2006年 03月 23日
地上波テレビが有料になる日 |
先日から欧米の主要メディアなどで、「米地域電話会社大手のベライゾンが自社のネットワーク(固定電話線)でテレビ放送サービスをする際に、通常無料であるはずの地上波ネットワークCBSに加入者辺りのフィーを払う」と言うニュースが取り上げられています。
アメリカではケーブルテレビによるテレビ視聴が広く浸透しており、コムキャスト、タイムワーナーケーブル、コックスと言った大手ケーブル放送会社(MSOと言います)が、「トリプルプレイ」と言ってビデオ(テレビ番組)、高速インターネット、電話、をバンドリングしたサービスを提供する傾向にあります。これは通信サービスがコモディティ化し、ただでさえマージンの圧迫されている電話会社にとっては、大変辛いところです。よってこの動きに対抗するためにAT&Tなどの電話会社も自社のネットワークでビデオ(テレビ放送)サービスを行うと宣言しており、ベライゾンの今回の動きもその一貫です。
アメリカのケーブルテレビは、普通に地上波も見れますし、ケーブルのみでしか見れない有料チャンネルも見れます。ちなみにケーブルのみのチャンネルを英語では「Cable Network」といい、CNN、MTV、ESPN、Discovery Channelなどが含まれます。それに対して先ほど挙げたケーブル放送会社(MSO)は、放送設備やケーブルインフラを提供している会社になります。
ケーブルMSOやディレクTVなどの衛星放送会社は、コンテンツを提供しているケーブルチャンネル会社に対しては、加入者辺り幾らと言う形でフィーを支払うのが通常です。そのフィーはケーブルテレビの加入者に対してチャージされ、一般視聴者は月に数千円から場合によっては1万円を超える視聴料を払っています。
それに対してケーブルMSOと衛星放送会社は、無料放送である地上波ネットワークに対しては、フィーを払っていません。これは、地元のテレビ局がケーブルや衛星に自分のチャンネルを乗せてもらうコストと引き換えに、無料でチャンネルの提供を行っているためです。アメリカではテレビ視聴の70%がケーブルを通していると言われているため、テレビ局側から見れば、ケーブル会社にチャンネルを乗せてもらっているだけ有難い、と言う話になります。
それに対してベライゾンのケースでは、ケーブルテレビ局に対抗して新たにテレビ放送サービスを開始したければ、コンテンツの確保が最優先になります。現時点では視聴者もゼロですので、CBSなどのテレビ局に対する交渉力が全くない状態にあると言えるため、今回のような話になったのだと思います。
これは地上波側から見ると、大変美味しい新ビジネスと言うことになります。アメリカでは、CBS、NBC、ABC、FOXなどの地上波ネットワークはケーブルネットワークに急速に視聴シェアを奪われています。それは広告収入の減少につながり、当然地上波を放送するテレビ局にとっては死活問題です。それでも比較的みんなが黙っていたのは、現在アメリカでは、4大ネットワークの全て及びその系列テレビ局の多くがメディア・コングロマリットに保有されており、これらの企業は同様にケーブルネットワークも保有しているためです。
CBSのケースが特にユニークなのは、CBSは去年までバイアコムと言う大手メディア企業の傘下にあり、バイアコムはMTVネットワークスと言うケーブルネットワーク最大手の一社も傘下に収めていました。よってCBSの視聴率が下がっても、その分をMTVなどが穴埋めすることが出来ていたことになります。
それが昨年末に、「高成長のケーブルチャンネルや映画部門と低成長で安定的なキャッシュフローを生むテレビ、ラジオ部門を一緒にしておくことは、企業全体の株式価値(バリュエーション)にネガティブである」との判断から、テレビ・ラジオ部門をCBS社として新たにスピンオフしました。よって現在のCBS社はバイアコム傘下にないため、MTVが伸びているからといって安心しているわけにはいかないことになりました。
メディアの機能分化が進んでいるアメリカでは、ドラマなどの番組を制作するのは通常ハリウッドスタジオであり、それをまとめるのが地上波なり有料放送なりのネットワーク(日本語で言うところのチャンネル)であり、それを物理的に放送するのがテレビ局なりケーブルテレビ会社(MSO)なりと言うことになります。よって例えばニューズコープ傘下の20世紀フォックステレビが作成したドラマを、タイムワーナー傘下のWBネットワークが購入し、それを独立系オーナーが所有するテレビ局がWBブランドで放送する、なんてことも起こり得るわけです。
CBS社のケースでは、いわゆる4大ネットワークの一つであるCBSと言う「チャンネル」に加えて、全米に多くの「CBS系列テレビ局」も多く保有しています。番組の放送権を持っているのは最終的にはこの「テレビ局」になるため、今回のニュースで「ベライゾンがCBSにフィーを払うことになった」と言う際には、CBS社の保有する系列テレビ局を指すことになります。
<アメリカの番組の流れ>
番組制作: ハリウッドスタジオ(及び一部チャンネル)
↓
