いざというときなんか言う……

 ブログを始めたころ、でもないか、それなりに、いざというときなんか言うためのツールであったらなという思いはあった。今それがあるかというと微妙。基本的に自分というか自分の発言なんかはゴミ。政治的に見ると、無。
 でもそれなりのPVがあれば、だからこそそれを阻止するためにウジ虫がわいてくるというのは経験したしっていうか、ゴミ溜でひっそりしているとウジ虫もわかない。
 ちょっと言葉を端折ると、ウジ虫さんの敵に私は見えるのかもしれないけど、私はウジ虫さんの敵ではない。そんなたいしたもんじゃないってばさ、私とか。
 で、じゃ、というと、次に思ったのは、きちんと違和感を言うということ。
 実際にやってみると、きちんと、というのは難しい。
 なんとなく違和感というのはある。
 話が逸れるが、PVのあるラインを超えるごとに何かを捨てていかなくてはいけないわけで、そのあたりのバランスが難しい。
 率直にいうと、サヨクさんブログが失敗しているのは、その捨てる部分への思い切りの悪さなのだろうし、そのなかで生息するというバランスということなのだろう。
 ブログがどういうメディアであるかというのは、PVによってクラス分けされるという側面がかなりあるのだろう。
 あと、ブロガーもまたある線から上はメディアなんで、そのあたりは必然的なバランスに組み込まれる。簡単にいうと、有名人ブロガーっていうのはある部分が言えなくなる。そこを言うとすごいスクラムみたいのが出てくるというのもブロゴスフィアのエコロジー(生態系)なのだろう。
 話がそれるが。
 共謀罪とか教育基本法とか……こんなの「いざというときには」に自分の認識では入らない。まあ、そのあたりの状況認識と発言というのは、結果として、実はPVからのリダクションかもしれない。つまり、そういう発言を見たいというPVを維持できる層があって、その期待に応えているだけというか。