自由主義と民主主義のお勉強
2006/10/31(火) 14:32:03 http://awarm.blog4.fc2.com/blog-entry-288.html
複数のブログで採り上げられているのを見て、薬師院仁志『日本とフランス 二つの民主主義』(光文社新書、2006年)を読んでみた。すると、ページを繰るたびに物凄く違和感を覚える。著者の「自由主義」や「民主主義」についての理解がかなり粗放なためだ。問題意識は理解できるし、具体的記述については首肯できるところもそれなりにあるのだが、政治理論・政治思想史プロパーの人が読んだら言葉を失うのではないかと心配するほどである(私が何プロパーかは不明)。社会学者が書いた新書にすぎないのだから、それほど目くじらを立てるべきじゃないのかもしれないが、よく知らないくせにやけに自信満々な書きぶりが若干ムカつくので、一応基礎的な部分で批判を加えておきたい。
まず「自由だけが民主主義の構成要素ではない」(11頁)とあるが、自由は民主主義の構成要素ではない。ロバート・ダールによれば、古典的な民主主義の構成要素は政治的平等と人民主権である(『民主主義理論の基礎』内山秀夫訳、未来社、1970年、77頁)。したがって、平等は民主主義の構成要素である。現に、近代初期の民主主義は平等主義と同一視されたのであり、歴史的には、著者が強調する自由民主主義vs社会民主主義の構図ではなく、自由主義vs民主主義の構図が一般的であった。要するに、平等と民主主義が当初から親和的であったのに対して、自由と民主主義は長く対立的な価値だった(福田歓一『近代民主主義とその展望』岩波新書、1977年、116‐126頁などを参照)。
著者はフランスの民主主義を、「政治的民主主義の形式的枠組を超えて、社会や経済の実態を具体的に民主化することを主眼」とする社会民主主義=平等主義であるとしている(15頁)。これは間違っていないが、フランスの「社会民主主義」を「非教条的な社会主義」と全く同一視するのはやや問題がある。この点はやや専門的になるが、例えば只野雅人『憲法の基本原理から考える』(日本評論社、2006年)では、いわゆる「社会民主主義」(social-démocratie)と、政治的デモクラシーに対する「社会的デモクラシー」(démocratie sociale)を区別している(294頁)。この区別がどこまで一般的か私は知らないが、少なくとも後者に関しては、著者が言うように1948年の二月革命に生まれたわけではなく、フランス革命時点にある程度成立している。専門書としては、中村睦男『社会権法理の形成』(有斐閣、1973年)があるが、一般向けとして遅塚忠躬『フランス革命』(岩波ジュニア新書、1997年)を見ると、以下のように書かれている。
デモクラシーという言葉は、ふつう、国民の多数意見にもとづいて政治をおこなうこと、つまり政治的デモクラシーの意味で用いられています。しかし、さらに広く考えれば、社会問題についてもデモクラシーの理念をおしひろめることが必要になるでしょう。社会や経済の問題について、できるだけ一般大衆の利益にそうような政策をとることを、「社会的デモクラシー」と申します。一九世紀フランスの思想家トクヴィルは、デモクラシーというのは、「諸条件の平等」つまり、人びとの間の様々な条件(境遇)をできるだけ平等にすることだ、と言っています。政治的な条件(たとえば参政権)を平等にするだけではなく、社会的な条件(たとえば生活水準)をもなるべく平等に近づけることが、デモクラシーの理想なのです。したがって、デモクラシーの理想を追求するためには、政治的デモクラシーに加えて、社会的デモクラシーの実現が重要になるでしょう。[114‐115頁]
