同性愛の「原因」や「目的」をさぐろうとする研究について、個人的見解

0.はじめに

あたしはこの日記で「同性愛の原因はこうだ」とか「同性愛の目的はこうだ」とかいう学説を時々紹介していますが、それらの学説を全面的に支持しているわけではもちろんありません。むしろ、同性愛に「原因」や「目的」があるという考え方自体がうさんくさいと思っています。以下、その理由を説明します。

1. 同性愛に「目的」があるはずだと考えるのは「目的論的世界観」によるもの

「目的論的世界観」とは、「世の事象にはすべて、何らかの目的があるはずだ」という考え方です。例を挙げるなら、「キリンの首は、高いところの葉を食べるために長くなったのだ」みたいな考えのこと。
加藤秀一(1998)は『性現象論』(勁草書房)の中で、この「キリンの首は〜」という考え方をとりあげ、以下のように(pp. 38 - 39)述べています。


ダーウィン以来の進化論とは本当はそんなものではない。現代進化論を代表する生物学者のひとりであるスティーブン・J・グールドによれば、「ダーウィニズムの真髄は、自然淘汰が適者を創造するという主張にある。変異はあまねく存在しており、そして無方向である。それは素材を提供するだけで、自然淘汰が進化的変異のコースを方向づける」(Gould[1977=1995:65])*1。生物の性質には、あらかじめ与えられた方向や、ましてや目的などというものはない。ただランダムに繰り返される突然変異のなかから、環境に適応したものが生き残っていくだけだ。

あたしはこれに賛同しています。つまり、「適者が生き残るのではなく、生き残ったものが適者」だと考えています。従って、「同性愛はこのような目的のもとに発生し、存続してきたのだ」という考え方には懐疑的です。「同性愛は『ランダムに繰り返される突然変異』のひとつで、たまたま環境に適応したもの」なのではないかとあたしは考えています。

2.目的論的世界観と呪術思考

目的論的世界観の話をもう少し続けます。ある人がプロ野球中継を見ながらたまたまくしゃみをしたら、その瞬間にひいきのチームにヒットが出たとします。その翌日、再びくしゃみをしたところ、またしてもヒット炸裂。そこで「おれがくしゃみをするとバッターがヒットを打つ」と考え、毎日必死でくしゃみをしながら野球中継を見る、というのが目的論的世界観です。「おれのくしゃみには、『バッターにヒットを打たせる』という目的があるのだ」という考え方なわけで、これは多分に呪術的です。

では、性に関する目的論はどうか。「セックスしたら子供ができた」という単純な事実から導き出せるのは、「性交の『結果』として、生殖が起こる」ということだけです。ところが目的論的世界観の持ち主は、ここで「性交の『目的』は生殖である」というアクロバティックなすりかえを行います。本当に性交の目的が生殖なら、なぜ人類がコンドームを発明したのか論理的に説明していただきたいものですが。

目的論的世界観を信奉する人々は、この「性交の『目的』は生殖」という発想を大前提に、「だから、生殖につながらない性は異常」というイデオロギーを組み立てます。同性愛は長いこと、このイデオロギーによって迫害されてきました。「同性愛にはこのような正当な『目的』がある!」として迫害をやめさせようとするのは、つまり、これに対するカウンター・イデオロギーなわけですよ。そういう論理で反論したくなる気持ちは痛いほどわかります。わかりますけど、それはやっぱり変だ、と思うんですよあたしは。

3. ダーナー説やらルベイ説やら

同性愛の「原因」はこうだとする説はすでにいくつかあって、比較的よく知られているのはダーナー説とルベイ説。胎児期の脳のホルモン・シャワーの異常によって同性愛が起こるとするのがダーナー説、脳の形態異常によって起こるとするのがルベイ説です。

しかし、これらの説は単なる仮説に過ぎず、学術的にも大きな支持を受けているとは言えません。そもそも、何らかの異常によって同性愛が起こるという発想自体が、「性交の目的は生殖→同性愛はそこからの逸脱」という、目的論的世界観に影響されたもので、言ってしまえば呪術的です。また、「異性愛こそ『正しく』、同性愛は『異常』」という、科学というよりむしろ宗教や道徳に支配された考え方のニオイもしますよね。さらに、これらの学者の言う「同性愛」が「男性同性愛」のことでしかないところにも注目。レズビアンを無視して「これが同性愛の原因です」もないもんだ。

最近では一応女性同性愛についての研究も行われているようですが、「薬指が人差し指より長いのはレズビアン」などというトンデモの香りがする説が流布しているところを見ると、まだまだこの分野に科学の光は届いていなさそうです。このブリードラブ説は要するに女性同性愛の原因を男性ホルモンの働きと関連づけようとするものですが、やはり研究の背後に「女性を好きになるのは男性→レズビアンは男性的なはず」というイデオロギーがあると思うんですよ。うさんくさいこときわまりないし、あたしはまったく信じていません。第一、レズビアンであるあたしの右手の薬指は人差し指より短く、左手の薬指は人差し指とほぼ同じ長さですし*2。

4. まとめ

同性愛に「目的」や「原因」があると考えることには、呪術的な「目的論的世界観」の影響が考えられる。また、同性愛の「目的」や「原因」をさぐろうとする研究は、前提となる考え方が宗教、道徳、女性差別、異性愛主義などに影響されている場合が多く、信用しがたいものが多い。よって、自分はこうした説の多くは基本的に眉に唾をつけて聞いておくべきものと受け止めている。個人的には、同性愛は「『ランダムに繰り返される突然変異』のひとつが、環境に適応したもの」なのではないかと考えている。

*1:Gould, Stephen Jay. 1977 Ever since Darwin: Reflections in Natural History. Norton. =1995 浦本昌紀・寺田鴻訳『ダーウィン以来』早川文庫.

*2:もっとも、ブリードラブ自身は、「同性愛者となるには体型よりも、社会的・心理的な要因が強いことを強調している」とのことです。