文部科学省を含む4府省では、教育・雇用・産業政策の連携強化による総合的な人材育成に取り組むため、小学校段階からのキャリア教育を推進。我孫子市の小中学校でも職業人講話や職場体験学習などが行われる中で、湖北中学校では2年生において約6カ月にわたる「就職体験学習」が実施され注目されています。
現在この取り組みを主導する湖北中学校教諭の佐藤和麻さんと、過去に実施していた布佐中学校と湖北中学校の元校長である石井美文さんに取材し、受け入れ先の一つである晃南土地建物株式会社の事例もご紹介します。
取材協力・大坪祐三子さん
公開 2023/12/19(最終更新 2024/03/25)
野中真規子
フリーライター歴20年。取手市出身。2021春に東京から我孫子市に移住し、手賀沼周辺の水辺や豊かな緑、遺跡、史跡、ユニークな個人商店などに囲まれた生活を満喫中。スパイスと魚影、日本語ROCK、RAP、民族的デザイン、音楽、祭り好き。https://makikononaka.com/
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生徒たちが将来を見据えるための、社会経験の一つとして
湖北中学校の就職体験学習は、生徒自らが就職先を選ぶところから始まり、校内に開設したハローワークでの就職活動を経て、仕事現場で実務を行うまでを、リアルに体験できる取り組みです。
最初にガイダンスを行い、地域の社会人の職業人講話を実施。その後、「校内ハローワーク」を開設し、受け入れ先の職場から送られてくる求人票を掲示します。生徒たちは休み時間に求人票をチェックし、働きたい職場を選んで、エントリーシートを作成して応募。審査を通過した者から採用面接を受け、内定をもらえたら職場と連絡を取って打ち合わせを行い、体験当日の実務に臨みます。体験を終えた後には、職場へのお礼状を書き、体験記を作成。経験したことの振り返りもしっかり行うのだそうです。
この就職体験学習の取り組みは最初に布佐中学校で研究開発されたもの。平成24年度には優れたキャリア教育として認められ、文部科学大臣表彰、平成26年度にも千葉県教育奨励賞(学校部門)を受賞しています。
佐藤さんは以前、布佐中学校に勤務していたことから就職体験学習について学び、転任先である湖北中学校でも総合的な学習の時間などを使って実施しています。総合的な学習の時間は、自ら課題を見つけ、思考・判断しながら主体的に課題を解決、自己の生き方を考えていくための力をつけることを目標としています。学習の内容については、各学校に任されている中で、湖北中学校がこの取り組みを行っているのは、まだ将来のことについて見据えることがなかなか難しい中学生たちに、少しでも社会経験をさせたいと感じたからだそうです。
「自分自身で希望の職場を選び、その募集内容に合わせてエントリーシートを提出し、採用面接を受けてから働く、といった一連の内容は、彼らが将来向き合う就職活動そのもの。エントリーシートの内容によっては書類選考で落とされることもあり、面接が不十分であれば、不採用通知書が渡されることもありますが、こうした試練も社会に出た時に誰もが経験する壁であり、生徒たちに必要な経験であると思います」と佐藤さん。
今年の就職体験学習では116名の生徒に対して29の事業所や公共施設が受け入れを行い、過去も含めてその業種は駅、病院、市民体育館、図書館、旅行会社、スーパー、建設会社、スポーツ用品店、農家、介護事業所、美容院、学校、幼稚園、自動車整備会社、農場、レストラン、コンビニ、旅館、パン屋…などなど多岐に渡ります。
「この取り組みを通して学んだ社会経験は、生徒たちのこれからの人生に大きな一助になると信じています。われわれ教員も準備やサポートなどは大変なのですが、生徒たちの大きな成長につながることを実感しているので、毎回実施して良かったなと思います」(佐藤さん)
主体的に就職活動を行うから、仕事にも熱意を持って取り組める
布佐中学校の校長として、平成26年度から5年間、そして令和2年度には湖北中学校で就職体験学習の実施をサポートしてきた石井さんは、この取り組みによって生徒たちの主体性を大きく育むことができると言います。
※令和2年度はコロナ禍により体験活動は中止、この時の責任者も佐藤さん
「学校から指示された職場に受け身で行くのではなく、自分の意思で選んだ職場に応募して厳しい審査を乗り越え就職体験をするため、生徒たちは前向きに、熱意を持って取り組みます。エントリーシート作成の際には職場について下調べし、応募動機などを考えてぎっしりと書き込む生徒も。採用面接を受ける前には学級で練習しながら話し方や所作などを覚え、本番は教員以外の地域の方や事業所の方にも面接官をお願いしているので、より一層の緊張感をもって臨んでいます」(石井さん)