これはかなり「社会民主主義」的な「社会的デモクラシー」理解のように思われるのだが、民主主義=平等観の紹介も兼ねて引いておいた。「社会的デモクラシー」の独自の意義を知るには、中村本よりとっつきやすい只野本を読んだ方がいい。只野によれば、「社会的デモクラシー」がフランスで重視されるのは、「集権的な「強い国家」は、社会の多様性やさまざまな要求を十分に汲み上げることはできない」ために、社会諸階層の利益を調整する政治的デモクラシーの他に、社会・経済領域を利害関係者自身が自律的に管理する社会的デモクラシーが要請されるからである(295‐296頁)。こうした「社会的デモクラシー」は「社会」に対する国家介入の役割を限定するものだから、著者のように「公権力の介入による自由の制限を通じて、一部の者の独占を防ぎ、格差を許容範囲に収める平等化政策」(47頁)や「国土を均質な空間として差をつけずに扱い、国民を同質的存在として差をつけずに扱う」中央集権体制(138頁)としてフランス的民主主義を性格付けるのは一面的に過ぎる。
もちろん「社会的デモクラシー」論的な議論はあまり主流的な地位にはないだろうから、何もそこまでのフォローを期待しないが、住民参加を「要するに官から民へ」(56頁)として、それを著者が考える「自由主義」的政策でありフランス的社会民主主義からは遠い考え方として扱っていることには激しく抵抗感を覚える。後述するように本書で最も酷いのは「自由主義」理解であるが、シュンペーターに代表されるように伝統的な自由主義的民主主義論と、その流れを受けるアメリカ多元主義論が大衆の政治参加に慎重だったのに対して、「社会的デモクラシー」的な自主管理とも繋がる参加民主主義論が対抗していった理論的対立構図を著者はどう考えているのだろうか(そもそも知っているのか)。市民の行政参加が「アメリカ型自由主義に典型的な図式」(83頁)であるとは、悪しきトクヴィル主義的誤謬とでも言うのか、何とも。この点はまた触れよう(民主主義理論の歴史と対立については、C.B.マクファーソン『自由民主主義は生き残れるか』田口冨久冶訳、岩波新書、1978年などを参照)。
本書中、最悪なのは自由主義についての記述だ。本書では政治的価値対立を、自由を重視するか平等を重視するかの単一の軸だけを用いて描写しており、かなり強引にまとめられている。最も酷いのは、「政治的選択における保守主義とは、自由主義のことだ」として両者を同一視している部分である(62頁)。こんな理解に基づいて、あんたの自由主義理解はおかしい、と言われた格好の丸山眞男(政治思想史家)は浮かばれない(66‐67頁)。この著者は経済面以外の自由主義と保守主義との差異をどう考えているのだろうと思いながら読んでいくと、アメリカの民主党支持層が「リベラル」と呼ばれるのは単に「宗教的にリベラル」なだけであって、それは特殊アメリカ的な事情であると言われている(74‐76頁)。社会政策や経済政策においてはあくまで共和党が自由主義なのだそうだ。確かに左派的立場をリベラルと呼ぶのはアメリカ的習慣であるから間違ってはいないが、民主党も宗教面では自由主義的であると言えるのなら、自由主義=共和党も自由主義=保守主義もおかしな決め付けになるはずだろう。宗教や文化に関わる選択は「政治的選択」ではないとでも言うつもりだろうか。
そもそも自由主義の思想史においては、ジョン・ロック以来、経済的自由と宗教的・文化的自由は密接に結び付いている。そのことは政治思想史の入門書にちゃんと書いてある。以下は、小笠原弘親ほか『政治思想史』(有斐閣、1987年)172頁より。
こうしてロックの政治社会は、あくまでも所有権の保護と対外的安全という限定された目的に従って形成される目的社会であった。したがって、政府の役割もそこに限定され、国民の内面的な価値の世界を支配することは許されない。「国家とは、市民の利益を保持し増進するためにのみつくられた人間の社会である」(『寛容にかんする書簡』Epistola de Tolerantia)と述べて、政治社会の世俗的性格を貫いたところにロックの寛容論の世界も開かれるのである。すなわち魂の救済にかかわる宗教の問題は、純粋に個々人の内面的な信仰に属することがらであって、ここでは個人のみが神に責任を負い、政治権力はこの世界に介入するいかなる権限ももちえない。
