「自分は自分らしくていいんだと思って」
女性と女の子にフォーカスしたメンタルヘルスケア
ケイト・スペード ジャパンの柳澤社長

ケイト・スペード ジャパン 社長の柳澤氏 

 10年前と比べても、メンタルヘルス(心の健康)ケアという言葉は浸透してきた。それは、私たちを取り巻く環境が、ますます複雑化したことで、身体と同時に精神の健康問題を解決につなげるためには、自分以外の第三者の「力」が不可欠だということが明確に認識されてきたからだろう。 

 外的環境が激変する中、女性を中心に人気を集めるブランド「ケイト・スペード ニューヨーク」が、ブランドとして「Women(女性)Girls(女の子)」を中心にメンタルヘルスケアに注力している。「(どんな状況でも)自分は自分そのものでいいんだと思って、前に進んでもらえたら」と柔らかな表情で話す、ケイト・スペード ジャパンの柳澤綾子社長に取り組みを聞いた。 

▽「喜びが人生を彩る」がブランド・パーパス 

 ケイト・スペード ニューヨークは1993年に米ニューヨークで生まれたブランドです。最初はハンドバッグからスタートしたブランドで、大胆な色使いや、ウィット、前向きさがお客さまから受け入れられ、今では、ハンドバッグだけではなく、さまざまなライフスタイルカテゴリーを提供しています。 

 ブランド・パーパス(存在意義・事業の目的)としては、「Joy Colors Life」(喜びが人生を彩る)を掲げています。毎日の生活の中にある、小さな喜びを発見していくことで、人生というキャンバスの彩りがより豊かなものにつながっていくこを目指しています。なぜならJOYは人生を豊かにするだけでなく連鎖する力がある。だからこそ私たちは、日常の中に小さなJOYをお客さまが発見できることや、JOYを少しでも提供することをお手伝いできる、そんなブランドでありたいと思っています。 

 一人ひとりの日々を彩るカラーは、ピンク、グリーンもあれば、白だったり黒だったりっていうこともあります。 

 私たちの生活には、わくわくしてきれいでカラフルな日があれば、ちょっと大変なことがあり、気分が落ち込む日もあります。人生とは、それらの1日1日を全部含めて成り立つものだと思いますので、何かそういう良い日もちょっと大変な日も、お付き合いしていけるようなブランドでありたいと考えています。 

 ―始まりはルワンダで 

 このケイト・スペード銀座店もそうですけど、カラフルでエネルギーに満ち、お店のみんなも元気で、というJOYもあります。一方で、人間として生きていく上で「悲しみがあるから喜びも感じられる」という考え方にも共感します。そのような多様な感情をブランドとしても、とても大事にしています。一つの取り組みとして、私たちはメンタルヘルスケアを含む女性のエンパワーメントについて2013年から取り組んできました。 

 この活動はルワンダで始まりました。それまでは、外部のNPOなどの方々と社会貢献活動の一環として、例えば戦争後の国で、女性たちが自分たちで国や生活を立て直すためのお手伝いとして、ニットを一緒に作る活動をしていました。これを長期的な活動につなげていきたいという思いで、2013年にルワンダの女性たちが作った会社、アバヒズィ・ルワンダに、ケイト・スペード ニューヨークとして資金提供と技術提供を行い、ケイト・スペードの商品を作ってもらうプロジェクトをスタートさせました。 

2013年設立当初の写真、アバヒズィ・ルワンダで働く女性たち
左写真は、工場見学をするケイト・スペード ニューヨークのCEO兼ブランドプレジデントのリズ・フレイザー氏(中央)、右写真は、2023年7月、アバヒズィ・ルワンダの生産ラインでレザーのエッジペイントを学ぶ柳澤氏(右)

 ルワンダでの内戦があった1990年代、約70%の働き手が女性たちに変わりました。それまでは父親が生活を支える大黒柱という環境でしたので、多くの女性たちは、何をしたらよいか分からないというところからスタートせざるを得ない状況でした。だから、まずは彼女たちの経済的な活動に対しての支援から始めました。私たちがオーダーをして商品を仕入れ、それを販売する。商品はチャリティーという扱いではなく、ケイト・スペードのクオリティスタンダード(品質基準)を満たした商品として、従来の商品と変わらない、ビジネスとしてのモデルを作りました。 

