ニコニコ動画上での削除の件は結局どうなったのだろう

の続きです。1年以上間があいてしまいました。情勢を追いかけたいない期間が長かったため、いろいろ見落としている可能性があると思いますので、ご存じの方はコメントでご教示いただけましたら有り難いです。

その後の削除状況

上記の件ですが、その後、棋譜の著作権を理由にした削除は確認できなくなりました(ただし、棋譜の著作権を理由に削除された動画は削除されたままになっています)。そのかわり、肖像権を理由にした削除は、数は多くないように見えるものの、何件か見られました。

2012年2月までの削除は名人戦・順位戦と王位戦がほとんどでしたが、それ以降は棋戦に限定が見られないのが特徴です。しかし、これも2012年6月以降に投稿された動画では削除されているのが見つかりませんでした。(ご存じの方がいらしたら教えていただけると助かります)

2ちゃんねるの反応、日本将棋連盟の対応

さて、2月終わりのこの件は2ちゃんねるでも話題を呼び、一般的な話題を扱うまとめブログでもこの件が取り上げられ、例えば下記のようなところから、このページにも多くのアクセスがありました。関心の高さがうかがわれます。

また、この件について日本将棋連盟に問い合わせた人が何名か2ちゃんねるに書き込みをしていました。

それによると、次のような返答だったそうです。

819 :565:2012/02/27(月) 20:00:20.66 ID:jYtOaMhl

>>565で問い合わせメールを日本将棋連盟に送った者です。
返信がきたのでご報告いたします。

要旨としては、

ニコ動で削除された動画は棋戦名や棋士名が記載されており、
動画の内容が著作権に違反している疑いがあるため
ドワンゴ社と将棋連盟で協議し、該当動画を一旦削除した。
ニコ動へのプロ公式戦に関する再生動画の公開は控えていただきたい。

というものでした。

問い合わせ内容は>>539をちょっと丁寧に書きなおしたものです。
ご参考まで。

539 :名無し名人 2012/02/26(日) 06:30:14.56 ID:Yu33Svkx

将棋の棋譜再生動画を作ってインターネットの動画サイトにて公開したいと考えております。
日本将棋連盟が将棋の棋譜の著作権を持っているとの事ですが、将棋の棋譜再生動画の作成および公開を許可していただくにはどのような手続きが必要でしょうか。
また棋譜の使用料が発生する場合、誰にどのように金額はどの程度お支払いすればよろしいでしょうか。

ほかにも同様の返答を受けた人が複数名いたようです。その後、棋譜の著作権を理由にした削除がなくなったとすれば、日本将棋連盟は棋譜の著作物性を主張する立場とは言えないのかもしれません。

上記でリンクしたページでは、このコメントからいろいろ憶測が書かれていますが、私はコメントが正しいとしても、それだけを理由に日本将棋連盟の考えを推し量るのは難しいと考えます。パブリシティ権という言葉も出ていますが、私はそれも眉唾と思っています。

そして、その後、日本将棋連盟やニコニコ動画からこの件についての公式な発表は、私が見ていた範囲ではありませんでした。

また、窪田義行六段からこのページにコメントをいただいていました(この記事を書くにあたって調べるまで見落としており、お返事をできておらず誠に申し訳ありませんでした)。窪田六段によると、

具体的な規約整備に関しては、各種法規に関して門外漢ですので正直手に余ります。
棋士(正会員)に対してさえ、会報を始めとする公式文書で周知されていないと記憶しておりますので、公務に纏わる諸権利の管理及び運用を将棋連盟(及び契約相手たるスポンサー)に委託している立場としては、遺憾でなりませんが。

とのことで(窪田六段の追加コメントに基づき、コメントを修正した上で引用してあります。)、日本将棋連盟所属のプロ棋士でも著作権などの権利関係は難題のようです。「諸権利の管理及び運用を委託している」というのは、明示的な契約があっての話なのか、単に慣習的なものなのかは気になるところです。

いずれにしても、前回紹介した西尾明六段のツイートもあわせて、昨年の削除が日本将棋連盟内部で意志統一された中で行われたわけではなかったことは、はっきりしたと言えるでしょう。

一般の記事

そのほかにも、この件は普段将棋とは無関係な一般のメディアでも取り上げられました。

また、様々な人がこの件に関してTwitterでツイートをしました。下記にまとめられています。

「棋譜に著作物性なし」を多数説としてよいのでは

の続きという形です。その後の状況として、

  • 2007å¹´6月の『知的財産法講義II 第2版 著作権法・意匠法』(渋谷達紀著)の発行以降、私の知る範囲で、棋譜の著作物性に否定的な見解を表明した法学者・弁護士が増え続けている。
  • それに対して、肯定的な見解は最近は新たに見つからなくなっているだけでなく、肯定的見解のある文献でもっとも有名な『著作権法逐条講義 五訂新版』(加戸守行著)は、次の版が出る様子がなく、記述が変更されるかどうか見極められない可能性が出ている。

という2点をふまえ、今後は、棋譜には著作物性がないという主張が多数説であるという立場にたつことにしたいと思います。

下記に、新たな専門家の見解をまとめます。なるべく時系列順のつもりですが、時間がたっているためそうなっていない部分もあるかもしれません。

『全訂版 著作権が明快になる10章』

『全訂版 著作権が明快になる10章』(吉田大輔著、出版ニュース社、2009年9月30日発行)の38ページに[ゲームと著作権]という項目があり、その中に次のような記述があります。

