【経済学者・岩井克人氏に聞く】トランプ政権誕生と生成AIの衝撃――2025年、日本の針路は?(後編)

執筆者:フォーサイト編集部 2025年1月1日
生成AIの台頭によりポスト産業資本主義の会社論は岐路に立たされている(C)JRdes//shutterstock.com

 日本を代表する経済学者・岩井克人氏に、世界と日本の行方について問うインタビュー。

 トランプ政権誕生について聞いた前編に続き、後編のテーマは日本の会社のあり方と、成長著しい生成AIについて。生成AIの進化により、岩井氏自身の理論が岐路に立たされているといいます。

 

***

以前のGoogleのおもしろさ

――これから日本の会社はどこに向かえば良いのでしょうか?

 おもしろい例が二つあります。

 ひとつはGoogleです。

 元々、NPO(非営利団体)的な形から始まったGoogleは、2004年にナスダックに上場する時に種類株を採用しました。発行する株式をA株とB株に分けて、A株は株式市場を通じて一般大衆に売り出す。B株はラリー・ペイジ、セルゲイ・ブリン、エリック・シュミットといった経営陣が独占する。彼ら経営陣がもつB株には、株主総会における議決権がA株の10倍、与えられています。

 これが何を意味するかというと、一般大衆に対してA株を発行することにより、リスクマネーを得る道を残しておきながら、10倍の議決権をもつB株によって、一般の株主には権限を渡さない。つまり、「物言う株主に物を言わせない仕組み」を作っているわけです。

 それによって、研究者、エンジニア、従業員、経営者は、短期的な利益を求める株主からの圧力にさらされることなく、長期的な視野をもって仕事に取り組める仕組みが作り上げられている。

 Googleは創業以来「世界中の情報を整理し、世界中の人がアクセスできて使えるようにする」という、とらえ方によっては歯の浮くような使命を掲げてきました。アルファベットという持ち株会社をつくり、その傘下になってからは、だいぶ普通の会社になってしまったようですが、少し前までのGoogleは、「Don't be evil(邪悪にならない)」という行動規範を掲げていたり、週に1日、つまり就業時間の20%を自由に使っていいというルールを設けたりもしていました。そういった人々の心を掴む理念や独自の就業ルールによって、お金では買えないインセンティブを従業員に与えることで、優秀な人たちを集めてきたわけです。

バークシャー・ハサウェイは「信用に基づく会社」

 もうひとつの例は、ウォーレン・バフェットが率いるバークシャー・ハサウェイです。

 彼らもGoogleと同じく、種類株を発行することで、バフェットとその仲間である経営陣が株主総会の議決権を完全に押さえています。実は、Googleはこのバークシャー・ハサウェイから種類株という仕組みを伝授されています。

 バークシャー・ハサウェイの本社はネブラスカ州のオマハにあるのですが、毎年一回の株主総会に3万~4万人が集まります。「資本家のウッドストック」とも呼ばれる株主主権論の祭典のようです。だが、集まって、大騒ぎする株主は実は「物を言えない株主」なんです。

 加えて、バークシャー・ハサウェイには、もうひとつおもしろい点があります。

 株式投資で儲けたお金で、保険会社や鉄道会社など、さまざまな会社を買っています。

 少し前に亡くなりましたが、バフェットの盟友で副会長をしていたチャールズ・マンガーという人が言っているのは、傘下の会社に関する経営方針は「トラスト・ベース」、つまり「信用に基づく」分権制だ、と。傘下の子会社に対しても、よほどの不正や経営不振がない限り、株主による監視・助言機能を行使せず、経営陣の自由に任せている。それによって、経営陣は短期的な利潤などに左右されず、長期的な視野をもって経営を行うことが可能になるわけです。

Googleとバークシャー・ハサウェイが示す「逆説」

 ここには大きな逆説があります。

 つまり、Googleとバークシャー・ハサウェイという、「株の国」アメリカにおいて最も成功している2つの会社が、ともに「物言う株主に物を言わせない仕組み」を作っているわけです。株式市場の仕組みを実際的にはさまざまな面で「ずらす」ことによって彼らは成功している。

 このことは、日本の将来を考える上でとても重要です。

OpenAIの内紛の背景とは?

――バークシャー・ハサウェイの「信用して任せる」という姿勢は、ポスト産業資本主義の現代においては、相対的に「お金」の価値が下がり、差異性を生むことができる「人間」の価値が上がる、というこれまでの岩井先生の主張とも重なります。

 まさにそうです。

 だが、実は最近、私の理論に関して雲行きの怪しい部分があるんです。理由はもちろん、生成AIとOpenAI社の存在です。

 OpenAI社は、以前のGoogleに似ていて、2015年にNPOとして誕生しました。目的はあくまで、「全人類のために汎用的AIを作ること」であり、利潤を求める組織ではなかった。ところが、ChatGPTを作り始めると、開発に巨額の資金が必要なことがわかり、2019年にマイクロソフトから出資を受けて、半分ぐらい営利会社に変わりました。

 ただ、それでもまだ、株主への配当にキャップを設けるなど、非営利の要素を維持していました。その体制の下で、従業員も大いなる目的をもって、ChatGPTを作ったわけです。

 ところが、ChatGPTが成功した途端にOpenAIでは内紛が始まりました。

 CEOのサム・アルトマンは利潤追求的な部分が強く、完全な営利企業になることを発表しましたが、それを機に内紛が起きて、次々と社員が辞め始めたのです。

 ここで重要なのは、OpenAI社が成功した背景にあるのは、組織がNPO的な側面をもっていた、ということです。利潤を追求するのではなく、「全人類のために」という目的を掲げていたからこそ優秀な人が集まり、一生懸命にChatGPTを作った。ところが、アルトマンが配当のキャップを外して、完全に営利企業になろうとしたことで、揉めているわけです。

生成AIは人間を超えるのか?

