ウェブ1丁目図書館

ここはウェブ1丁目にある小さな図書館です。本の魅力をブログ形式でお伝えしています。なお、当ブログはアフィリエイト広告を利用しています。

振仮名は漢字の読み方を知るためだけの道具ではない

戦国時代に浅井長政という武将がいました。

最近は、浅井長政と書いて「あざいながまさ」と読むのだと言われていますが、かつては、「あさいながまさ」と読んでいました。昔の文献に浅井長政と書かれていたら、「あざい」なのか「あさい」なのか判断できないので、振仮名を付けておいて欲しかったと思うところです。

でも、例え振仮名が付いていても、昔は濁点を使わないこともあったので、「あさいなかまさ」と書かれていたかもしれません。これだと「あざい」か「あさい」か判断しようがないですね。

振仮名は平安時代から付けられた

その振仮名ですが、いつから使われ始めたのでしょうか。

日本語学を専門とする今野真二さんの著書『振仮名の歴史』によれば、振仮名が使われたのは平安時代からのようです。それより以前にあった日本書紀は漢文で書かれていましたが、漢文を読めるように返り点、送り仮名や振仮名も含めた訓点が使われるようになったと考えられています。

平安時代より前は、漢字が主体だったのが、紫式部が源氏物語を書いた頃からは、平仮名漢字混じりの文体に変わり、主役は漢字から平仮名に変わっていったようです。そのため、紫式部が書いた『源氏物語』には、振仮名がなかったと推定されています。

室町時代の節用集

時代は下って室町時代になると、節用集という書物が生まれました。

節用集は現代の国語辞書のようなもので、びっしりと書かれた漢字の右側や左側に片仮名で振仮名が付けられていました。右側の振仮名は、その漢字の訓読みや音読みを示すものです。現代の文章の中で振仮名が付けられているのは漢字の場合が多く、どう読むのかを読者にわからせるための機能を振仮名は持っています。

では、節用集の左側の振仮名は何だったのでしょうか。

例えば、「騒動」という言葉であれば、右に「ソウドウ」と振仮名が付き、左に「サワグ」と振仮名が付いています。これは、漢語「ソウドウ」を漢字「騒動」で書いても、その漢字の向こう側に和語「サワグ」が見えるようになっているのだそうです。また、和語「サワグ」の側からも漢語「ソウドウ」が見えるようになっており、漢字「騒動」は、「ソウドウ」と「サワグ」のふたつの語形をつなぐ機能を持っていることを表しているのだとか。

中国語を漢語として大量に借用していた中世頃は、日本語は和語に限定されず、漢語も含めた広い意味合いでの日本語だったことから、節用集の右振仮名に音読みも訓読みもあったようです。平安時代に平仮名漢字混じりで文章を書いていたのが、室町時代になって漢字に振仮名が付けられるようになったのは、この頃に漢語の重要性が高まっていたのかもしれませんね。

江戸時代から明治時代の振仮名

漢字の左右に振仮名が付けられているのは、江戸時代の読本にも見られます。

滝沢馬琴の『南総里見八犬伝』では、漢字の右側に平仮名の振仮名、左側に片仮名の振仮名が付けられています。例えば、「艶書」という漢字は、右側に「えんしょ」とあり、左側に「アダナルフミ」とあります。右側の「えんしょ」は漢字の読み方で、左側の「アダナルフミ」は、その漢字の語義を意味していることがわかります。

このような振仮名の付け方は、明治時代にも受け継がれていきます。

明治時代には、すべての漢字の右側に振仮名を付ける「総ルビ」が見られるようになります。そして、左側の振仮名は、語義の理解の助けを目的として付けられていました。例えば、明治13年(1880年)に愛民社から出版された『布告集誌 平假名附』第二号の第一丁表には、「公益」という漢字には、右側に「こふえき」と振仮名が付き、左側には「おほやけのとく」と振仮名が付いています。

興味深いのは、明治時代の漢字の読みが、現代と少し異なっているところです。漢字の「立」が入った「公立」や「独立」は、「こうりつ」や「どくりつ」と読むのが現代では一般的です。でも、明治時代には、「こうりゅう」や「どくりゅう」と振仮名が付いているものがあり、必ずしも、読み方が統一されていたわけではないようです。

使われる機会が減った振仮名

明治時代の新聞などは、総ルビが当たり前でしたが、現代の新聞では、振仮名を見かけなくなっています。

『路傍の石』などの作品で知られる山本有三が、振仮名の廃止を訴えると、偶然なのかどうか、内務省警歩局が、児童向け読み物の改善のため、昭和13年(1938年)に小さい活字の制限と振仮名の廃止を支持します。

また、戦後の昭和21年には、「当用漢字表」が発表され、その「まえがき」の「使用上の注意事項」に「あて字は、かな書きにする」「ふりがなは、原則として使わない」と記され、振仮名の使用が事実上強く制限されることになりました。

これにより、現在も、日本語を書く場合、原則として振仮名を使うことはありません。

昭和56年に「常用漢字表」が発表されると、そこに書かれている漢字のみを使用するようになり、常用漢字表に掲載されていない漢字は使われなくなりました。

ただ、常用漢字表に掲載されていない漢字を使わなくなると、ちょっと違和感が出る場合があります。例えば、「改竄」は「かいざん」と読みますが、「竄」という漢字は常用漢字表にないため、「改ざん」と漢字と平仮名を混ぜて書く場面をよく目にするようになりました。

「改竄」と漢字で書くと、読めない人が多いでしょうから「かいざん」と振仮名を付けなければならなくなります。でも、原則として振仮名を使わないのであれば、常用漢字表にない「竄」という漢字も用いるべきではないでしょうから、「改ざん」とせざるを得なくなります。


振仮名は、難しい漢字を読めるようにするために書き手が気を利かせて付けているものだと思っていましたが、その歴史を見ると、様々な意味があることがわかりました。

現代でも、「漢」に「おとこ」や「運命」に「さだめ」と振仮名を付けている場合があり、必ずしも漢字の読み方を目的にして、振仮名を付けているとは言えない場面に遭遇することがあります。

振仮名の歴史を見ると、あらためて言葉は生き物なのだと感じますね。