[水泳大会]松本紗理奈
とある都内の繁華街、その外れにある通称「羅生門」と呼ばれる酔っぱらいと宿無ししかいない小汚い通りの、さえないネオンが光るビルの二階。
その行きつけの店に入ると、すでに彼はいつもの席でテキーラのスタドリ割りをあおっていた。
「はじまったねえ、とうとう」
私が隣の席に座ってマスターに同じものを頼むと、彼はしみじみとつぶやいた。
「アイドル水泳大会、ですか」
彼は首肯する代わりにテキーラを飲み干し、生臭い息を吐き出した。
「ああ。プールが血の色に染まる……プロデューサーにとっての血の池地獄さ」
まあイベントはいつだって地獄だがな、と彼はくっくっと嗤う。
違いない、と私は思う。
数日前から開始されたモバマスの新イベント「アイドル水泳大会」
例によって私たちプロデューサーはイベント専用の仕事場を駆けずり回り、点数を集めて報酬を入手することに血道をあげる。
常軌を逸したおびただしい点数を集めて、見事上位ランキングに入賞したプロデューサーには、コスト帯16前後の強力なSレアアイドルが報酬として与えられる。
「見たかい、今回の上位報酬」
「ええ。あれは……あざとい」

榊原里美。17歳。山形県出身。
バストサイズ91を誇る、モバマス界屈指の童顔巨乳アイドル。
コンプガチャ用のレアアイドルとしてデビューして以来、根強い人気を博していたが、今回満を持しての強Sレア化である。
その絵面たるや、ウォータースライダーを滑りおりながらビキニの紐が外れかけている……というすさまじいもので、俺が「ルナ先生」のわたるであったら目玉を円錐形に飛び出させながら「で~っ、きわで~っ!」と叫んでいたであろう。
これまでのSレアアイドルをすべて過去にしかねない性的破壊力をもった、それはまさに化物であった。
「血の池さ」
重ねて吐き捨て、彼はさらに酒をあおる。
今日はやけにペースが早い。彼にしては珍しい。
まるで苛立ちそのものを飲み干し、体内で増殖させようとするかのようにスタドリ割りを臓腑に流し込んでいる。
思えば、彼とはずいぶん長い付き合いになる。
初めて会ったのは、この店のある通り――羅生門と呼ばれる――の一角だった。
その日、なにかよくないことがあったのだろう。
理由は忘れてしまったが、私は若くもないくせにスタドリとエナドリとウォッカをちゃんぽんで死ぬほど痛飲した結果、あられもないほどに酩酊し、電柱の根本に反吐を盛大にぶちまけていた。
不意に私は、すぐ近くで同じような姿勢で同じような色の吐瀉物を製造している男の姿に気付いたのだが、つまりはそれが彼だった。
私たちは互いをまじまじと見やり、奇妙な可笑しみを感じて、その場で胃の痛みをこらえながらひとしきり笑った。
そして意気投合し、再び別の安い店でスタドリベースの酒をしこたま飲み、ともに吐いた。
「――さすがは皆が待ち望んでいた水泳大会さ。”エコノミー”の大槻唯もいいアイドルだ」

「エコノミー」とはプロデューサー間で用いられる隠語の一つで、文字通り「廉価版」を意味する。
尋常ではない量のモバコインをつぎ込んでようやく得られる超希少な強Sレアアイドルに対して、それなりに頑張れば誰もが手に入れられる”親しみやすい”Sレアアイドルのことを指す。
今回のエコノミーに抜擢された大槻唯は、ノーマル畑から春の花見イベントでの下積み時代を経て、今回初めてのSレア化であった。
いつでも誰にでも明るく接し、健康的な色気をもつ彼女のファンは、多い。
今回の大胆な水着Sレア化で、さらに人気は高まるだろう。
「いったい、なにが気に喰わないんです」
迂遠な揶揄をつづける彼に、そう問うてみる。
「……松本紗理奈の扱いだよ」
「松本って……あの、松本ですか。コスト2の」
「3だよ、彼女のコストはッ!」
彼はグラスをカウンターに叩きつけるように置く。マスターが顔をしかめる。