――岩井先生の理論にはどう関係してくるのでしょうか?

 私は以前から、現代はポスト産業資本主義の時代である、と言ってきました。

 国によって時期は違いますが、日本で言えば高度経済成長にあたる時代を、私は産業資本主義と呼んでいます。産業資本主義においては、工場などの設備を有する人間、つまりお金を持っている人間が利益を生み出す。ところが、農村から供給される安価な労働力が枯渇し、現在のようなポスト産業資本主義の時代になると、利潤の源泉となる差異性を生むことができるのは人間のアイディアだけであり、それ故、相対的にお金の価値が下がって、人間の価値が上がる、ということを私は言ってきたのです。

 ところが、ChatGPTをはじめとする生成AIは、このまま進化を続ければ、人間にしかできなかった差異性を生み出せるようになるかもしれない。少なくとも、その可能性があるわけです。

 そして、生成AIに代表される大規模言語モデルは、膨大なデータを入れて、コンピュータの能力を高めて、できる限り階層を重ねて、パラメータを増やせば――ディープラーニングと呼ばれているものですが――どんどん性能が良くなるという、スケール法則に従って進化しています。つまり、巨額のお金を投下すれば、差異を生む能力を持つ生成AIが作れるかもしれないという可能性に、みんなが賭け始めているわけです。

 この状況は、ポスト産業資本主義の中で「人」の価値が上がる方向に向かっているときに、かつての産業資本主義の論理、つまり「お金」が再び力をもつ状況が入り込み始めている可能性を示している。その意味で、私が主張してきたポスト産業資本主義における会社論が、岐路に立たされているわけです。

生成AIが左右する未来

――生成AIが差異性を生み出せるようになると、「人間」よりも「お金」が力をもつ時代が再び訪れるということですか?

 その可能性があります。だから私はOpenAI社の状況を、ずっと注視しているのです。

 ただ、先ほども述べたように、内紛によって内部の研究者たちがかなり動揺していて、どんどん辞めています。辞めた彼らの多くが、ライバル企業であるAnthropic(アンソロピック)社に移っている。

 重要なのは、Anthropic社はまだNPO的な組織を保っていることです。ChatGPTを作った研究者のかなりの人数が、OpenAIが営利会社に変わろうとしていることに反発して、非営利を維持しているAnthropic社に移っている、というのが現状です。

 だから、やはりそこでは、何かイノベーティブな仕事をするには、――もちろん生成AIの開発は非常に資源を食うし、資金が必要で、産業資本主義的な要素を持っているけれども――人間のやる気や目的意識がかなり重要だ、ということを物語っています。今後、OpenAI社よりもAnthropicの方がイノベーティブになる可能性もあると思います。

 OpenAI社の営利会社への転換がうまくいくかどうかはわかりませんが、資金が増えれば増えるほど性能の良い生成AIができるとされており、彼らは66億ドルの資金を集めている。その状況が進めば、私が産業資本主義と呼ぶ時代に後戻りする可能性が出てくる。お金をどんどん投入すればAIの能力が上がり、人間のような差異性を作れるという方向性ですから、私の理論とはまったく逆のベクトルに進む可能性がある。

 ただし、一方では、生成AIの開発は理論通りに性能が上がるかわからない面もある。あまりにもエネルギーを食い過ぎるため、生成AI自身が人間の脳を真似しようとする試みが盛んになっている。脳のエネルギー消費量は生成AIに比べたら、桁違いに少ないからです。

 これら生成AIをめぐる流れが今後、どちらにいくのかがわからない。そのことが、私自身の現段階の悩みなんです。

 少なくとも今、時代が岐路に立たされているということは間違いなく言えると思います。

岩井克人『資本主義の中で生きるということ』(筑摩書房)
  1. ◎岩井克人(いわい・かつひと)

1947年生まれ。東京大学経済学部卒業。マサチューセッツ工科大学Ph.D.取得。イェール大学助教授、プリンストン大学客員准教授、ペンシルバニア大学客員教授、東京大学経済学部教授、国際基督教大学特別招聘教授等を経て、現在、神奈川大学特別招聘教授、東京大学名誉教授、日本学士院会員。2023年、文化勲章受章。著書に、Disequilibrium Dynamics(Yale University Press, 日経・経済図書文化賞特賞)、『ヴェニスの商人の資本論』(ちくま学芸文庫)、『二十一世紀の資本主義論』(ちくま学芸文庫)、『貨幣論』(ちくま学芸文庫、サントリー学芸賞)、『会社はこれからどうなるのか』(平凡社ライブラリー、小林秀雄賞)、『経済学の宇宙』(日経ビジネス人文庫)など。近著に『資本主義の中で生きるということ』(筑摩書房)がある。

カテゴリ: 政治 経済・ビジネス
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