ウェブ1丁目図書館

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邪悪な動機から不正が起こると考えているうちは組織不正はなくならない

テレビをつけると、神妙な面持ちで頭を下げている人の姿を見ることがあります。身なりから、それなりに社会的地位が高そうな人であることが容易に想像できます。

また、やらかしたか。

そう思いながらテレビを見続けていると、案の定、企業が不祥事を起こしたことを謝罪する会見です。「何をやってるんだ、この会社の社長は。どうせ、利益ばかり追求して粗悪品を作り続けていたんだろう」なんてことを考えてしまいますが、果たして、それが理由で組織不正は起こるものなのでしょうか。

不正のトライアングルを鵜呑みにしていると本質が見えてこない

組織不正が起こる要素として、「不正のトライアングル」で説明されることがよくあります。機会、動機、正当化の3つの要素が揃うと不正が起こるというのが、不正のトライアングルです。

例えば、レジを誰でも開けられるようになっていればお金を盗む機会があります。そして、レジの担当者がお金に困っていると、レジのお金を盗もうとする動機もあります。さらに自分は一生懸命働いているのに給料が少ないのだから、レジのお金を少しくらい盗んでも悪くないだろうと正当化すると、レジのお金を盗む不正を働く可能性が高くなります。

組織不正は、必ず不正のトライアングルから起こるのか。それを考え直す機会を与えてくれるのが、立命館大学経営学部准教授の中原翔さんの著書『組織不正はいつも正しい』です。

中原さんは、組織不正は、いつでも、どこでも、どの組織でも、誰にでも起こりうる現象だと述べます。組織不正は、いつも「正しい」という判断において行われているからです。そんなバカなと思うかもしれませんが、本書で紹介している燃費不正、不正会計、品質不正、軍事転用不正の4つの事例を読むと、不正のトライアングルから組織不正が行われたと考えるのは不自然だとわかります。

多くの人は、不正に無関心であり、そして、不正をしようなんて考えていません。だから、積極的に不正をしようとする意思も持っていません。しかし、それが、組織不正の影響を計り知れないものとしてしまうと中原さんは指摘しています。そして、組織不正は、第三者によって判断された時、初めてわかるものであり、それらの原因は不正行為と不適切行為のように揺れがあるものだと考えられるようです。

東芝の不正会計は時間感覚の差によって起こった

東芝の不正会計は、東芝において利益の水増しが行われているという内部告発が証券取引等監視委員会に届いたことで発覚しました。

東芝の売上高は年間約6兆円あり、水増しされた利益は7年間で1,500億円、年間220億円程度なので、売上規模からすると不正額はそれほど大きなものではありません。純利益は年間2,000億円程度でしたから、その1割が水増しされた利益となります。

経営トップは、チャレンジと称して各事業部に利益の改善を求めていましたが、それは、当期や四半期といった短期間での利益の改善でした。一方、各事業部では、長期的な視点でしか利益の改善はできないという認識であり、経営トップと各事業部との間でこの点について認識のずれがありました。この時間感覚の差が会計不正につながったようです。

会計の世界では、お金が動いた時点で収益や費用が計上されるわけではありません。例えば、3月31日にお金が入って来ても、売上は2月28日となることもありますし、3月31日に支出があっても、費用は4月1日に計上されることもあります。この収支の発生時点と収益費用の計上時点は必ずしも一致しないということを理解しておかなければ、東芝の会計処理のどこに問題があったのか理解できません。

東芝の不正会計では、収益や費用の計上時点をずらすといった方法が行われていたのがわかります。例えば、当期に費用を計上しなければならない支出が発生しても、翌期の費用として計上していました。

また、売上原価を少なくして利益を増やす手段として、当期の製造費用のうち売上原価に負担させるべき費用の一部を在庫に負担させていました。費用を在庫に負担させた時点で、それは資産となり、その分だけ当期の利益が増えます。もちろん、当期末の在庫が、時期以降に販売された場合、売上原価は多く計上されることになるので、時期以降の利益は減ります。

このような会計不正は、経営トップの短期的な利益追求に各事業部が応えるために行ったものであり、社内では重大な不正を行っているという自覚はなかったのでしょう。

膨れ上がる医療費を抑えるために起こった品質不正

医薬品業界で起こっている品質不正も、正しさを追求した結果発生したものだったことがわかります。

医療費が年々膨らんでいることは周知の事実であり、これを抑えるために政府は、2023年末までにジェネリック医薬品(後発医薬品)の数量シェアを80%以上とする方針を打ち出しました。医薬品メーカーも、その方針に応えるため、ジェネリック医薬品の増産を行ったのですが、品質に問題がある医薬品を提供するという品質不正が次々に発覚しました。

医薬品メーカーが、利益を追い求めて十分な検査をしなかったから、品質に問題がある医薬品が流通したのだと思われがちですが、どうもそうではないようです。本来、検査体制については、省令によって基準が定められなければならなかったのですが、基準がなかったため、各社が自ら定めた基準により検査を行っていたとのこと。

ジェネリック医薬品の数量シェア80%という目標には、不正のトライアングルの要素は見当たりません。また、各社がジェネリック医薬品を増産した姿勢も、不正を行おうとするものではありません。政府も医薬品メーカーも、正しさを追求した結果、検査水準を一定以上に保つことができず、品質不正が発生したのが実際のようです。果たして、これを不正と言って良いのか疑問があります。


悪いことをしようとする動機があるから不正が起こるのだと考えている限り、組織不正はなくならないでしょう。本書では、個人が「正しさ」を追求することで、結果として組織不正が起こることを社会的雪崩(ソーシャル・アバランチ)と称しています。

「『正しさ』とはつねに複数的=流動的なものである」との意識が、組織不正の防止に必要であることを本書は教えてくれています。