松本紗理奈。22歳。バストサイズ92。
胸の大きさぐらいしかアピールポイントが無いためだろうか。モバマス創成期から存在する古参のアイドルにも関わらず、Sレア化はおろかレア化の経験すらない。
同コスト帯のノーマル出身アイドルが次々とレア化、Sレア化を果たしていく中で、松本は未だにモバマス界の底辺を這いずっていると言っても過言ではなかった。
だが、彼女は今回の水泳大会イベントで、初めて限定アイドルとして登用されている。
遅咲きの感はあるが、十分な快挙と言えるのではないか。
私がそう言うと、彼は強くかぶりを振った。
「わかっている。レアではなくノーマルの限定アイドル化とはいえ、これは喜ぶべきことだよ。ことに、駆け出しプロデューサーの頃から松本紗理奈に長らく世話になり……人知れず彼女を応援している俺のような者にとっては福音と言ってもいい。だが、彼女の扱いは……同じ限定ノーマルのメアリー・コクランが出ているシンデレラガールズ劇場にもなぜか一人だけ登場していない彼女の扱いは……まるでテレビ画面の右下あたりで小さく切り取られ、誰にも注目されずに歌っている木っ端アイドルのようで……そしてその境遇にまったく気づいていない、いつも通りの調子に乗った言動が……悲しいんだ」
そして同じぐらい愛おしいのだ――と、正体の無いほどに酔いが回った彼は言った。
ろれつは怪しかったが、その語気は力強かった。
「畜生、松本紗理奈、強くなくともSレア化……せめてイベントでレア化だけでもしてくれんかなあ。そうしたら、『数年後にAV女優になってそうなモバマスキャラNo1』だとか……ファミコン版ファイアーエムブレムのアベルか、外伝のクリフに口もとがくりそつだとか、そんなたわけたことは誰にも言わせないのになあ……畜生……」
もはや半ばカウンターに突っ伏すようにしながら、彼は繰り言と切なる望みを交互に口にする。
「なあ、きみ、無理かなあ……。松本はこのままレア化もできず、ずっと移籍要員か、他のアイドルのレッスンパートナーなのかな……?」
神ならぬ――運営ならぬ身の自分には、なんとも答えようがない。
それでも私は黙ってエナドリ割りを追加で注文し、今宵は彼に負けないぐらい酔ってみることに決めた。
その行きつけの店に入ると、すでに彼はいつもの席でテキーラのスタドリ割りをあおっていた。
「はじまったねえ、とうとう」
私が隣の席に座ってマスターに同じものを頼むと、彼はしみじみとつぶやいた。
「アイドル水泳大会、ですか」
彼は首肯する代わりにテキーラを飲み干し、生臭い息を吐き出した。
「ああ。プールが血の色に染まる……プロデューサーにとっての血の池地獄さ」
まあイベントはいつだって地獄だがな、と彼はくっくっと嗤う。
違いない、と私は思う。
数日前から開始されたモバマスの新イベント「アイドル水泳大会」
例によって私たちプロデューサーはイベント専用の仕事場を駆けずり回り、点数を集めて報酬を入手することに血道をあげる。
常軌を逸したおびただしい点数を集めて、見事上位ランキングに入賞したプロデューサーには、コスト帯16前後の強力なSレアアイドルが報酬として与えられる。
「見たかい、今回の上位報酬」
「ええ。あれは……あざとい」

榊原里美。17歳。山形県出身。
バストサイズ91を誇る、モバマス界屈指の童顔巨乳アイドル。
コンプガチャ用のレアアイドルとしてデビューして以来、根強い人気を博していたが、今回満を持しての強Sレア化である。
その絵面たるや、ウォータースライダーを滑りおりながらビキニの紐が外れかけている……というすさまじいもので、俺が「ルナ先生」のわたるであったら目玉を円錐形に飛び出させながら「で~っ、きわで~っ!」と叫んでいたであろう。
これまでのSレアアイドルをすべて過去にしかねない性的破壊力をもった、それはまさに化物であった。
「血の池さ」
重ねて吐き捨て、彼はさらに酒をあおる。
今日はやけにペースが早い。彼にしては珍しい。
まるで苛立ちそのものを飲み干し、体内で増殖させようとするかのようにスタドリ割りを臓腑に流し込んでいる。
思えば、彼とはずいぶん長い付き合いになる。
初めて会ったのは、この店のある通り――羅生門と呼ばれる――の一角だった。
その日、なにかよくないことがあったのだろう。
理由は忘れてしまったが、私は若くもないくせにスタドリとエナドリとウォッカをちゃんぽんで死ぬほど痛飲した結果、あられもないほどに酩酊し、電柱の根本に反吐を盛大にぶちまけていた。
不意に私は、すぐ近くで同じような姿勢で同じような色の吐瀉物を製造している男の姿に気付いたのだが、つまりはそれが彼だった。
私たちは互いをまじまじと見やり、奇妙な可笑しみを感じて、その場で胃の痛みをこらえながらひとしきり笑った。
そして意気投合し、再び別の安い店でスタドリベースの酒をしこたま飲み、ともに吐いた。
「――さすがは皆が待ち望んでいた水泳大会さ。”エコノミー”の大槻唯もいいアイドルだ」