チャンネル: 地上波ネットワーク/ケーブルネットワーク
↓
放送設備: テレビ局/ケーブルMSO、衛星放送会社
CBS社と同様に、例えばディズニーもABCネットワークと系列局、ニューズコープもFOXネットワークと系列局、と言う感じでテレビ局を多く保有しています。ただディズニーやニューズコープは、傘下にESPNなどのケーブルチャンネルを多く抱えているため、CBS社のように電話会社に対してフィーの支払いをプッシュすることはないと思われます。特にニューズコープの総帥ルパート・マードック氏は、バイアコムのオーナーであるサムナー・レッドストーン氏が決断した企業分割を「無意味な行為」と批判しており、今後も拡張傾向を続けるものと思われます。
これらのネットワーク系列局に対して、独立系のテレビ局運営会社、例えばハースト・ブロードキャスティングやクリア・チャンネルなどは、新たな収入源として、地元で電話会社がビデオサービスを提供したければ地上波の再送信にフィーを払え、とプッシュすることが予想されます。
テレビ放送ビジネスは収入の大半を広告に頼っており、広告はどうしても景気連動型であるため、投資家から見ると成長ストーリーが見えにくいと言うのが正直なところです。これはアメリカでも日本でも同じで、テレビ局は成長ストーリーをどう描けばいいかで頭を悩ませています。特に日本では、コンテンツの制作力を在京の民放キー局が握っているため、有料放送チャンネルなども非常に普及しにくい状況にあります。また、アメリカのように番組の二次流通市場(シンジケーションマーケット)も整備されておらず、権利問題から地上波放送向けに制作された番組の二次利用は非常に困難です。
そんな中で、現在の広告放送を一切犠牲にすることなく、課金が可能なサービスが確立されれば、テレビ局のバリュエーションにも大きなポジティブになるのではと思います。アメリカでは手始めに電話会社への課金が始まりそうですが、最終的にはケーブルMSOとも同様の交渉をするものと予想されます。
日本では4月から携帯電話への地上波テレビ放送(ワンセグ)が始まると理解しています。タイミング的に既に遅いかもしれませんが、通信キャリアから加入者辺りのフィーを取ることが出来れば、テレビ局にとっては大きなビジネスチャンスになるかもしれません。
「携帯でテレビを見れるようにしたければ、月に300円払え」と言われれば、払う人は沢山いるのではと思います。単純に計算しても、8千万人の加入者×300円×12ヶ月で、実に2,880億円にもなります。実際にサービスに加入する人がその3分の1でも960億円、これはテレビ局にとっても携帯電話会社にとっても、実に魅力的な話です。
アメリカではケーブルテレビによるテレビ視聴が広く浸透しており、コムキャスト、タイムワーナーケーブル、コックスと言った大手ケーブル放送会社(MSOと言います)が、「トリプルプレイ」と言ってビデオ(テレビ番組)、高速インターネット、電話、をバンドリングしたサービスを提供する傾向にあります。これは通信サービスがコモディティ化し、ただでさえマージンの圧迫されている電話会社にとっては、大変辛いところです。よってこの動きに対抗するためにAT&Tなどの電話会社も自社のネットワークでビデオ(テレビ放送)サービスを行うと宣言しており、ベライゾンの今回の動きもその一貫です。
アメリカのケーブルテレビは、普通に地上波も見れますし、ケーブルのみでしか見れない有料チャンネルも見れます。ちなみにケーブルのみのチャンネルを英語では「Cable Network」といい、CNN、MTV、ESPN、Discovery Channelなどが含まれます。それに対して先ほど挙げたケーブル放送会社(MSO)は、放送設備やケーブルインフラを提供している会社になります。
ケーブルMSOやディレクTVなどの衛星放送会社は、コンテンツを提供しているケーブルチャンネル会社に対しては、加入者辺り幾らと言う形でフィーを支払うのが通常です。そのフィーはケーブルテレビの加入者に対してチャージされ、一般視聴者は月に数千円から場合によっては1万円を超える視聴料を払っています。
それに対してケーブルMSOと衛星放送会社は、無料放送である地上波ネットワークに対しては、フィーを払っていません。これは、地元のテレビ局がケーブルや衛星に自分のチャンネルを乗せてもらうコストと引き換えに、無料でチャンネルの提供を行っているためです。アメリカではテレビ視聴の70%がケーブルを通していると言われているため、テレビ局側から見れば、ケーブル会社にチャンネルを乗せてもらっているだけ有難い、と言う話になります。
それに対してベライゾンのケースでは、ケーブルテレビ局に対抗して新たにテレビ放送サービスを開始したければ、コンテンツの確保が最優先になります。現時点では視聴者もゼロですので、CBSなどのテレビ局に対する交渉力が全くない状態にあると言えるため、今回のような話になったのだと思います。