なお、ルールの問題とは別にゲームの記録、例えば、将棋や囲碁の対局の記録である棋譜について、著作権によって保護されるかという問題がある。これについては、対局者の思想の表現として著作物であるとする考え方もあるが、対局者がそれぞれの局面でどのような手を打ったかは、まさにアイデアの世界に属するものであり、また、記録者がゲームの事実経過を一定の決められた方法によって記録したものには記録者の思想・感情が入り込む余地のない事実であるから、その面からも著作物として認めることは疑問である。これと同様に、スポーツの試合記録(例えば、野球のスコアなど)も著作物でない。

この部分は、初版にはなかった記述が追加されており、著者の主張が明確になりました。どの版から記述が追加されたのか確認していませんが、棋譜の著作物性を否定する見解の一つと言えます。

Twitterでのコメント

2012年2月末頃に話題になった、日本将棋連盟によるニコニコ動画上での動画の削除の後、何名かの法律の専門家がTwitterで見解を表明しました。

弁護士の伊藤雅浩氏は棋譜の著作権 ネットなどで出回り問題に - Footprintsで、2011年3月に棋譜の著作物性に否定的な記事を書いていましたが、2012年2月25日にも同様の趣旨のツイートをしていました。

法政大学社会学部准教授の白田秀彰氏は、2012年2月29日に次のようにツイートしました。

私の立場からすれば、棋譜は「駒の操作手順」というアイデアを表現する方法として、ほとんど唯一無二の方法であり、アイデアと表現が融合しているため、著作権の保護が及ばないと考えますが、そうでない学者が主流かもしれません。@kos_holy

その棋譜を元にして動画として表現するとなると、棋譜の複製ではなく、棋譜に表現されているアイデアを別の手法で表現しているのですから、著作権が問題にるものではないと考えます。これまた、楽譜と音楽との関係を例などにして「侵害だろJK」と言ってくる人がいるでしょう。@kos_holy

ゲームやパズルの解法は、ある一定のルールの下で、理論的には網羅可能であり、創作性という点で著作権が目的とする創作とは異なっているわけですし、明確に、数学的解法やアルゴリズムやルールそのものは保護されないと教科書にも書いてあるのですから、侵害ではないはず。 @kos_holy

ところが世の中には自分の作り出したものや自分の好きなものに著作権法の保護が及ばないことを「失礼だ」「侮辱された」と認識する種類の考え方をする人たちがいて、そういう人たちは自分の愛するもののために全力で権利を獲得することを正義だと考えがちです。 @kos_holy

利用者の自由を重んじる立場で、著作物性を比較的狭くとる解釈になっているように見える(特に3つ目のツイート)あたりが、「そうでない学者が主流かもしれません」というコメントにつながっているのでしょうか。私が見ている範囲では、「そうでない学者が主流」というほどではないように思いますけれども。

ほかに、弁護士の壇俊光氏が棋譜の著作物性を否定するツイートをしていたと記憶しているのですが、現在はアカウントそのものが非公開に設定されていて読めません。

渋谷達紀『著作権法』

『知的財産法講義II 第2版 著作権法・意匠法』の著者渋谷達紀氏(早稲田大学特任教授)の新しい著書『著作権法』が2013年2月に発売されました。私は内容を確認していませんが、下記のページによると、同様に棋譜の著作物性を否定する見解が記載されているようです。

岡村久道弁護士のブログ

弁護士の岡村久道氏がブログで棋譜の著作物性に否定的な見解を示しています。

理由としては、アイデアそのものであるためとのことです。

特に注目されるのは、一般不法行為についても言及されていることです。

付け加えると、著作権侵害が不成立の場合の一般不法行為の成否は、最高裁第一小法廷平成23年12月8日判決がリーディングケースであり、一般不法行為の成立する場面を極めて狭く捉えている。

http://www.courts.go.jp/hanrei/pdf/20111208164938.pdf

著作権法に抵触しないからといって、一般には、民法など他の法律に触れないとは言えません。しかし、著作権侵害とならない利用というのは、特に害がないために侵害と認められていないのであって、特別に他の事情がない限りは、そのまま利用が認められるべきと言うのが基本的な考え方ではないかと思います。

専門家以外では次のような話がありました。

2ちゃんねる発の論考

上記のようなまとまった論考が2012年2月29日に公開されました。これを書いたのは、2ちゃんねるに次のような書き込みをしていた人です。

58 :名無し名人:2012/02/28(火) 22:42:29.16 ID:x0CXMdjo

棋譜についての著作権の議論の状況は知りませんが、著作権法を少し専門的に勉強した者です。
棋譜の著作権の有無について私なりの考えを書きたいわけですが、
著作権法について詳しくない人が大半だと思うので、僭越ながら、基礎的なことから説明してみたいと思います。
詳しくない人はぜひ参考にしてください。詳しい人は間違いがあれば修正をお願いします。

棋譜の著作物性を否定する論拠の一つが、詳しく書かれていると思います。

日本複写権センターの「ケーススタディ」

公益社団法人日本複写権センターのケーススタディのコーナーで、次のような事例が掲載されています。(いつ掲載されたのかは、確認できませんでした)

参考になる棋譜が囲碁雑誌に載っていたので、そのページをコピーし、囲碁同好会でメンバーに配布した。

たとえ非営利の同好会であっても著作権者の許可なく雑誌記事のコピーを行い、配布することは違法となりますのでご注意ください。 但し、「棋譜」だけのコピーであれば、棋譜は著作物ではありませんので、著作権の侵害には当たりません。

上記の通り、棋譜は著作物でないという見解が表明されています。例えば、NHK将棋講座テキストに掲載されている棋譜を複写するために日本複写権センターに申請しても、手続き不要と言われることになります。

一般的に、権利者団体は、その立場から、著作権の及ぶ範囲を広く主張することが多いのですが、そのような立場でも棋譜の著作物性を認めないというのは、棋譜の著作物性なしという意見が広く浸透しつつあることの象徴的な事例であると言えそうです。

