夏の思い出 〜読書〜
高校二年生の思い出
十七歳の夏。そう聞くだけで、陽光にきらめく水しぶきや、すらりと伸びた肢体を包む夏の涼しげなワンピースや、ひそやかな恋心の成就や、おずおずと手をつないで歩く浜辺や、そんなものが頭の中をぐるぐるする。人というのは、いつまでも手にはいらなかったものを執念深く覚えているものだ。
実際の私は、せめて夏痩せしないものかと祈ってみても、その気配すらなく、かといって、身長はとうに伸びるのをやめてしまい、ワンピースを着ても小学生のようでしかなく、ひそやかな恋心を抱こうにも、異性といえば父と弟しか身近におらず、憧れの男性といえば、『宇宙戦艦ヤマト』の乗組員(誰とは言わぬが)の顔しか浮かばないような十七歳だった。ちなみに十八歳の夏には、ハン・ソロに憧れていたので、一年で長足の進歩を遂げたと言えるだろう。
そんなこんなのなんにもない十七歳の夏が終わった休み明けに、生徒に人気があるとは言い難い国語の教師が、休みの間に読んだ本を尋ねた。たまたま、指名された二、三人が本を読んでなかったので、教師はネチネチ嫌味を言い始めた。それから、私をあてた。私は文芸部だったし教師は文芸部の顧問だった。
「おまえなら読んでいるだろう、少しは。それとも、おまえも読んでないのか? どうだ?」
という声が聞こえるような気がした。
のそのそ立ち上がった私はぼそぼそ、作者名と作品名を挙げ始めた。時々つまりながらもそれは延々続いた。あたりまえだ、私は夏休みに宿題も、家の手伝いも、部活動もなにもせず、毎日一冊以上の本を読むのをおもしろがって続けたのだ。なんでもかんでも手当たり次第に読んだ。読まなくていいものまで読んでいた。軽い読み物なら当時は一日に三冊くらい読めた。
やがて教師はうんざりした顔で「もういい、座れ」と言った。
「それで、勉強はしたのか」
してるわけがないんである。
夏休み明けの実力テストは「首都消失」級の壊滅状態で、これだけでも母の怒りを買うには十分だったが、二学期が始まっても夏休みについた悪い癖がやめられなかった私は、秋の中間テストでついには超「日本沈没」級の点数をとってしまい、以来母の目の届く場所での読書は一切できなくなった。
いまだに私が実家でソファに寝っころがって本を読んでいると、母はなにか言いたげである。

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