これは地上波側から見ると、大変美味しい新ビジネスと言うことになります。アメリカでは、CBS、NBC、ABC、FOXなどの地上波ネットワークはケーブルネットワークに急速に視聴シェアを奪われています。それは広告収入の減少につながり、当然地上波を放送するテレビ局にとっては死活問題です。それでも比較的みんなが黙っていたのは、現在アメリカでは、4大ネットワークの全て及びその系列テレビ局の多くがメディア・コングロマリットに保有されており、これらの企業は同様にケーブルネットワークも保有しているためです。
CBSのケースが特にユニークなのは、CBSは去年までバイアコムと言う大手メディア企業の傘下にあり、バイアコムはMTVネットワークスと言うケーブルネットワーク最大手の一社も傘下に収めていました。よってCBSの視聴率が下がっても、その分をMTVなどが穴埋めすることが出来ていたことになります。
それが昨年末に、「高成長のケーブルチャンネルや映画部門と低成長で安定的なキャッシュフローを生むテレビ、ラジオ部門を一緒にしておくことは、企業全体の株式価値(バリュエーション)にネガティブである」との判断から、テレビ・ラジオ部門をCBS社として新たにスピンオフしました。よって現在のCBS社はバイアコム傘下にないため、MTVが伸びているからといって安心しているわけにはいかないことになりました。
メディアの機能分化が進んでいるアメリカでは、ドラマなどの番組を制作するのは通常ハリウッドスタジオであり、それをまとめるのが地上波なり有料放送なりのネットワーク(日本語で言うところのチャンネル)であり、それを物理的に放送するのがテレビ局なりケーブルテレビ会社(MSO)なりと言うことになります。よって例えばニューズコープ傘下の20世紀フォックステレビが作成したドラマを、タイムワーナー傘下のWBネットワークが購入し、それを独立系オーナーが所有するテレビ局がWBブランドで放送する、なんてことも起こり得るわけです。
CBS社のケースでは、いわゆる4大ネットワークの一つであるCBSと言う「チャンネル」に加えて、全米に多くの「CBS系列テレビ局」も多く保有しています。番組の放送権を持っているのは最終的にはこの「テレビ局」になるため、今回のニュースで「ベライゾンがCBSにフィーを払うことになった」と言う際には、CBS社の保有する系列テレビ局を指すことになります。
<アメリカの番組の流れ>
番組制作: ハリウッドスタジオ(及び一部チャンネル)
↓
チャンネル: 地上波ネットワーク/ケーブルネットワーク
↓
放送設備: テレビ局/ケーブルMSO、衛星放送会社
CBS社と同様に、例えばディズニーもABCネットワークと系列局、ニューズコープもFOXネットワークと系列局、と言う感じでテレビ局を多く保有しています。ただディズニーやニューズコープは、傘下にESPNなどのケーブルチャンネルを多く抱えているため、CBS社のように電話会社に対してフィーの支払いをプッシュすることはないと思われます。特にニューズコープの総帥ルパート・マードック氏は、バイアコムのオーナーであるサムナー・レッドストーン氏が決断した企業分割を「無意味な行為」と批判しており、今後も拡張傾向を続けるものと思われます。
これらのネットワーク系列局に対して、独立系のテレビ局運営会社、例えばハースト・ブロードキャスティングやクリア・チャンネルなどは、新たな収入源として、地元で電話会社がビデオサービスを提供したければ地上波の再送信にフィーを払え、とプッシュすることが予想されます。
テレビ放送ビジネスは収入の大半を広告に頼っており、広告はどうしても景気連動型であるため、投資家から見ると成長ストーリーが見えにくいと言うのが正直なところです。これはアメリカでも日本でも同じで、テレビ局は成長ストーリーをどう描けばいいかで頭を悩ませています。特に日本では、コンテンツの制作力を在京の民放キー局が握っているため、有料放送チャンネルなども非常に普及しにくい状況にあります。また、アメリカのように番組の二次流通市場(シンジケーションマーケット)も整備されておらず、権利問題から地上波放送向けに制作された番組の二次利用は非常に困難です。
そんな中で、現在の広告放送を一切犠牲にすることなく、課金が可能なサービスが確立されれば、テレビ局のバリュエーションにも大きなポジティブになるのではと思います。アメリカでは手始めに電話会社への課金が始まりそうですが、最終的にはケーブルMSOとも同様の交渉をするものと予想されます。
日本では4月から携帯電話への地上波テレビ放送(ワンセグ)が始まると理解しています。タイミング的に既に遅いかもしれませんが、通信キャリアから加入者辺りのフィーを取ることが出来れば、テレビ局にとっては大きなビジネスチャンスになるかもしれません。
「携帯でテレビを見れるようにしたければ、月に300円払え」と言われれば、払う人は沢山いるのではと思います。単純に計算しても、8千万人の加入者×300円×12ヶ月で、実に2,880億円にもなります。実際にサービスに加入する人がその3分の1でも960億円、これはテレビ局にとっても携帯電話会社にとっても、実に魅力的な話です。
by harry_g
| 2006-03-23 09:16
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