日本将棋連盟による「棋譜の著作権」の主張について

の続きです。

今回の動画削除に関して、将棋関連動画を削除することが将棋界においてどのような意味を持つのか、という点と、それに伴う権利の主張が正当かどうかという2つの問題が考えられます。より重要なのは前者だと思いますが、今日は後者に関連して、私が以前から関心を持っている「棋譜の著作権」に関する話題について書きます。前者についても、後日書きたいと思います。

棋戦ごとの違い

2ちゃんねるの書き込みで指摘があって気づいたのですが、削除された動画が扱っていたどの棋戦の棋譜だったかによって、削除され具合に明らかな差が見られます。具体的には、名人戦・順位戦と王位戦・女流王位戦が目立ち、残りは非公式対局((将棋) 羽生善治×渡辺明 (次の一手名人戦) 前編、郷田真隆 × 三浦弘行 (解説:藤井猛) 1/3など)が主です。名人戦・順位戦が多いのは、名人戦七番勝負とA級順位戦最終節がNHKBSで生中継されるため素材が多いことから自然ですが、王位戦も目立つ理由はよくわかりません。そして、竜王戦やNHK杯戦関係の動画で日本将棋連盟の申し立てによって削除されたものは、私が検索して探した範囲では見あたりませんでした。また、それ以外の棋戦についてはきちんと調べていませんが、見ない印象です。

このことから、動画削除を申し立てた人は、明らかに棋譜によって態度を変えていると考えられます。ただ、単なる棋士紹介の動画なども削除されていることから、特定の棋戦に関するものだけを狙い撃ちにするのが目的だったのか、ほかの棋戦はこれからということなのか、釈然としないところがあります。

特に、棋譜と著作権についていくつか(続)で紹介したように、2011年3月に「棋譜の著作権」を否定する内容の記事が毎日新聞に掲載されたことをふまえると、毎日新聞が主催社である名人戦・順位戦について、あえて「棋譜の著作権」を行使してくる理由が私にはわかりません。しかしいずれにしても、棋譜を自分の手で並べただけでプロ棋士の映像を利用しない動画のように、「棋譜の著作権」がなければ削除を申し立てられないようなものまで対象になっていることから、削除を申し立てた人は「棋譜の著作権」に訴える何かしらの理由があったのでしょう。

日本将棋連盟のこれまでの態度

日本将棋連盟が公式サイト(shogi.or.jpドメイン上)で「棋譜の著作権」について言及したことはこれまで一度もありません。その他の対応については、wikipediaの記述が妥当だと思います。(今回の削除がすでに書き加えられました。)

日本将棋連盟は、過去には法的根拠は無い(棋譜に著作権は無い)とした上で、収入問題に発展しかねないので頒布を控えてほしいとの「お願い」をネットコミュニティに対して行っていた[9]が、最近では、棋譜に著作権ありとして、許諾を得ない掲載や転載を禁じているケースもあり[10]、必ずしもスタンスは一定していない。一時、江戸時代の棋譜に著作権を主張し、物議をかもしたこともある(後に撤回された)。2012年2月現在、ニコニコ動画に於いては現役故人を問わず日本将棋連盟所属棋士の棋譜に著作権を主張し、棋譜を機械的に再生した動画を削除させている。

一般的に考えると、「棋譜の著作権」については、大きく分けて次の4通りの態度が考えられると思います。

  • 1. 棋譜は著作物でないと認める。
  • 2. 棋譜の著作物性について、あいまいな態度を取る。
  • 3. 棋譜は著作物であると明確に主張するが、権利行使(動画削除を求めるなど)は原則としてしない。
  • 4. 棋譜は著作物であることを前提に、権利を行使する。

日本将棋連盟はこれまで2.の態度を取ってきました。(ちなみに、囲碁の日本棋院は3.です。)このことは、米長邦雄永世棋聖(現 日本将棋連盟会長)が2002年に『近代将棋』2002年7月号で次のように書いたことにも表れています。

棋戦の期間中ほぼ一年間は主催紙に総ての権利があり、それから後は日本将棋連盟と主催紙が共有です。この場合の権利という意味は、あくまでも独占掲載権であって、それが即ち著作権なのかどうかはわかりません。将棋界はそれで良いのであって、少々いい加減の処があります。

最近では、2010年9月28日に西尾明六段がtwitterでつぎのようなつぶやきを残しています。

プロの棋譜であればそうなるんですかね。でも、かなりうやむやな気がします。"@yuusaku_takamu: @nishio1979 著作権はスポンサー&連盟?でしょうか。"

@miyamotometi もちろん指し手に著作権はありません。ただ、新聞掲載以前の棋譜等には敏感なところもあります。

あ、つまり指し手の著作権はないですが、棋戦や対局者を明記した棋譜全体に著作権が存在する可能性は考えてよいと思います。ちなみに対局の翌日に全棋譜をつぶやいたら、あとで怒られそうですw

つまり、プロ棋士の間でも著作権についてどのようになっているのか、確固とした認識があるわけではなく、なんとなくあいまいなまま現在に至るというところだと思われます。

「棋譜の著作権」をめぐる趨勢

下記の2つの記事でも記したとおり、私は棋譜が著作物と認められる可能性はあると考えていますが、同時にその可能性は高くないとも思っています。特に、渋谷達紀『知的財産法講義II 第2版 著作権法・意匠法』の出版以降は、棋譜の著作物性を積極的に肯定する見解が弁護士などの専門家から出たのを見たことがありません。

そのような情勢を今回申し立てを行った人が理解していたとすれば、今回削除された動画をアップロードした人が裁判に訴えることによって、棋譜の著作物性を否定する判例が生まれる可能性を視野に入れているはずです。日本棋院のように上の3.の態度で止まっていれば、紛争にならないので判例が出ることもありませんが、一気に4.に移行することによってそのような可能性を生じてしまっているわけです。

