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図書館の思い出(1)

僕はたいていの本は図書館で借りて読んできた。

初めて入った図書館はたぶん小学校の図書室だ。運動場に面した窓の前に司書さんのデスクがあり、低めの書棚がいくつか並んでいたはずだ。そこで借りた本もいくつかは覚えている。
小学校の終わり頃から中学に上がる頃には、自分で本を買うようにもなった。最初は近くの商店街の本屋をいくつか回ってみていて欲しい本があると、名前を言ってツケにしてもらっていた。月末になると家に請求がくるのだが、あるときちょっと親に注意されたような叱られたような記憶がある。子どものことだからそうそうたくさんの本を買ったわけでもないとは思うけれど。
そのうち小さな本屋では飽きたらなくなって、繁華街の大きな書店にも出撃するようになった。友達と行ったこともあるがたいていは一人で行ったと思う。しかし、小遣いでは買える本は限られている。それは今も同じ。

高校の図書館は僕にとっては今も忘れがたい。
高校生になった年の秋だったか、ある日、この世にあるありとあらゆる本を読みたいという衝動が湧き起こった。その日のことは今でも覚えていて、人生にはそんな狂気とも思えるような日が何日かはあるのだろう。それからは、高校の図書館の本を片っ端から読み始めた。昼休みもそこで本を読み、借り出しては夜、家で読んだ。そのうち、授業に出るのは大いなる時間の損失である、との結論に至ってからは、授業中はさすがに学校の図書館では具合が悪いから、すぐ近くの公立図書館に場所を移して読みつづけ、そこでもまた本を借りるようになった。

高校の図書館は高い天井を持つ広々とした一室で、二方向に開いた大きな窓を除いたすべての壁面が背の高い書棚になっていて、その間をテーブルと椅子が埋めていた。書棚の位置も蔵書のありかも鮮明に覚えている。入口を入ったすぐ右に司書さんのデスクがあって、そこで貸出・返却をするのだが、そこには中年の太ったおばさんがいつも坐っていた。高校の先生の名前はあらかた忘れてしまったが、その司書さんの名前は今も覚えている。乾(いぬい)さん。ロクに授業にも出ない僕のような不良学生を理解してくれるたった一人の大人だったからだろう。
乾さんが、ヴァレリーなら『ヴァリエテ』という選集があるわよ、と言って人文書院から出ていたその本を書棚の一番下の隅から取り出してきてくださった時の嬉しかったことは今も忘れない。その分厚い2巻本は茶色の箱に入っていてその箱にはタイトルも何もまったく印刷されていなかったから、そうと教えられて初めて気づいた。『ヴァリエテ』はその後、何度も何度も繰りかえして読んだ。それはパラフィン紙に覆われたクリーム色の紙の表紙を持つ瀟洒なフランス風の装丁で物としても美しい本だった。

高校の図書館で読んだ数々の本は、結局、僕の知の地平を決めることになった。自分の関心の領域は高校時代の読書とどこかでつながっている、と思う。高校時代に本だけを読んでいたわけではないが、それが最も貴重な体験の一つであったことは間違いない。
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