美の特攻隊

てのひら小説

2015-02-01から1ヶ月間の記事一覧

春のソナタ

ペルソナ〜31

波紋が消え去るように砂里の笑みが面からはなれれると同時に純一は言った。「なんだよ、せっかく彼女だってここまで来たんだよ。ぼくだってそうさ、手を取り合って突き進むためにこうしてここにいるんじゃないか、それを土壇場になって考え直せはないだろう…

Godspeed You

ペルソナ〜30

肩に触れた黒髪は風にそよいでいるようであったが、澄んだ空気は動かないままじっとこの瞬間を愛でていた。孝之のこころにも凍結とは作用の違った揺るぎのなさが到来していた。それが寸暇であることはわかっていたし、通りすがりに鼻をつく芳香みたいなもの…

学校の怪談

ペルソナ〜29

山間から町中へと引き返すときも又サンダル履きで駆けゆくような素早さであった。ひとつしかない改札口は駅舎から多少離れたところからも見通せた。朝からの快晴は午後を過ぎても変わらず、青く澄みわたった空にはとんびが数羽自在に飛びまわっている。車が…

旅情

ペルソナ〜28

渓流の音を耳にしながら食べる弁当は、緊迫した時間の合間にふさわしくそつがないように思われた。公園まであと少しのところだったが純一の提案は正しかった。が、いざ弁当のふたを開けてみると著しい違いが両目に飛びこんできた。「ごはんが白米だ」純一の…

残響

ペルソナ〜27

迎えの駅を通り過ぎる格好になってしまったが、車で抜けゆく爽快さをおぼえ出すころには、もう山間であり、寄り道が別段遠まわりになったと嘆くこともない。途中で弁当を買い、次第に傾斜がたかまる林道の先にある公園をめざし、孝之は軽やかにハンドルを握…

生きる歓び

ペルソナ〜26

あらかじめ書きあげられた脚本を読み上げるふうに、これまでのいきさつをかいつまんで深沢の妻に伝えると、思いがけない反応が返ってきた。「主人は磯辺さんのご名刺を自慢気に見せてくれたのでよく覚えています。ああいうひとでしたから、大学の先生がわざ…

さびしんぼう

ペルソナ〜25

秋風が静かに吹いてゆく夢の波間をさまよった。どんよりした念いから逃げ去ることは無理であったが、寝入り際に遠のく旋律へとすべてを沈みこませる滑らかさのお陰で悪夢に苛まれず、意識は薄明のなかでなかば好個な書物を読んでいるようなぼんやりした感覚…

花酔ひ

ペルソナ〜24

「それでその長沼砂里さんは何と言ったんだい」孝之はすかさず初めて耳にした名前を口にして問いただした。「さっき話したように彼女のお母さんもこのまちが出身なんだけど、生まれは東京だし、その辺がぼくと似てるでしょ。そうしたこともあって学校の親睦…

夢浮橋

ペルソナ〜23

寄り合いに行っておりつい今しがた帰ったばかりだと言う三好に挨拶したところ案の定、純一をいたわる声色はとどまることを知らず、萎縮してしまいそうになるほど厚い気遣いなので、「こうやって元気な顔を見てもらいに来たんですから、もう本当に大丈夫です…

第三の男

ペルソナ〜22

駅に着くまで眠りこんでいた純一を揺り起こし、改札を抜けたときにはすっかり宵闇が地面から立ちのぼったふうに上空まで充たされていた。「やっぱり匂うよね、潮の香りほんの少しだけど」純一にしてみれば苦い経験を回想させる帰省となるはずだったが、妙に…

讃歌

ペルソナ〜21

陽光はいっこうに衰えを見せなかった。十月も半ばに差し掛かったが蝉時雨はまぼろしの音色で真夏を留め置こうとしているのか、季節の実感は剥奪され異形な晩夏に席を譲り渡した。倦み疲れたからだを左右にずらすよう、いら立ちを噛みしめながらときのうつろ…

静けさの本

ペルソナ〜20

切手帳から取り出す慎重さが、それほど重要でもないように感じてしまうのは特に高価な一枚でもなく、ただ同じ紙質によってかたち作られ印刷されただけの類比では例えようない、哀れさみたいな親しみが「髪」の価値を本来の場所に戻すよう静かに願っているか…