日本将棋連盟が2.の態度を取ることは、将棋ファンから見ると、「棋譜の著作権」を恐れる心理がある中で、それほど気にしない人によってそれなりの規模で棋譜が利用されるという状況です。このように、長年かけて育ってきた微妙なバランスが、今回の削除によって壊れる可能性があります。どちらに転ぶかわかりませんが。

棋譜の部分的利用

そんなわけで、棋譜の著作物性はあるかもしれないしないかもしれないという状況ですが、もし「ある」と仮定したときに、今回の申し立てにどのような問題があったのかを考えてみます。論点はいくつか考えられますが、私がもっとも問題と考えているのは棋譜の部分的利用に関するものです。

今回削除された動画には、名人戦などの対局を部分的に切り取ったものが多く含まれています。このような動画を「棋譜の著作権」を理由に削除するということは、たとえ棋譜を一部しかコピーしていなくても著作権侵害であると主張していることになります。これは受け入れがたい主張です。

棋譜がまるごと再現されることは、現実的に見て、過去の棋譜を複製されることとほぼ同じといえます(依拠性の問題はありますが)。しかし、様々な場面で、部分的な棋譜が再生されることは珍しくありません。たとえば、大盤解説会でプロ棋士が過去に指された対局でこんな手順があったと述べたとすると、これは部分的な棋譜が再生されたことになります。したがって、棋譜の部分的利用が著作権侵害になるならば、そのような場合でもいちいち著作権者の許諾を得る必要があります。この結論に納得する人はいないでしょう。

今回の一連の削除では、指し手が映像に映っていれば「棋譜の著作権」を理由に削除申し立てという安直なやり方がとられていましたが、これは棋譜の著作物性を肯定する立場の人から見ても許容されがたい手法だと考えます。棋譜の著作物性を肯定するにしても、ほぼ全局まるごと複製しない限り著作権侵害にならないという理屈がつくような論理構成を考えるべきです。

「棋譜の著作権」を主張する前にすべきこと

今回、日本将棋連盟は2.から4.に態度を変えました。たとえ、棋譜の著作物性が肯定されたとしても、この一足飛びの変更は性急すぎるといえます。

棋譜と著作権についていくつか(続)で紹介したように、日本棋院は「棋譜の著作権」を主張するにあたって、日本棋院とプロ棋士との契約関係などの整備を進めました。上で引用した西尾六段のつぶやきを見ても、日本将棋連盟でそのような契約が行われた形跡はないと言ってよいと思います。今回の削除は「公益社団法人日本将棋連盟」の名義で行われましたが、何も契約がなければ著作権者は著作者である対局者です。日本将棋連盟が著作権侵害を申し立てる立場にあったかどうか疑問です。

また、権利を主張するときは、同時に他者の権利を尊重する必要があります。今回削除された動画には、物故棋士や片方がアマチュアの対局も含まれていました。もし棋譜の著作物性を肯定するならば、日本将棋連盟に所属していないアマチュア棋士や、すでに逝去したプロ棋士の遺族などから、「棋譜の著作権」に関する許諾を得る手続きを済まなければ棋譜が利用できません。本当にそのような手続きができていたのでしょうか。

以上のように、今回の動画の削除には多くの問題があります。下記の26日の西尾六段のつぶやきからも、日本将棋連盟内部でこの件に関する意志統一ができているのか非常に疑問であり、今回削除申し立てをした人の暴走に近いのではないかという疑いを持っています。

これ初耳。確かに対象が棋譜というのは変な感じ。確認してみよ"@redipsjp: プロの棋譜をソフトで再生した動画について,将棋連盟が「棋譜の著作権侵害」を理由に削除を求めているらしいけど,無理筋ではないですかね。bit.ly/yUUNil"

有料コンテンツの棋譜をほぼリアルタイムで垂れ流されることがあれば取り締まるべきだと思うが。棋士も新聞に載る前の棋譜をネットなどで紹介する際には制限が掛かる。

ということで、「棋譜の著作権」の行使に関する疑問点について書きました。それとは別個に、そもそも動画を削除する行為がどうなのかという論点も重要です。これについては後日書きたいと思います。

追記:さらに調べたところ、王座戦で削除された動画が見つかりました。

しかし、動画の説明文に「王位戦、最終局までもつれましたね。」という記述があることから、王位戦の対局と誤認された可能性もあります。

それから、前回の記事で「対象物: 将棋連盟所属棋士の棋譜」という理由と「対象物: 棋譜」という理由の2種類がありその違いは不明と書きましたが、調べた範囲では、前者が名人戦・順位戦など、後者が王位戦という区別になっているようです。2度にわけて申し立てをおこなった際に、別々の記述がなされたということかもしれません。

日本将棋連盟がニコニコ動画上の将棋関連動画を削除

ニコニコ動画にアップロードされていた多数の将棋関連動画が日本将棋連盟の申し立てに基づき削除されました。「棋譜の著作権」や「棋士の肖像権」がその理由とされています。削除の日付が確認できませんが、掲示板の書き込みなどから判断して主に2月21日前後のことだと思われます。不可解な動きなので、何が起こったのかを取り急ぎまとめたいと思います。法的側面からの検討や雑感などはまた後日に回します。

とりあえず知りたいという方には、2ちゃんねるのまとめがみやすいと思います。

棋譜の著作物性について私が過去に書いたものは下記からご覧ください。

ニコニコ動画(原宿)では、以前から多種多様な将棋関連動画が公開されています。今回、その中の一部が日本将棋連盟の申立により削除されました。総数は把握できませんが、少なくとも100以上(おそらくもっとたくさん)です。削除された動画のページにアクセスすると、次のような注意書きが表示されます。

