、周囲から熱を奪う効率が悪かった」と語る。有望な材料として現在、レアアース(希土類)の一種「イッテルビウム」と銅、ニッケルを混ぜた化合物(YbCu 4 Ni)に注目している。金属の性質を示し、極低温でも熱をよく伝えるという。この化合物の性能を実験で調べた。
絶対零度を「0度」として数える温度を「絶対温度」と言い、「ケルビン(K)」という単位で示す。たとえばセ氏0度は273.15Kとなる。志村さんは「液体ヘリウムは4.2K(セ氏約マイナス269度)なので、そこまではヘリウムにジャボンと浸すだけで冷やせます。また、液体ヘリウムをポンプで気化させたりすれば、1.5~2Kくらいまでの冷却は簡単。問題はそこから先です」と話す。
実験ではまず、液体ヘリウムの気化を使った簡単な装置で1.8Kまで冷やし、さらにイッテルビウム化合物を2.7グラム使って磁気冷凍を行った。その結果、0.17Kまで冷やすことができた。また、同じ化合物を53グラム使って行った実験では、最低0.18Kまで冷やし、0.3K以下の低温を3時間以上保つことができた。
このような極低温への冷却は「希釈冷凍法」という技術が実用化されており、最近は量子コンピューターの研究開発などに不可欠となっている。しかし、この技術は「ヘリウム3」という希少な種類のヘリウムを使うため、極めて高価だ。しかも複雑な装置となる。
それに比べ、志村さんが研究している磁気冷凍の装置は構造が単純。イッテルビウム化合物を取り付けた中核部(セル)は、手の中に収まるほどの大きさしかない。今後、化合物の成分などをさらに工夫して、実用化につなげたいと考えている。
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