「エコノミー」とはプロデューサー間で用いられる隠語の一つで、文字通り「廉価版」を意味する。
尋常ではない量のモバコインをつぎ込んでようやく得られる超希少な強Sレアアイドルに対して、それなりに頑張れば誰もが手に入れられる”親しみやすい”Sレアアイドルのことを指す。
今回のエコノミーに抜擢された大槻唯は、ノーマル畑から春の花見イベントでの下積み時代を経て、今回初めてのSレア化であった。
いつでも誰にでも明るく接し、健康的な色気をもつ彼女のファンは、多い。
今回の大胆な水着Sレア化で、さらに人気は高まるだろう。
「いったい、なにが気に喰わないんです」
迂遠な揶揄をつづける彼に、そう問うてみる。
「……松本紗理奈の扱いだよ」
「松本って……あの、松本ですか。コスト2の」
「3だよ、彼女のコストはッ!」
彼はグラスをカウンターに叩きつけるように置く。マスターが顔をしかめる。

松本紗理奈。22歳。バストサイズ92。
胸の大きさぐらいしかアピールポイントが無いためだろうか。モバマス創成期から存在する古参のアイドルにも関わらず、Sレア化はおろかレア化の経験すらない。
同コスト帯のノーマル出身アイドルが次々とレア化、Sレア化を果たしていく中で、松本は未だにモバマス界の底辺を這いずっていると言っても過言ではなかった。
だが、彼女は今回の水泳大会イベントで、初めて限定アイドルとして登用されている。
遅咲きの感はあるが、十分な快挙と言えるのではないか。
私がそう言うと、彼は強くかぶりを振った。
「わかっている。レアではなくノーマルの限定アイドル化とはいえ、これは喜ぶべきことだよ。ことに、駆け出しプロデューサーの頃から松本紗理奈に長らく世話になり……人知れず彼女を応援している俺のような者にとっては福音と言ってもいい。だが、彼女の扱いは……同じ限定ノーマルのメアリー・コクランが出ているシンデレラガールズ劇場にもなぜか一人だけ登場していない彼女の扱いは……まるでテレビ画面の右下あたりで小さく切り取られ、誰にも注目されずに歌っている木っ端アイドルのようで……そしてその境遇にまったく気づいていない、いつも通りの調子に乗った言動が……悲しいんだ」
そして同じぐらい愛おしいのだ――と、正体の無いほどに酔いが回った彼は言った。
ろれつは怪しかったが、その語気は力強かった。
「畜生、松本紗理奈、強くなくともSレア化……せめてイベントでレア化だけでもしてくれんかなあ。そうしたら、『数年後にAV女優になってそうなモバマスキャラNo1』だとか……ファミコン版ファイアーエムブレムのアベルか、外伝のクリフに口もとがくりそつだとか、そんなたわけたことは誰にも言わせないのになあ……畜生……」
もはや半ばカウンターに突っ伏すようにしながら、彼は繰り言と切なる望みを交互に口にする。
「なあ、きみ、無理かなあ……。松本はこのままレア化もできず、ずっと移籍要員か、他のアイドルのレッスンパートナーなのかな……?」
神ならぬ――運営ならぬ身の自分には、なんとも答えようがない。
それでも私は黙ってエナドリ割りを追加で注文し、今宵は彼に負けないぐらい酔ってみることに決めた。
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