この動画は公益社団法人日本将棋連盟の申立により、著作権侵害として削除されました。
対象物: 将棋連盟所属棋士の棋譜

この動画は公益社団法人日本将棋連盟の申立により、著作権侵害として削除されました。
対象物: 棋譜

対象物が「将棋連盟所属棋士の棋譜」となっているものと、単に「棋譜」とあるものの二種類があります。違いは不明です。この理由で削除された動画は、下記を含め多数あります。その中には、動画作成者自身が棋譜を並べたものや、もともと無料公開されていたものも含まれます。なお、この件に関して日本将棋連盟や所属棋士などのコメントは、現時点ではないようです。

また、動画中に棋譜が含まれなくても「肖像権」を理由に削除されたものも多数あります。動画を少し確認して、棋譜と呼べそうなものが含まれていれば「棋譜の著作権」を理由にし、そうでなければ「肖像権」を理由にしているように見えます。少なくとも全自動ではなく、人によって確認するプロセスが少しは含まれていることを示唆しています。しかし、それならはじめから「肖像権」を理由にしてもよかったように思えますが、そうしなかった理由はよくわかりません。

この動画は公益社団法人日本将棋連盟の申立により、肖像権侵害として削除されました。
対象物: 将棋連盟所属棋士の肖像

関連性は不明ですが、テレビ局の申し立てに基づいて削除された動画もあります。

この動画は株式会社囲碁将棋チャンネルの申立により、著作権侵害として削除されました。
対象物: 銀河戦

この動画は日本放送協会の申立により、放送事業者の権利侵害として削除されました。
対象物: 日本放送協会で放送されたコンテンツ

この動画は在京テレビ局6社の申立により、放送事業者の権利侵害として削除されました。
対象物: テレビ放送されたコンテンツ

これらの削除日時がわからないため今回と関連性は不明ですが、このような削除が以前から行われていたのはたしかだと思います。例えば、現・囲碁将棋チャンネルが2010年7月7日に社名変更した以前のサテライトカルチャージャパンの名前で削除されている動画もありました。

なお、今回の削除はニコニコ動画に限られたもののようです。Youtubeなどの他の動画サイトで日本将棋連盟の申し立てによる削除は確認できませんでした。また、ニコニコ動画上の将棋関連動画でも削除されずに残っているものが多数あります。以下はその中のごく一例です。

ところで、次のような削除理由もありました。「画像」が対象というのはジャニーズ事務所なみの厳しさですね。写真集発行の予定でもあったりするのでしょうか。

この動画は公益社団法人日本将棋連盟の申立により、著作権侵害として削除されました。
対象物: 画像

「勝手に将棋アンテナ」運用終了

2004年10月から7年近くにわたって運用してきた勝手に将棋アンテナを、2011年9月30日をもって終了します。これは、アンテナの運営元が無期限休止を発表したためです。どのくらいの数の方々にご利用いただいていたのかわかりませんが、10月以降は別のサービスをご検討ください。現時点で勝手に将棋アンテナに登録されているページの一覧は、LIRSまたはXBELのフォーマットでダウンロードできます。

アンテナという仕組み自体も、Feedが出てきてTwitterが出てきてという中で完全に過去のものになった感があります。とはいえ、新聞社のページなどの更新を把握するには、いまだにもっとも手軽なツールかもしれませんので、やはり残念です。これまでどうもありがとうございました。

なお、このページの「勝手に将棋トピックス」は終了しません。更新機会は相変わらず少ないですが、気が向いたときに何か書いていきたいと思っています。今後ともよろしくお願い申し上げます。

棋譜と著作権についていくつか(続)

2年近く前に書いた棋譜と著作権についていくつかの続きになります。ご覧になっていない方はそちらもお読みいただけたらと思います。

日本棋院における棋譜の著作権の扱い

囲碁の平本弥星六段が、2009年10月に発行された母校の広報誌の記事中で棋譜の著作権について語っています。その内容は下記のPDFファイルで無料で読むことができます。

日本棋院の事業運営に関わっていた平本六段は、1994年の段階でインターネットを活用した棋譜データベースの構想を描いていました。その事業化にあたっての障害の一つに棋譜の著作権の問題があったといいます。それは、棋譜の著作権者が誰かという問題でした。

「日本棋院の最大の収入源は、棋戦の契約金です。新聞社を筆頭とする棋戦の主催者に棋院が提供するのは、棋譜の第一掲載権です。棋譜の著作権まで主催者に譲渡しているわけではありません。では、著作権は誰の所有になるのか。具体的には、対局者なのか、日本棋院なのかということです。従来は、この点を曖昧にしたまま、棋戦契約をしてきました。しかし、データベース化した棋譜で事業を行うためには、日本棋院が著作権を確保することが不可欠になります」

日本棋院には、「棋士会」という棋士の互助機関がある。棋士会は、棋院の運営に直接かかわることはない。しかし、棋院の重要な決定について意見や同意を求められ、棋士の総意はしばしば運営に反映される。平本さんはある考えのもと、1998年、棋士会の副会長に立候補した。

「棋譜著作権の問題を解決するには、正式な規定に“棋譜の著作権は日本棋院に属する”という一項を明記する必要があります。従来の対局管理内規には、この他にも様々な問題点がありながら、関係者は避けて通っていたのです。私は、棋譜著作権問題の解決を念頭に置き、新たな対局管理規定を制定するために立候補しました」

規定の文案作成、棋院内の委員会ですり合わせ、棋士総会の議事進行まで一手に引き受けて、原案通り対局管理規定が成立。平本さんの苦心が実ったわけだ。

「著作権に詳しい弁護士を日本棋院顧問弁護士に迎え、作業を進めました。内容を噛み砕いて説明すると、『対局者は対局料を対価として、対局棋譜の著作権を日本棋院に譲渡する』というものです。このことは、対局管理規定の冒頭に明記されています。ただ、原著作権は対局者にありますから、たとえば自分の著書に使うという場合などは自由です」