 その中で女性たちは、働くだけではなく家のことや子育ても大変でした。家族、隣人が内戦に巻き込まれ、お互いを傷つけるなど、すごくつらい経験をしています。ルワンダの30歳以上の方は、全員戦争を経験しています。そういったトラウマがありながらも、一生懸命働いていて子どもたちを育ててきた女性たちが多かった。その結果、自分の健康へのケアが後回しになり、乳がんの死亡率がすごく高かったり、生理や性に関する教育がなかなかされていなかったり、という状況が生まれていました。 

 そこで私たちは、毎日8時間の労働のうち1時間を使い、女性たちへのライフスキル・トレーニングを実施しました。生野菜を食べる習慣がないから、生野菜を育てましょう、という講座があるほか、乳がんの発見の仕方も知りましょうという講座もありました。そして、(内戦で体験したり、見聞きしたりした)つらかったことを話しましょう、というトラウマの解消につながるような講座も開きました。 

 メンタルヘルスケアと同時並行で、精神のバランスを整えるためにヨガをやったり、コミュニティーを作って話し合いをしたりなどを通じ、人間同士が信頼できる関係性を少しずつ構築していきました。そのような講座を、ルワンダ内の工場と、ケイト・スペードがつくった財団が立ち上げた公民館などで、働く人とその家族たち、そして子どもたちも受けられるようにしていきました。 

 一連の取り組みを進めていく内に、米ジョージタウン大学がルワンダで働いている女性たちの自己肯定感や幸福度が、講座などを受講していないグループの対象者と比べ、高いことを発見しました。前向きに自分がエンパワーされて、人生を切り開いていこうと思っている女性が多かったのです。 

 もちろん、経済活動をサポートする仕組みは大事なことです。食べることができる、子供たち家族たちをサポートすることができるのは大事なことなのですが、それだけではなく、メンタルヘルス(心の健康)が本当に重要だ、ということが分かりました。 

アバヒズィ・ルワンダの社員との記念撮影

▽メンタルヘルスへの偏見 

残念ながら私たちの創始者であるケイト・スペード自身が2018年、自殺をして亡くなりました。その後、2020年ごろから、新型コロナウイルス感染症が世界で広がり、私たちのメンタルヘルスがどれだけ大事なのか、と気づかされました。 

 将来への不安が増長し、心が痛くなってしまうことも多かった。それは、社会的に重要な課題ではあるものの、女性、女の子のメンタルヘルスに対しては、ジェンダーバランス問題などと比べ、少額の基金、寄付しか集まっていません。私たちの調査では、ジェンダー、LGBTQ+の問題について2020年は約860億ドルが費やされているのに対し、メンタルヘルスはわずか2億ドルにとどまっています。その差はなにかといえば、メンタルヘルスに対する偏見が少なからずこの社会にあるのではないか、と考えます。 

 本当はメンタルヘルスへの配慮は誰でも共通の課題にもかかわらずです。「今日、ちょっと捻挫したんだよね」と気軽に言えるけれど、「今日は、ちょっと調子悪くて」っていうのがなかなか、みんなの前で言えないことが多いですよね。 

 ▽Women Girlsのために 

 メンタルヘルスは、特定のジェンダーだけでなく、すべての人にとって生きるための基礎といえますが、私たちはルワンダから活動をスタートし、女性の稼ぐお金や、時間の約9割が家族のために使われており、彼女たちが自分のために使うお金や時間が少ないという現状を目の当たりにしたこともあり、Women(女性) & Girls(女の子)たちにフォーカスして取り組んでいこうということになりました。 

 女性のメンタルヘルスといえば、どうしても16歳以上とか18歳以上とイメージしがちですが、もっと早い時期から考える必要があるという認識で、「Women Girls」と表現しています。若い頃に自分の体のことは、学校で勉強をするけど、メンタルヘルスの重要さはどうでしょうか。基礎としてみんながわかっていていれば大学生になったときとか親元離れたときとか、就職したときとかにあまり苦しまなくて済むように、早めの学習が必要なのではないでしょうか。 

 本当は高校生ぐらいまでに、メンタルヘルスの大事さ、多くのストレスがかかったときに「ごめん、ちょっとしんどい」と言えることなど、そういうことを知っておくべきではないでしょうか。社会に出てからも、働いている女性が増えてきていますが、彼女たちには自己肯定感はとても大切で、自分が自分に大丈夫って思えるような気持ちでいる、そんな心の持ち方をしてもらいたいです。 

 しっかりとした根にきれいな花が咲く 

 