したがって、経済的自由主義ばかりを取り出して自由主義を代表させるのは正しくないし、当時の保守主義に対抗して権利を勝ち取ってきた自由主義を保守主義と同一視するべきでもない。左派に近い人々がリベラルを名乗ることは確かに特殊アメリカ的ではあるが、それにはそれなりの歴史的文脈があるのであって、単に特殊だけと言って済ますことはできない。つまり、ヨーロッパの自由主義が対立した封建的諸勢力が最初から存在していなかったり、ヨーロッパではそれなりの勢力を誇った社会主義の影響力が一貫して微弱だったりして、政治的対立が終始、自由主義=リベラリズムの枠内で行われているのだ。しかも身分制秩序が無いということでヨーロッパ的な自由主義vs民主主義の対立構図が存在せず、最初から自由主義と民主主義的価値=平等が比較的親和的だったのがアメリカの特徴である。全体が自由(民主)主義の枠内に収まるために、共和党も民主党もそれぞれ部分的に自由主義的なのだ。前者は経済的自由主義を採る反面、宗教・文化面で保守的=非自由主義的だし、後者は宗教・文化面で自由主義的な反面、古典的な経済的自由主義にやや修正を加えようとするが、社会(民主)主義という選択ははじめから無いのであくまで修正的な自由主義=リベラルを自任する。
そもそもアメリカに限らず自由主義の思想史においては、古典的自由主義を修正してニューリベラリズムが現れて…、という定番の説明があるので、これらを思いっきり無視して自由主義を古典的自由主義の一部分(経済的自由主義)中心に限定して描くのはあまりに乱暴である。一般向けとはいえ、せめて森村進『自由はどこまで可能か』(講談社現代新書、2001年)14頁にあるように、経済的自由を重視するか否かに加えて、精神的自由・政治的自由を重視するか否かの軸も用いることで、保守主義者、左派に近いいわゆる「リベラル」、純粋な自由主義者(森村本では「リバタリアン」)にそれなりの区別を与えることは求めたい。ヨーロッパとアメリカそれぞれの自由主義・リベラリズムの思想史についての簡単な解説としては、川崎修・杉田敦編『現代政治理論』(有斐閣アルマ、2006年)の3章および5章1を読むといい。
最後に改めて自由主義と民主主義の関係について言えば、ロックは「公的領域と私的領域を区別し、私的な領域を完全に個人の自由に委ねながら、国家をもっぱら外的な利益の保障、秩序の維持に限定して」いったと言われるように(藤原保信『自由主義の再検討』岩波新書、1993年、50頁)、自由主義の本来の眼目は私的利益や内面的価値を国家から保護することにあるので、それ自体から政治参加が要請されるようなことはない。積極的な政治参加が奨励されるのは、ルソーをはじめとして民主主義的立場の側からであり、参加によって政治的主体としての能力や徳性が陶冶されたり「諸条件の平等」の実現に繋がったりすることを期待してのことであるから、平等主義あるいは社会民主主義と積極的な住民参加・市民参加が結び付くことは特別奇妙とは言えない。それから、本書で強調されているように、確かにフランスの政教分離は同国に特殊の共和主義的性格の反映だが、公私分離そのものは上で引用したように自由主義に由来する(共和主義について考え出すとややこしいので触れない)。
長くなったが、言いたかったことは、自由主義と民主主義の差異や結び付き、あるいは自由民主主義と社会民主主義の関係、さらにはそれぞれの思想的立場内部における多様性など、政治思想史には複雑な要素が山盛りなのであるから、もう少し慎重に書けということに尽きる。上に挙げた文献も新書や入門書の類が多いので、せめてこうした思想史的常識をある程度勉強しておくことは内容的に不可欠だったろう。あまり知らないことをあえて断定的に書くのも一つの技術であり信念であるのかもしれないが、専門外のことでもあろうし、もう少し謙虚さを見せてもいいのではないか。参考文献を見ても、これで知ったつもりになっていたとはとても信じたくないのだが…。
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