日本棋院は公式サイトの中で「棋譜は著作物です。」と主張しています。上記の記事ではそもそも棋譜に著作物性があるかどうかという検討はしておらず、棋譜が著作物であることを前提する立場から、それをどう処理すべきかという問題に絞って話をしています。

棋譜に著作物性があることを前提にするなら、その原著作者が2人の対局者であることは明らかだと思われます。そのため、日本棋院が棋譜を集約してデータベース化し公開するには、契約によって、対局者から許諾を得るかまたは著作権を譲渡してもらう必要があり、日本棋院では後者が選ばれたようです。(前者で不都合な理由は不明です。)棋譜が著作物であると主張するのであれば、その著作権を法的に明確な形で処理する必要があることは当然です。日本棋院では、対局者が日本棋院に著作権を譲渡し、新聞社などの棋戦主催社はそれを紙面に掲載する許諾を得る形で契約が書かれていることがわかりました。

最後の「ただ、原著作権は対局者にありますから、たとえば自分の著書に使うという場合などは自由です」という文は意味がよくわかりません。著作権を譲渡してしまったら、原著作者といえども、著作権者の許諾なしに著作物を複製・上演などすることはできません。契約の中で、対局者が自分の棋譜を自由に利用できるという条項があるということかもしれませんが、では他の棋士の棋譜は著書の中で自由に利用できないのかなど疑問が残ります。この「対局管理規定」がどこかで公開されているかどうか検索してみましたがわかりませんでした。

日本将棋連盟は、棋譜の著作物性を主張するのかどうか不明確な態度を保っていますが、内部の契約がどのように書かれているかは気になるところです。

YouTubeでの動画削除

リアルタイムで見ていなかったので事実関係がよくわかりませんが、2010年10月にこういう話がありました。

YouTubeの名記譜解説シリーズの中の羽生-加藤戦に対し、NHKからYouTubeに対し著作権侵害の申し立てが行なわれ、アクセスできなくなりました。ただ単に有名な5二銀の記譜をPC上で並べて解説をしたもので、NHKの映像など一切使用していません。

私はその動画を見ていないのですが、この文章のとおりだとすると、NHK杯戦の棋譜を除いて、放送された映像を利用していないにもかかわらず、NHKおよびYouTubeから著作権法違反とみなされたということになります。NHKが棋譜が著作物だと認識してその著作権を行使したつもりなのかもしれませんし、単に、NHKはNHKという単語のある動画に一律に削除依頼を出して、YouTubeは中身を検討せずにそれに応じたという流れ作業的な話だったのかもしれません。もし前者だったとして棋譜の著作物性を肯定する立場から論じるとしても、2つの論点がありそうに思います。

放送事業者の著作隣接権

前項で、日本棋院は棋戦主催社著作権を譲渡していないという話がありました。これは日本将棋連盟でも同様と思われますので、NHKはNHK杯戦の棋譜の著作権者ではないはずです。しかし、NHKは放送事業者として番組に関する著作隣接権を有しています。著作権法98条には次のような規定があります。

放送事業者は、その放送又はこれを受信して行なう有線放送を受信して、その放送に係る音又は影像を録音し、録画し、又は写真その他これに類似する方法により複製する権利を専有する。

したがって、棋譜の著作物性のいかんにかかわらず、NHK杯戦の録画や録音を許諾なしにYouTubeにアップロードすることは著作権法違反になります。しかし、これが棋譜の複製にまで及ぶかどうかは必ずしも明らかではありません。記録係が読み上げた指し手を将棋ソフトに再現することが「これに類似する方法」であるというなら、著作隣接権が関わってくる可能性もありますが、私には無理筋の主張に思えます。

引用の範囲

件の動画では、棋譜に解説を加えていたということでした。棋譜の著作物性を肯定する立場であるとしても、解説を加えることによって棋譜部分は著作権法で認められた引用であると主張することはできそうな気がします。その場合は、引用が必要最低限に収まっているかどうかが問題となり、具体的には個別にケース・バイ・ケースで判断されることになるでしょう。

4月27日追記:

takodoriさんのコメントで教えていただきました。

NHKから連絡が入りました。今回の侵害申し立ては、自動検索を使って一括で行なわれたものであり、映像を使用していないのなら全く問題ない、とのことです。今回の件においては、棋譜の権利を主張する意図では全くなかったようです。

ということで、結局、問題なしということになったそうです。上記の文章はあまり意味がなかったということになりますが、仮想的状況での考察という意味で残しておきます。(追記ここまで)

しろねこさんの活動

柿木義一さんの応援HPを運営されているしろねこさんが、2010年8月から、将棋における著作権問題に精力的に取り組まれているようです。把握し切れていませんが、下にリンクを張っておきます。

2010年9月23日に書かれた将棋の「棋譜」の著作権まとめ1: しろねこブログ1がとりあえずのまとめのようですが、それ以外にもいろいろあり、私には追い切れませんでした。

Wikipediaの記述

ご存じの通り、Wikipediaは手軽に参照されることが多く影響力の大きな媒体です。この問題に関しては上記ページに「棋譜と著作権」と題する項目があり、それほど長くはないものの記述がありました。

まず、日本将棋連盟のこの問題に対する態度について、現在は次のように書かれています。

日本将棋連盟は、過去には法的根拠は無い(棋譜に著作権は無い)とした上で、収入問題に発展しかねないので頒布を控えてほしいとの「お願い」をネットコミュニティに対して行っていた[9]が、最近では、棋譜に著作権ありとして、許諾を得ない掲載や転載を禁じているケースもあり[10]、必ずしもスタンスは一定していない。一時、江戸時代の棋譜に著作権を主張し、物議をかもしたこともある(後に撤回された)。

