書は言を尽くさず、

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小林泰三氏、死去。

2020年11月23日(月)、SF、ホラーからミステリまで幅広く活躍された作家の小林泰三氏(58歳)が大阪府内の病院で逝去されました。癌で闘病中でした。葬儀は近親者で営みました。

http://www.tsogen.co.jp/news/2020/11/2102/

また尊い作家の命が失われた。また、というのはふと出た第一印象。浦賀和宏氏の死もつい最近、今年の3月の出来事だったからだろう。

著者の作品に触れたのは『玩具修理者』が初で、友人による紹介だった。表題作もさることながら、同時収録作の「酔歩する男」のインパクトが強い。この、同時収録作がとびきり印象に残るというのは、短編系の日本ホラー小説大賞受賞作のあるあるだったりする。

その後、『ΑΩ』を手に取った。これは、物凄く濃密な読書体験だった。設定的にはウルトラマンのオマージュと言われるが、妙なディテールのリアルさと、宇宙規模の壮大さ、悲劇性、そしてシリアスな笑いも含まれた濃厚なSFだった。
『玩具修理者』を紹介してくれた友人は、自分が『ΑΩ』を読み始めたことを知って(確かメールかホームページか何かに自分が書いたのを見てくれたのだったか)、読むのを制止するつもりだったらしい。が、手遅れだったようだ。今にして思えば友人の意図は判る。人を選ぶ作品であるのは間違いない。自分も読むタイミングによっては投げ出してしまっていたかもしれないが、ともかくこの体験によって小林泰三という作家の存在が自分の胸に強く刻み込まれた。未だに、自分の好きな10冊を選べと言われたら『ΑΩ』は余裕でランクインするだろう。

ホラー、SF、ミステリの3つのジャンルに対応し、時にミックスもすんなりこなしてしまう万能作家だった。ただ、どのように形容されるかというと、やはり「ホラー作家」が一番多いであろう。
スプラッタ描写のグロテスクさ、頭のネジが外れた変人の描写、論理的であり過ぎて行間を読めなくなったまどろっこしい会話。これらの活用で、ゴシックホラーにもモダンホラーにも対応可能。『人獣細工』『肉食屋敷』『目を擦る女』などのホラー短編集が特に印象的で、新鮮な思いで楽しめた。

ミステリとしては『密室・殺人』『完全・犯罪』など、独自の作風を初期から展開していた。『アリス殺し』では、現実世界とパラレルワールドとのリンクをアーヴァタール(所謂アバター)で繋ぐ特殊設定下のSFミステリを描き、シリーズ化によってそのスタイルを確立した。

だがしかし、自分は著者のSFが最も好みだったりする(明らかに前述の『ΑΩ』の影響によるものだが)。理系出身者らしい科学的アプローチから考え尽くされた世界設定。『海を見る人』『天体の回転について』などの短編集では様々な世界の一風景を切り取って楽しめる。長編『天獄と地国』『世界城』では、一作で終えるのは勿体無いほどの作品世界の奥行きに圧倒された。特に『天獄と地国』は、続編に期待していたのだが……。

近年は多作化が顕著になり、毎年複数冊を上梓。前述の『アリス殺し』シリーズや『因業探偵』シリーズなど複数のシリーズを展開する他、『杜子春の失敗』では芥川龍之介作品のオマージュを行い、『代表取締役アイドル』では自身の三洋電機勤務時代をモデルにしたような会社員・研究員を描くなど、幅広い活躍を見せていた。

著者の作品は、文庫化での改題がポツポツあって正確には分からないが、全作品の9割は読んでいると思う。ここ2〜3年では自分の中で最も読んだ作家のはず。理由は勿論好きだからだが、とにかく多作である、というのもある。
少し調べてみると、相当昔からある公式HP(http://web.kyoto-inet.or.jp/people/kbys_ysm/)の著作リストが物凄く細かく記載していて驚いた。これを誰かがWikipediaにまとめ直したのだろうか、Wikipediaには文庫化改題はもちろん、アンソロジー収録作品がどの短編集に収録され直しているかも記載されている。それを信じれば、未読は『ウルトラマンF』『C市からの呼び声』と、アンソロジー収録の作品がポツポツ。やはりほとんど読みきってしまっていたのだった。

このように、自分が追い掛けている作家が亡くなるのは本当に辛い。未読作がほぼほぼない状態なので、死とともに著者との繋がりがぶった斬られる、著者をより深く知る余地・手段がなくなる、そのような寂しい感覚。

ご冥福をお祈り申し上げます。