過去の体験記からも、生徒たちが真摯(しんし)に取り組んだ姿勢が伝わります。主体的に働くことで、仕事の手順や技術などを体験できたことはもちろん、イメージ以上に多岐にわたる業務があることを知ったり、掃除など一見業務と関係がなさそうな作業の重要性に気づけたり、働く大人への尊敬の念を抱いたり、社会貢献したい気持ちが高まったりなど、さまざまな学びを得られるようです。
「受け入れ先の職場の方からも『生徒の目的意識が高い』『今年も受け入れを楽しみにしている』などのお言葉を多数いただいています。就職体験学習を始めた当初は、教員が地域の事業所や公共機関に受け入れをお願いしに回っていましたが、回を重ねるにつれて受け入れ先の方が知り合いをご紹介くださるようになり、また地域の方、学校コーディネーターの方もご協力くださるようになりました」
不動産会社で就職体験し「仕事の大変さがわかった」「人との接し方を学べた」
湖北中学校に通うりょうたさんといくおさん(仮名)は、市内の不動産会社、晃南土地株式会社で就職体験をしました。
それぞれ「求める人物像が自分とマッチしていた」ことや「不動産業の仕事内容が気になった」ことから、この職場に応募したのだそうです。
当日は、市役所や消防署の人とのやりとりや、賃貸窓口業務などを体験。2人とも不動産会社は、家を貸し出したり、土地を売ったりするというイメージしかなかったそうですが、それ以外にも細かい物件調査などもあることがわかり、より仕事の大変さが理解できました。またコミュニケーションの重要性にも気付き、今後の学校生活にも生かしたいと感じたそうです。
「物件の紹介などをしている時に、社員の方が自分の思っていることを伝えるのがうまいなと思いました。消防署の方や市役所の方と関わる時も、きちんとコミュニケーションを取って仲良く接していて、僕もそれができるようになればいいなと思いました」(りょうたさん)
「普段、部活の練習で他校の人とはあまり話せないのですが、これからは自分から積極的にコミュニケーションを取りにいきたいと思いました」(いくおさん)
晃南土地株式会社の代表取締役である中澤洋一さんは、この職場体験を通じて、生徒たちに人と人のつながりを大切にすることや、我孫子の良さを伝えたいと言います。
「体験を通して、地域企業で働く良さも感じてもらえたのではないかと思っています。いつか本当に就活をする時に、今回の経験を役立ててくれたらうれしいですね。彼らが大学生になった時に、インターンシップで来てくれたらさらにうれしいです。私たちもまた来てもらえる魅力的な会社であり続けるよう、頑張っていきたいと思います」
自治体や地域住民、企業にとっても意義ある取り組みを広めたい
生徒の自主性を育み、将来の就職活動のトレーニングにもなる、とても意義のある就職体験学習。市内の小学校の多くでは社会人講師を招いての『職業人講話』を実施しており、その延長線上に中学校での就職体験が位置づくようになれば、小中を一貫させた素晴らしいキャリア教育の取り組みとなる、と石井さんは言います。
しかしこの取り組みをさらに広め、定着させるには課題が多い、とも石井さん。
「およそ6カ月という長期間にわたることもあり、ただでさえ多忙である教員だけで実施することは難しい。管理職にもその意義を話して理解してもらう必要があります。これまでにも、布佐中学校から他校に転出した教員が実施を試みたことはありますが、コロナの影響もあり、なかなか根付くのは難しかったようです。」
就職体験学習が広まり、定着するには、保護者や地域住民、地元企業、自治体などのバックアップも必要なのかもしれません。この体験を通して生徒たちの地元意識が育ち、「地域で働きたい」という意欲が芽生えれば、地域の住民や地元企業のためにもなるはずです。また、この就職体験学習が多くの公立学校で定着すれば、自治体のイメージアップにもつながることでしょう。
我孫子市では令和4年度から「地域とともにある学校づくり」を推進するための仕組である『コミュニティ・スクール』という制度を導入し、保護者や地域住民の代表、地域学校協働活動推進員、地域の社会教育団体・施設の代表者、学校の教職員などが、ともに学校運営に携わっていく態勢が確立されています。多くの人が学校に関わり、信頼できる地域の大人がいつもあふれている、子どもを見守っている学校には不審者も近付きにくく、防犯対策にもなるはずです。子どもたちの学びを中心に地域全体がつながり、ネットワークを築きながら協働して子どもたちを育てていく、そして地域のより良い未来を目指していく。そんな思いを持つ方が増えてくださることを願っています」(石井さん)
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