著作権は別にして、将棋連盟の主な収入が棋譜掲載の権利によることから、棋戦スポンサーである新聞社の優先掲載権に対して一定の配慮を行うというポリシーを取る棋譜掲載サイトも多いが、一方で全く配慮せず自由に掲載するサイトもあり対応はまちまちである。 また、大規模な棋譜データベースサイトも運営されている。

上記の記述はおおむね妥当だと思います。この記述は2010年12月28日に書かれたもので、それ以前は次のように書かれていました。

日本将棋連盟は、棋譜は創作性のある表現であるとし、許諾を得ない掲載や転載を禁じている。一時、江戸時代の棋譜に著作権を主張し、物議をかもしたこともある(後に撤回された)。

アマチュアにとっては自由に扱えるほうが望ましいが、将棋連盟の主な収入が棋譜掲載の権利によることが問題を複雑化させている。

法律上問題はなく堂々と利用すべきとの意見から、より高い水準の将棋を見るには現状のままが望ましいという声まで様々で、未だ定まった判例はなく、アマチュアの将棋の取り扱いも様々である。

ここでは、日本将棋連盟が棋譜の著作物性を主張しているかのように書かれているのですが、公式サイト(shogi.or.jp)上では、棋譜の著作権に関する記述はありません。私の知る限りでは、そのほか公式文書と言えそうなものはサイト利用規約:大和証券杯ネット将棋公式ホームページしかなく、現状では、日本将棋連盟が棋譜の著作権を主張しているとする根拠には弱いと考えています。

次に、同じく2010年12月28日に次のような文章が追加されました。

棋譜に著作権があるのか否かについては、過去さまざまな議論が行われており、法律の専門家の中にも著作権ありとする見解[7]があったが、2007年に渋谷達紀による著作権を否定する見解[8]が出されて以来、知財法の専門家の間では棋譜に著作権無しとみなされている。一方で、ゲームを統括する団体によっては、独自の判断から著作権ありと主張している場合もある。但し、裁判に訴えた事例は無い為、いまだ判例は存在しない。

注釈[7]は、加戸守行『著作権法逐条講義 五訂新版』(2006年、著作権情報センター)で「(著作権法10条第1項の例示に収まらない著作物の例として)例えば碁や将棋の棋譜というのがあります。棋譜も私の理解では対局者の共同著作物と解されますけれども、本条第1項各号のどのジャンルにも属しておりません。」と書かれていることを指しています。これに対して、注釈[8]で、渋谷達紀『知的財産法講義II 第2版 著作権法・意匠法』(2007年、有斐閣)がその見解を批判していることを紹介しています。

たしかに、2007年の渋谷『知的財産法講義II』の出版以降に新たに棋譜の著作物性を肯定する見解を出した専門家を見たことは私はありません。しかし、もともとこの問題に関心を持つ専門家はほとんどいなかったわけですから、現状でも「過去さまざまな議論が行われており」というには足りない程度の議論しかなく、「知財法の専門家の間では棋譜に著作権無しとみなされている」と断言するのは時期尚早なのではないかと思います。専門家でもそんなことは考えたこともないという人が一番多いのではないでしょうか。

『逐条講義』は「最も信頼のおけるわが国著作権法の解説書」と宣伝されているように、影響力の大きな解説書ですので、それが引用される事例はいくつかあります。今、本が手元にないのですが、中山信弘『著作権法』(2007年、有斐閣)では、脚注において『逐条講義』で棋譜がその例であるとされていることを議論なく手短に紹介していたと思います。これをもって棋譜の著作物性に肯定的ということはできませんが、もし、棋譜に著作物性などあるはずがないという立場であればそのような書き方はしないと考えるのは自然でしょう。

ノート:棋譜 - Wikipediaを見ると、この部分を執筆されたのはYODA氏のようです。将棋の棋譜でーたべーすの運営者の方でしょうか。であれば、以前からそのような立場を取られていたのは理解していました。(しばらく前からつながらなくなっているので心配していましたが、将棋の海外伝播などについてのブログ: 将棋の棋譜でーたべーすの稼働についての情報によれば、サーバ移転に伴う一時的なもののようです。)

次の毎日新聞の記事の話などを見ると、「知財法の専門家の間では棋譜に著作権無しとみなされている」という状況に近づきつつあるのかなという感触はあります。もし『逐条講義』の次の改訂版で当該箇所が修正されるようなことがあれば、「棋譜に著作権無し」で問題なくなるのではないでしょうか。

毎日新聞の記事

毎日新聞の2011年3月15日付夕刊に、棋譜の著作権に関する記事が掲載されました。新聞でこの話が正面から取り上げられるのは、私の知る限りでは初めてのことです。

記事は、囲碁の棋譜約6万局を集録したCD-ROMが日本棋院に無断で販売されていて困っているという話から始まります。

囲碁の日本棋院、関西棋院、将棋の日本将棋連盟は、棋譜は2人の対局者を著作者とする著作物であると主張する。著作物であれば、著作権が発生する。各団体は著作権者の代行者という立場を取る。

新聞や雑誌などで棋譜が使用される場合は、タイトル戦の開催契約などで処理済みという解釈だ。また日本棋院は「所属棋士の棋譜を出版するなどにあたり、棋士の同意を要しない」など5項目の規定を設けている。

上記の書き方では、著作権が対局者から日本棋院に譲渡されていないように読めるので、上で紹介した平本弥星六段の話とも食い違っています。また、ここで、将棋の日本将棋連盟も棋譜が著作物であると主張していると書かれているのですが、少なくとも記事中で日本将棋連盟に取材した形跡はなく、何を根拠にそのように述べているか不明です。

続いて、記事では、著作権に関する著書のある弁護士の福井健策氏に話を聞いています。

−−そもそも棋譜は著作物なのか?

