産地・栽培
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2022/05/02 07:19 UTC 版)
「砂糖の歴史」も参照 サトウキビ発祥の地は、現在のニューギニア島あたりで、紀元前6000年前後に現在のインド、さらに東南アジアに広まったといわれている。また、インドを原産とする文献もある。古代サンスクリット語による古文書の記載から、砂糖の精製は北インドが発祥ではないかとされている。 2002年時点の世界生産量は12億9000万トンという膨大な量に及ぶ(小麦は同年5億7000万トン)。ブラジル (28.0%)、インド (21.7%)、中国 (6.4%) の順であるが、地域別に集計するとアジア州 (43.5%)、南アメリカ州、北アメリカ州の順となる。 サトウキビはC4型光合成と呼ばれるタイプの光合成を行う植物であり、栽培には十分な日照と、豊富な水源が必要である。 日本での栽培地域は、南西諸島が特に多く沖縄県と奄美群島(鹿児島県)が大部分を占める。また、大隅諸島などの南九州、四国地方の高知県(黒潮町など)や愛媛県(四国中央市など)でも広く栽培されている。香川県(東かがわ市など)や徳島県(上板町など)では、和三盆という砂糖の原料として竹糖(ちくとう、たけとう)と呼ばれる茎が細いサトウキビが栽培されている。日本国内におけるサトウキビの商業栽培の最北限は、四国から伝播した本州の遠州横須賀地区(静岡県掛川市南西部)とみられる。ここで生産される砂糖は「横須賀白」と称され、第二次世界大戦後に衰退したが、1989年から復活され、年20トン程度つくられている。江戸時代、横須賀藩の武士が身分を隠して四国へ渡り、秘密扱いされていた製糖技術と苗を持ち帰ったのが起源と伝承されている。 ただし、竹糖はシネンセ種 (S. sinense) の為、一般的なオフィシナルム種 (S. officinarum) を使って和三盆と同じ製法で砂糖を製造しても同じ味にはならない。 九州・四国等の温帯地域で栽培されるサトウキビは、製糖の歩留まりが低い為、農研機構は早生系のサトウキビの品種改良を行って、2011年(平成23年)10月31日に本土向けサトウキビ育成品種として「黒海道(くろかいどう)」を発表している(品種登録出願番号:第25823号)。 作型は春に植えてその年の冬に収穫する春植え栽培と、夏に植えて翌年の冬に収穫する夏植え栽培、そして収穫後の地下株から再び出る芽から栽培し収穫する株出し栽培がある。海外では植え付けを行なうと、刈り入れまでほとんど人手が入らないが、日本国内では植付けから収穫までの間は、雑草防除や発根を促進し地上部の倒伏を防ぎ養水分の吸収を盛んにする為、1~2回培土を行う。収穫の際は、まず斧に似た農具で生え際で切り倒し、別人が鎌を用いて茎に巻き付いている枯れ葉を除去し先端部分を切り離す(先端部分は苗として利用する)。茎は適当に集めて置いておき、作業の終わり頃に搬送に適した量に結わえ付けて運搬車に載せる。そこまではほとんど人力で行なわれる。台湾・キューバ・ブラジルなど規模の大きい外国の生産地では専用の大型収穫機が使われるが、日本でも小型の収穫機械による収穫が広まっている。
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