⼥性のメンタルヘルスとエンパワーメントのための概念的フレームワーク

 2023年に「プロスピラグローバル」というメンタルヘルスに特化したコンサルティング会社と世界で活躍する約3000人のジェンダーに関わる人たちと一緒にリサーチをしました(リサーチの詳細はこちら「女性と女の子: メンタルヘルスを通したエンパワーメント」)。先ほどお話しした、米ジョージタウン大学の研究結果について、再検証したいと考えたからです。 

 

(左)エンパワーメントされている状態、(右)メンタルヘルスに影響を及ぼす社会的・経済的要因

 

 そしてこの調査にもとづき、女性と女の子のエンパワーメントを長期的に維持する上でメンタルヘルスが果たす根本的な役割について、「女性のメンタルヘルスとエンパワーメントのための概念的フレームワーク」をつくりました(ケイト・スペード ニューヨークのソーシャルインパクト活動の概略はこちら)。どの年代であっても視覚的にわかりやすいようにお花で表現しています。エンパワーメントされた状態というのは、ボイス(発言権)とチョイス(選択肢)とパワー(力)、つまり自分で声が上げられて、自分で選択ができて、パワーがみなぎっているということです。そうであるためには、その下にやっぱり自信とか自尊心を持っているっていう状態が必要なのです。 

 それを実現するためには、立派な根っこが生えていなければいけません。メンタルヘルスは、根っこであり土壌なのです。根っこがすごくしっかりしていないと、きれいな花が咲かないのです。 

 この根っこが駄目になるときというのも、この図には書いてあります。社会とか構造的・生物的なさまざまな問題が、特に制度とか不利に働いたときとか、教育が足りなかったりとか、あと経済的なリソースに取り付かなかったりとか、あとは差別とか自由が奪われたときには、特にその根っこが弱ります。そういうときには自分と根っこを意識の上で切り離し、今こういう状態なのだっていう自己分析を通じて、問題の構造が理解できることがとても大事なことだと思います。 

 これをしっかりと理解をしていたら、困ったことがあったときに、この根っこを見て、何か解決のためのリソースがあるのか、レジリエンス(復元力)があるのか、自分で決められているのか、頼れる友達がいるのか、前向きに考えられているのか、などを考えていくことがケアにつながると思います。 

 ▽私たちから対話を始める 

 先日の世界女性デー(3月8日)のときに、昭和女子大学キャリアカレッジ創設者の熊平美香さんをはじめ、さまざまな関係者の方をここ(ケイト・スペード銀座店)にお呼びして、この図を使いながらパネルディスカッションを行いました。 

(左から)ケイト・スペード ジャパン社長 柳澤氏、「#なんでないのプロジェクト」代表 福田氏、「ブロッサム・ザ・プロジェクト」代表 中村氏、昭和女子大学キャリアカレッジ創設者 熊平氏

 熊平さんは、教育の現場にずっといらっしゃるので、今後はこれを女子中学生や高校生に展開していこうという話をしています。 

 また、メンタルヘルス、性など、この社会に残る偏見があるトピックを「夜ご飯のときに話せるようなところまでハードルを下げたい」とパネリストの皆で考えました。そんな話は簡単だ、と思っている人もいれば、話すのにすごく大変だって思っている人もいるので、私たちからこの話をスタートさせ、同じ温度感で対話をしようと考えました。イベントを開催すると、私たちから対話をスタートしよう、とう声を含めてたくさんの反応があり嬉しかったです。 

 世界的にみても、メンタルヘルスについてオープンに話し始めたのは最近5年ぐらいのようです。もっとオープンに話せる国もあれば、日本をはじめとするアジアのようにその話題にオープンに話すことに対してまだ抵抗を感じる国もあります。 

 完璧じゃなくてもいい自分自身を大事にしたりすることで、周りも大事にできるし、JOYも広がっていきます。今後もケイト・スペースとしては日本でも継続的に女性や女の子たちに関わり続けられるような活動をもっともっと大きくしていこうと思っています。 

ストレス解消は毎週土曜日のピラティス、と話す柳澤氏

▽自分で自分の機嫌をとる 

 女性の方へのメッセージとしては、自分らしくいてほしいということです。だって完璧な人はいないから。一人ひとり自分らしく輝いてほしいし、自分はそのままの自分でいいんだと思って、前に進んでもらえたらいいな、と思います。他人と比べる必要はなくて、あなたはいるだけで特別、あなたはあなたで素晴らしいのです。特に若い女の子には、今ではいつでも様々な情報が手の中で見ることができるけど人と比べる必要はありませんし、メンタルヘルスと聞くと難しいと感じるかも知れないけど、自分で自分の機嫌をとることや、自分を愛してあげることは、すごく大切なことであり、その点を強調したいですね。