東芝の綱川智社長(写真:竹井 俊晴、3月14日撮影)
東芝の綱川智社長(写真:竹井 俊晴、3月14日撮影)

 「米ウエスチングハウス(WH)がチャプター11を申請しただけで、原子力関連のリスクを完全に遮断できるわけではない。米電力会社などとの協議は、むしろこれからが本番だ」。WH駐在経験のある東芝関係者はこうつぶやいた。

 東芝は3月29日、米原子力子会社のWHなど2社が米連邦破産法11条(チャプター11、日本の民事再生法に相当)の適用を申請したと発表した。2社の負債総額は98億ドル(約1兆900億円)。申請に伴いWHは東芝の連結対象から外れ、破産裁判所の管轄の下で債権者などとの協議が始まることになる。

 記者会見した東芝の綱川智社長は、チャプター11の申請について「WHの再建にとって重要で、海外原子力事業のリスクを遮断するという東芝の方針にも合致する」と説明した。

 東芝はこれまで、米国で建設中の4基の原発を巡り7125億円の損失を計上し、2017年3月期は3900億円の最終赤字に転落する見通しを示していた。WHがチャプター11を申請したことに伴い、赤字幅はさらに拡大する。

3月末の株主資本は6200億円のマイナス

 東芝は親会社としてWHの債務を保証している。発表資料によると2017年2月末時点で6500億円規模に達し、今回その金額を全額引き当て計上する。さらに東芝はWHに対して1756億円の債権を保有しており、これについても全額を貸倒引当金として見積もることになる。WHが連結対象から外れる影響を考慮しても、最終損益段階で6200億円の悪化影響があるという。

 その結果、2017年3月期の最終赤字は1兆100億円に拡大し、期末の株主資本は6200億円のマイナスになる可能性がある。従来予想では債務超過額が1500億円にとどまるとしていた。

 WHは発注元の米電力会社から「固定価格契約」で原発の建設工事を請け負っている。建設コストが一定額を超えたら、超過分は電力会社ではなくWHが支払う契約になっており、雪だるま式に損失が拡大するリスクが指摘されていた。そうした契約を見直して損失拡大に歯止めをかけるのが、WHがチャプター11を申請した背景にある。

 綱川社長は「一時的に追加損失が発生する可能性があるが、資産の売却を進めていく。新生東芝の注力事業に位置づける社会インフラ、エネルギー、電子デバイスなどで安定的に利益を拡大し、債務超過の解消と財務基盤の回復を目指していく」と発言。フラッシュメモリー事業の売却益も活用して、2018年3月期以降に業績を回復させると力を込めた。

くすぶる3つのリスク

 だが東芝の思惑通りに進むかどうかは不透明だ。リスクは大きく3つある。

 1つ目は、米国で建設中の4基の原発がスケジュール通りに完工できるかどうかだ。

 東芝とWHはチャプター11申請後も建設を続けるべく、電力会社との協議を進めている。一方で、本誌の3月13日配信記事(東芝存続には、WHの“破産”以外に道はない)で指摘したように、現場作業員のスキル不足などが原因で、工事は想定通りに進んでいない。

 米国では2020年末までに運転開始した原発については、一定の税制優遇が受けられる。海外電力調査会の試算では、「WHが建設するAP1000型の場合、1基当たり最大で11億ドル(約1250億円)の税金が控除される」という。工事の遅れが原因で税制優遇が受けられなかった場合、電力会社が東芝とWHに損害賠償を求める可能性が出てくる。

 畠澤守・執行役常務は「納期遅延で生じる負担については契約で定められている」と述べ、前述の親会社保証の範囲内で損失が限定できるとの見通しを示した。だが、再生手続きを管轄する裁判所がどう判断するかは不透明だ。東芝原子力部門の元幹部は「債権者として強い立場になる電力会社が、WHに有利な契約変更を黙って認めるかどうか」と疑問を呈する。

 2つ目のリスクは、スポンサーの選定だ。東芝は3月29日時点でWH株の87%を保有しており、かねて出資比率の引き下げを検討してきた。チャプター11を申請したことに伴い「WHの執行部がスポンサー案を選定し、裁判所が判断することになる」(畠澤執行役常務)という。

 東芝とWHは韓国電力公社グループに支援を打診したとされるが、「出資に伴うリスクが明らかにならない限り、韓国電力は様子見を続けるだろう」と、原子力産業に詳しい関係者は指摘する。

債務超過の穴埋めには「2兆円」が目安

 逆に、東芝の持ち株比率が高まる恐れもある。2017年10月以降、WH株の10%を保有するカザフスタンの国有企業・カザトムプロムが「プットオプション」を行使できるようになる。行使されると東芝は株式の買い取りを余儀なくされ、連結株主資本が約1000億円目減りすると試算されている。

 3つ目は、分社するフラッシュメモリー事業の売却条件である。東芝は3月29日で1次入札を締め切り、今後、出資者選びを本格化する。

 前述の通り、3月末の債務超過額は6200億円となる見通しだ。これを穴埋めしたうえで一定の株主資本を確保するには、事業売却を通じて少なくとも1兆円以上の「譲渡益」を確保することが求められる。

 4月1日に発足する「東芝メモリ」の純資産額は約6000億円と見込まれ、税金の支払いなども考慮する必要がある。2兆円規模で売却できるかが、一つの目安になりそうだ。

 一方、フラッシュメモリーは安全保障に深く関わることから、政府が技術流出に懸念を示している。外為法による事前審査などを通じて中国企業や台湾企業の出資意欲が減退すれば、結果として、東芝の期待通りの値段で売れなくなる可能性も出てくる。

 綱川社長は3月29日の会見で「経営トップとして責任を非常に大きく感じている。問題の収拾と改善に全力で取り組みたい」と述べた。30日には、フラッシュメモリー事業の分社を決議するための臨時株主総会が予定されている。

 米原子力事業の巨額損失、大黒柱のフラッシュメモリー事業の“売却”……。かつての名門企業はなぜ、崩壊の危機に瀕してしまったのでしょうか。

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