備中笠岡から南へ七里、瀬戸内海のほぼなかほど、そこにはちょうど岡山県と広島県と香川県の、三つの県の境にあたっているが、そこに周囲二里ばかりの小島があり、その名を獄門島と呼ぶ。
獄門島(ごくもんとう)とは、横溝正史の推理小説。およびそれを原作としたテレビドラマ・映画。
過去に2度映画化、5度ドラマ化されているが、本項では原作、および1977年の映画版(市川崑監督)、最新の映像化である2016年版のドラマ版について記述する。
昭和21年9月。金田一耕助は、出征中の戦友である鬼頭千万太の訃報を伝えるため、千万太の故郷である瀬戸内海の孤島・獄門島に向かっていた。
封建的な獄門島で絶大な権力を持つ網元の鬼頭家は、本鬼頭(ほんきとう)と分鬼頭(わけきとう)とに分かれて対立していた。金田一が本鬼頭本家の跡取りである千万太の訃報を伝えるいっぽう、本鬼頭分家の跡取りである鬼頭一(ひとし)は生還の報が入っていた。精神を病んで座敷牢に幽閉された本鬼頭当主の与三松、一の妹で分家筋だが与三松に代わって本鬼頭を切り盛りしている鬼頭早苗、そして美しくもどこか狂的な、千万太の三人の妹たちに出会った金田一は、千万太の最期の言葉を思い出す。
「おれがかえってやらないと、三人の妹たちが殺される……」
その数日後、千万太の正式な戦死の報が届き通夜が営まれた夜、末の妹である花子が何者かによって殺害され、寺の庭にある梅の古木に逆さ吊りにされているのが発見された……。
1946年から1948年にかけて雑誌「宝石」に連載された、金田一耕助シリーズの第2作にあたる長編。1949年に岩谷書店から刊行された。第2回探偵作家クラブ賞候補作(受賞作は坂口安吾『不連続殺人事件』)。1971年に出た角川文庫版が現在も容易に入手可能なほか、創元推理文庫の『日本探偵小説全集9 横溝正史集』や、出版芸術社の『横溝正史自選集2 獄門島』でも読める。
横溝正史の代表作というだけでなく、日本のミステリ史上に燦然と輝く名作中の名作であり、一般的な知名度では映画が大ヒットした『八つ墓村』『犬神家の一族』に一歩譲るものの、作品としては現在に至るまでその2作をはるかに凌ぐ非常に高い評価を受けている。「週刊文春」の行ったオールタイムベスト投票『東西ミステリーベスト100』では1985年版・2012年版とも第1位。その他、各種オールタイムベストランキング企画でも1位の常連であり、まさに日本ミステリー界のレジェンド作品。
舞台・事件のおどろおどろしさとドロドロした人間関係、見立て殺人や物理トリックという古典的ミステリの雰囲気たっぷりの物語、序盤から真相の手がかりがフェアに提示されつつも読者の眼を巧みにくらます語りの妙、国産ミステリ史上最も有名な台詞のひとつである「あの台詞」、そして極めて意外な犯人と戦慄する他ない事件の背景、あまりにも無惨な結末と、発表から既に70年を経た現在も色褪せることない傑作である。金田一耕助シリーズは後期に行くほど人間関係が複雑化し物語も長大化していくが、シリーズ初期の本作は分量の面でも文庫本で350ページとすっきりした長さにまとまっており、読みやすいのも魅力。
舞台や趣向などは、アガサ・クリスティ『そして誰もいなくなった』、S・S・ヴァン=ダイン『僧正殺人事件』、エラリー・クイーン『Yの悲劇』などを参考にしており、海外の本格ミステリのトリックや趣向、構造を日本流に換骨奪胎することを得意とした横溝正史の作品の中でも、その完成度の高さは随一である。また本作の犯人像は横溝の妻のアイデアによるとか。
また、金田一耕助シリーズの中でも「終戦直後」という時代背景が非常に色濃く出ている作品であり、横溝作品は後の社会派推理小説ブームの中で「お化け屋敷」とか「見世物小屋」とか言われたが、今見ると当時の時代的なリアリズムに立脚した作品としても見ることができる。