福井 著作物であるかどうかのポイントは、それが創作的な表現といえるかどうか。たとえば、野球の試合展開は、面白い表現を追求するというより、いかに勝利の確率を上げるかを追求した結果。表現面での創作性はなく、著作物とはいえません。将棋や囲碁の棋譜も、懸命に勝利を追求した結果を、一定のルールで克明に記録したもの。いわば事実の記録物ですから、著作物には当たらないのでは。原則として、勝負を求めるたぐいのゲームとそれを記録するものは著作物に当たらないケースが多い。

−−囲碁の大竹英雄名誉碁聖は“大竹美学”といわれ、美しい手を求める棋士で知られる。武宮正樹元本因坊も「たとえ負けても、そんなひどい形の手は打てない」と常々言っている。それでも単なるデータ?

福井 面白い考えですね。私は囲碁をたしなみませんが、もし次の一手を、勝つためでなく、美しさのため、また、見る人への面白さのため選択するのであれば、その対局は「試合」ではなく「作品」であって、著作物となる可能性はあります。たとえれば、フリージャズセッションを再現した楽譜のようなものでしょうか。ただ、そこまでいえる対局や棋譜は極めてまれでしょう。ハードルは高いと思います。

このように、可能性を完全に排除するわけではないものの、棋譜の著作物性に関して否定的な見解を述べています。短いコメントなので細部まで突き詰めた話ではないでしょうけれども、基本的には、以前からある否定的見解と同様の理屈に沿ったものだと思われます。勝利を目指す最善手を選ぶ限りそこにはそれ以上の個性が表れないので創作的ではない。しかし、そこに「美しさ」のような別の目標が加わると、創作性が肯定されることもないわけではないかもしれないということではないかと理解しています。主張として目新しいものでないとしても、新聞記事の形で掲載されたのは大きな意味があることだと思います。

この記事に関して、『著作権法コンメンタール 上下』(東京布井出版、編著)などの著書がある弁護士の小倉秀夫氏はTwitterで次のように述べています。

指将棋の棋譜については著作物性は明らかにないでしょうね。そんなもの認めたら「初手から○○手まで」過去の棋戦と一緒だと著作権侵害になっちゃう。

「○○手」が実は300手だとかいうことならあまり影響はない気もしますがそのあたりはよくわかりません。

気になるのは、このような見解が、『著作権法逐条講義(五訂新版)』で棋譜の著作物性に肯定的な見解があることを踏まえてのものなのかどうかです。もし、『逐条講義』に反論する形でこのような否定的見解が出ているとすれば、より強い意味を持つものになるはずです。例えば、Twitterで

くだらない話を福井健策弁護士が一刀両断の巻。むしろ、ネットで販売されてるとかいうCD-ROMの方がデータベース著作物に該当したりして(笑)。

というコメントをされている方もいて、実際そのように言いたくなる気持ちも理解できますが、『逐条講義』の記述を知った上ならば「くだらない話」ですまされない現状であることをわかってもらえたのではないかと思います。そうでなければ、私もこんなことを書いていたりしなかったでしょうし。

また、弁護士の伊藤雅浩氏が次の記事を書かれています。

棋譜の著作権を殊更に主張しなければならない場面はそれほどないように思える。要するに,プロ棋士の対局結果にアマチュアが学ぶ(再現することを含む。)ことは問題がないわけだし,解説などの付加価値を付けたものについては,著作権によって保護される。これで十分ではないだろうか。

という部分に賛成します。

このように、福井氏の見解に賛同するコメントが多く見つかったのとは対照的に、この見解を疑問視する意見は見つけることができませんでした。

自作のフェアリー詰将棋作品集

久しぶりの更新になります。フェアリー詰将棋作品集『新約・神詰大全』で自分の作品集を書きました。

『新約・神詰大全』は、10名の著者による既発表の自作集を中心とするフェアリー詰将棋作品集です。表題が大仰なのは、あまり気にしない方がよいかと思います。それぞれの作者の着実な歩みを軸にした内容で、ここ10年間ほどのフェアリー詰将棋の発展の一端を目にすることができます。

一番の目玉は、神無七郎氏が執筆された森茂作品集でしょう。2006年に逝去された森茂氏は、フェアリー詰将棋ではばか詰(協力詰)やばか千日手(協力千日手)などで、特に長編作品で印象に強く残る作品を生み出しました。神無七郎氏はその中から2000年以降に発表された10作品に詳細な解説を加えています。作品の構成を論理的にわかりやすく伝えることに関して、七郎氏の解説が特に秀でていることは将棋世界の付録に「ミクロコスモス」の際の解説文を読んだ方はよくおかわりかと思います。今回の森茂作品集では、ページ数の制約がないということもあり、さらに読み応えのある作品集に仕上がっています。

私の部分は、自作の中でも玉が動かない「不動玉」の作品に絞るという切り口で自作集を書きました。玉が動かない分、王手を複数の方向からかけて駒を動かしていくことが必要になります。それらをどう実現しているのかは作品集でご覧いただければと思います。

この作品集はPDF版で作られましたが、東日本大震災への義援金に協力するため、お志を送金していただいた方にのみ公開する形になりました。金額はごく少額でかまいません。全額を義援金として寄付させていただきます。申し込み方法は上記のリンク先をご覧ください。送金が必要なのは少し敷居が高いと思いますが、まずは抜粋版だけでもご覧くださればうれしく思います。抜粋版では、各作者のまえがきと掲載作品の一覧が収録されています。