赤城みりあの、終わらないバレンタイン
家に帰ると、赤城みりあはいつだって笑顔で出迎えてくれる。
「プロデューサー、ハッピーバレンタイン!」
小さな指でチョコをひとかけつまみ、手渡してくれる。
彼女はピンク色のリボンで可愛らしくラッピングされたチョコの包みを掲げてみせ、
「今日もファンの人たちにチョコを配ってきたよ~♪」
そうして、また、笑う。
あの日から変わらない笑顔で。
[バレンタイン]赤城みりあは、バレンタインイベント限定のレアアイドルだ。
バレンタインと言っても、俺たちP(プロデューサー)のやることは例によって衣装の奪い合いであり、イベント衣装「カラフルマカロン」のコンプリートを達成することで俺は彼女を入手した。
また、[バレンタイン]赤城みりあは、当該イベント期間において2500個のチョコをファンに配ることでも入手可能である。
2500個というと途方もない数字に思えるが、この業界でのトップP連中は数百万個という単位でファンにチョコを配布する。それに比べれば、べつだん驚くにはあたらない。むしろこの世界においては容易とすら言える入手条件である。
ともあれ、とある冬の日。
俺はバレンタイン仕様の赤城みりあを二人、入手した。
同じアイドルが二人存在した場合、Pはそのアイドルを強化するために「特訓」と称される行為を行う。
特訓を行うことで二人は一つの存在に合一、錬成、昇華され、アイドルとしていっそう強く光り輝くのだ。
もちろん、俺も赤城みりあに特訓を施した。
それが終わった後、色とりどりのお菓子をあしらった豪奢な衣装に身を包んだ彼女の姿を見て、胸を熱くしたのをおぼえている。
無邪気にはしゃぎ、喜ぶ、赤城みりあ。
まるで天使のようだ。
陳腐きわまりない表現だが、そう思ったのだ。
忙しくチョコを配って飛びまわる、愛らしい天使……。
彼女はいつだって、チョコを配っていた。
今思えば入手条件がチョコの配布数に設定されていたことも、なにか関係があったのかもしれない。
とにかく彼女は、どんなときでも笑いながら、チョコを誰かに与えていた。
バレンタインイベントが終わってからも、それはつづいた。
コンサート会場で。
CDショップのサイン会場で。
グルメ番組のロケで。
ファンとの握手会で。
……長い、長いあいだ、彼女はチョコを配り歩いていた。
そして、
「ファンのみんな、チョコもらってくれるかなあ?」
彼女は笑う。
あのときのまま、変わらない笑顔で。
ひどく甘ったるくて、少しだけビターなチョコレート。
その小さなかけらを、か細い手に乗せて。
「はいっ、プロデューサー! ハッピーバレンタイン!」
今日も俺は帰宅し、いつものようにチョコを受け取る。
すでに俺はプロデューサーではないけれど。
彼女も、もうアイドルと呼ばれる存在ではないけれども。
ハッピーバレンタイン、と俺はつぶやく。
赤城みりあは嬉しそうに、もう一個チョコレートをくれた。
少女は常に、誰かにチョコを渡していた。
遠い昔のバレンタインデーから、はるか未来のバレンタインデーまで。
悠久の時の流れをチョコという単位で埋めるかのように、気の遠くなる時間、気の遠くなるほど無数のチョコレートを。
ただひたすら、無心に……いや、無垢な心のままに。
いつしか彼女がチョコを配り終え、足を休め、ほっと息をつくときが訪れるのだろうか。
俺やファンの皆からの……ホワイトデーの贈り物を……あふれんばかりの贈り物を、両手いっぱいに受け取れる日が?
しわのない包装紙をそっと折りたたみ、閉じるように、俺は両腕で赤城みりあを抱きしめる。
ハッピー、バレンタイン。
もう一度、区切るようにして、俺はその言葉を口にする。
終わらないバレンタインデーの中でたたずむ彼女を優しく、包み込むように。
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