なお、本作中で極めて重要な意味を持つ「あの台詞」には放送禁止用語が含まれるため、映像化では別の言葉に改変されるかカットされることが多い。改変せずそのまま映像化したのがはっきりしているのは1977年の映画版と2016年のドラマ版(1949年の映画版は情報が少なく不明)。
短編集『殺人鬼』に収録されている短編「百日紅の下にて」(「改造」1951年11月号掲載)は本作の直前の出来事。こちらも日本の毒殺もののミステリを代表する傑作である。
1977年8月公開。『犬神家の一族』『悪魔の手毬唄』に続く市川崑監督・石坂浩二主演による、いわゆる「石坂金田一」の第3作。配給は東宝。ロケ地は瀬戸内海の六島。
公開直前に古谷一行主演でテレビドラマ化されており、そちらが原作通りの真相であるのに対し、本作ではドラマ版との差別化でか、事件全体の構図や「あの台詞」はそのままだが、原作とは異なる人物が犯人になっている。劇場公開時も「原作・ドラマと犯人が異なる」ことを売りにしていたらしい。また、原作では磯川警部が登場するが、こっちでは等々力警部になっており、金田一とは初対面。
犯人の変更のためか石坂金田一の前2作に比べて評価・人気ともやや劣り、また現在の目から見ると思わず笑ってしまうチープな演出もあるが(釣鐘のアレとか)、「あの台詞」をそのまま残した貴重な映像化のひとつであり、原作と異なる犯人も含めミステリファンにも見所のある映画だろう。
2020年現在はAmazon Prime Video、Netflix、U-NEXTなどで配信中。
2016年11月19日、『スーパープレミアム「獄門島」』としてNHK BSプレミアムで放送。夜8時から2時間半の単発ドラマ(厳密には2時間22分)。
主演は長谷川博己。また了然和尚を奥田瑛二が演じたが、この2人は2ヶ月前にフジテレビの法月綸太郎原作の単発ドラマ『一の悲劇』で名探偵・法月綸太郎とその父・法月警視を演じていた。なお、こっちは原作通りに磯川警部が登場する。
BS放送だったからか、あるいは「放送禁止用語はあくまで自主規制に過ぎない」ということでか、テレビドラマでは初めて「あの台詞」がそのまま使用され、かなり原作に忠実な映像化であった。その一方、終盤で狂的な笑いをあげながら犯人を精神的に追いつめる金田一の造形は「ドン引きした」「違和感しかない」という声から「これはこれであり」「むしろ納得できる」という声までかなり賛否が分かれた。
ラストでは『悪魔が来りて笛を吹く』の映像化予告と取れる場面があったが、長谷川博己主演では実現せず、2018年に吉岡秀隆主演で同じくBSプレミアムで放映された。
2020年12月現在はNHKオンデマンドで配信中。またDVDも出ている。
掲示板
3 ななしのよっしん
2021/11/15(月) 22:22:56 ID: TgCshwi7yW
金田一物で最後に発表された『悪霊島』は別の島だけど、なんだか周回して獄門島に帰ってきたような気分になるな。
4 ななしのよっしん
2022/02/24(木) 18:38:37 ID: TgCshwi7yW
最初の映画版(片岡千恵蔵主演の奴)は犯人はそのまま(厳密には共犯が1人追加)だがオチがひねってある。
このオチ、1958年に横溝正史が書いた『迷宮の扉』で似たようなものがあるんだが、まさか横溝先生このネタをいただいたとか・・・?
5 ななしのよっしん
2022/10/23(日) 17:33:57 ID: MoQD5lbjr2
全ては逃れられぬ定めだ、みたいな感じで落ち着き払っていた犯人が、すべての真相を知った瞬間運命の悪戯に翻弄されて愕然とするただの人間になるオチがすごく好き
自業自得といえばそうなのに哀れですごく心に残る
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最終更新:2025/01/12(日) 02:00
最終更新:2025/01/12(日) 02:00
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