画家の没後、絵の値段は上がるのか

 画家が亡くなると絵の値段は上がるんでしょと聞かれる。だって、亡くなったからもう作品が描かれなくなって、そうすると値段が上がっていくんじゃないの? 
 答はノーです。一般的に画家が亡くなれば値段は下がるというのが美術市場の動向です。なぜでしょうか。有名画家に限っていえば、普通プライマリーの画商と契約していることが多いのです。たとえば舟越桂の版画作品はAギャラリーがプライマリーの画商になっています。Aギャラリー以外の画商が舟越桂の版画作品を扱いたいときは、Aギャラリーから買い付けることになります。Aギャラリーは契約作家を一元的に取り扱うため、価格を統制することができます。Aギャラリー以外の画廊(セカンダリー、二次的市場)は、新作については決められた価格でしか仕入れることができなくて、その統制された価格が一般的な市場価格になります。ただ、二次市場ではその統制からは外れることになりますが、新作の市場価格があるので、一般向けには大きく下げて販売することは少ないようです。
 ところが画家が亡くなってしまうと、新作の供給が止まります。プライマリーの画商に新作が入ってきません。新作の価格を統制することが実質不可能になってしまいます。すると、市場は旧作のみとなります。旧作=二次市場は誰も統制することができなくなり、市場の価格変動に委ねられます。その結果、新作に比べて概ね価格は下がることになります。画家が亡くなれば絵の値段は普通下がるのです。平山郁夫の価格が下がり続けているのは良い例です。
 しかし、亡くなったあとに価格が上がった作家もいます。駒井哲郎は20年で20倍になりましたし、有元利夫は亡くなって30年近くなりますが、現在10号で3,000万円もするそうです。東山魁夷もあまり値下がりしていないようです。
 このように亡くなったあと値上がりした作家というのは、市場で人気がある作家です。亡くなれば画商の価格統制から外れて市場価格に任されるので、人気があれば有元のように極端に高価格になります。
 ただ、値段は市場の人気で決まるので、それが優れた作品の価値を保証しているものではないことに注意する必要があります。亡くなったあの画家もこの画家も絶大な人気を誇るものの、心ある人は誰もその価値を信じていないし、50年後は人気も価格も凋落していることは明らかでしょう。瀬木慎一『名画の値段:もう一つの日本美術史』(新潮選書)を読めば、戦前戦後でどんなに価格が変動しているか驚くことと思います。現在最高の価格で取引されている横山大観も昔はこんなに高い評価ではなかったと知ったときの驚き。
 毀誉褒貶もあるようですが、瀬木慎一さんの審美眼と、美術市場に関する経済的な評価は間違いがなかったと思います。