インターネット上の意見に政府の圧力がかかるのは70カ国中53カ国、監視干渉行為をしない国は日本を含めてたった4カ国。ネット上の自由に迫る「影」は着々と広がり続けています。その実情とは。長年情報通信政策に携わり、現在は大手プロバイダーのIIJ副社長である谷脇康彦氏の著書『 教養としてのインターネット論 世界の最先端を知る「10の論点」 』から一部を抜粋して紹介します。

インターネットはどう生まれ、どう使われてきたか

 1960年代のインターネット草創期。インターネットの普及は世界の人々の間で情報や知識を共有することを促し、透明で民主的な社会の実現に貢献するという期待が利用者の間に確かに存在していました。これはインターネットの基本精神である「自律・分散・協調」という面に依拠するものでした。

 具体的には、インターネットを構成するルーターなどの機器は民間の人たちが「自律」的、つまり自由に設置・運用し、あちこちに「分散」しながら相互に接続されており、管理者の指示ではなく関係者で決めたルールに基づいて「協調」して運用されていました。

 しかし、インターネットの重要性が増してくるにつれて国がインターネットの世界(サイバー空間)を法律などで規制する動きが強まってきました。

 いわばインターネットの「影」の部分も広がってきているのです。

直近は70カ国中、53カ国で公的な圧力を観測

 もう少し具体的に状況を説明しましょう。米国NGO(非営利)法人のフリーダム・ハウスは、「ネット上の自由(Freedom on the Net)」と題する報告書を毎年公表しています。この報告書は、評価項目(後述)が安定的・網羅的であり、ネットの自由度について定点観測を行う上での貴重な資料になっています。

 2022年10月に公表された 12回目の報告書 では、2021年6月から2022年5月の間に観察されたネット上の規制や取り締まりの数々を集約し、各国の専門家80人以上で分析しています。

 さて、報告書は世界70カ国を調査対象として世界のネット利用者(約45億人)の89%をカバーしており、国ごとにネットの自由度を100点満点でスコアリングしています。これによると、世界全体の傾向として、ネットにおける市民の活動に関して「自由」(20%[20年]→21%[21年]→18%[22年])あるいは「部分的に自由」(32%→28%→34%)の数値を見ると、両者を合計した比率は過半にとどまっており、対象国の約半分が「自由」または「部分的に自由」であるという状況(52%→49%→52%)に大きな変化は見られません。

 しかし、各国の状況をより細かく分析すると、世界70カ国中、少なくとも53カ国でオンライン上での意見表明に対し公的な圧力が加えられた事案が観測されるなど、世界全体のインターネットの自由度は継続的に低下しており、「世界のインターネット利用者の3分の2以上がオンライン上において表現の自由という権利を行使しようとして国家権威者に罰を加えられる可能性がある」としています。

 特に前年と比べて大きく得点が低下しているのは、ロシア(30点[21年]→23点[22年])、ミャンマー(17点→12点)、スーダン(33点→29点)、リビア(48点→44点)の4カ国です。なお、報告書は26カ国において市民団体等の積極的な活動によりネットの自由度が改善しているという明るい兆しが観測された点にも触れていますが、他方、スパイウェア(ユーザーが気づかないうちに情報を取得、第三者へ送信する)の高度化などオンライン活動の監視手段の巧妙化も同時に進んでいるとしており、事態は一進一退の状況にあるという認識を示しています。

監視干渉行為をしない国がどんどん減っている

 評価の高い国、つまりネットの自由度が高いと認められたのはアイスランド(95点)、エストニア(93点)、コスタリカ(88点)、カナダ(87点)の4カ国。これに、台湾・カナダ(79点)、英国(78点)、ジョージア(77点)、ドイツ・日本(76点)、豪州・フランス・米国(75点)が続いており、日本は世界第8位という状況にあります。

 このスコアリングの基礎となる評価項目は21項目あり、ネットアクセスへの障害の大きさ(ネットインフラの整備の遅れ、政府による特定のアプリや技術へのアクセス禁止、規制体の独立性など5項目)、コンテンツに関する制約(コンテンツに関する法的制約、サイトに対するフィルタリングやブロッキング、ネット検閲など8項目)、利用者の権利の侵害(表現の自由の制約、オンラインでの活動に対する取り締まりなど8項目)となっています。

 地域別に見ると、アジア太平洋地域では、台湾・日本・豪州が「自由」と評価されているのに対し、タイ(39点)、パキスタン(26点)、ベトナム(22点)、ミャンマー(12点)、中国(10点)が「自由ではない」と評価されています。特に中国については8年連続で世界最低水準の自由度であると結論づけられています。

 なお、報告書ではネットにおける国家による監視干渉行為の有無(例えば、特定のコンテンツのブロッキングやネット遮断、ネット上の市民の発言や行為に対する処罰、国による監視を正当化する制度の整備など)についても分析しています。

 その結果、監視干渉行為を行っていない国として挙げられているのは9カ国(20年)→7カ国(21年:前年調査から豪州、マラウイ、ガンビアが脱落し、コスタリカが追加)→4カ国(22年:同じくエストニア、フランス、英国が脱落)と減少しており、日本は、カナダ・コスタリカ・アイスランドとともに、監視干渉行為を行っていない数少ない国の一つとして挙げられています。

自由の裏側にあるもう一つの自由

 インターネットの自由は「表現の自由」や「検閲の禁止」と表裏一体の関係にあります。

 例えば、「違法・有害情報」対策を政府が講じる場合でも、「違法情報」については法執行機関を中心に民間部門も必要な協力をしつつ取り締まる必要がありますが、他方、「有害情報」については規制で取り締まるよりも民間関係者の協力のもとで自発的な対策を講じることが望ましいのです。なぜなら、誰にとって「有害」なのかということを考えた場合には価値観に左右される部分が大きく、国が一律に有害情報の範囲を決めることは政府にとって都合の悪い情報を国民から遠ざけようという動きにつながる懸念があるからです。

 いずれにせよ、インターネットが社会経済基盤となり最も重要なインフラとなる一方、インターネットの自由が損なわれる地域が拡大しているなど、インターネットの影の部分にどう対応していくかということが従来以上に重要な検討課題になっています。

(写真:igor.nazlo/stock.adobe.com)
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私たちが日々当たり前に使うインターネットの裏側では、その恩恵を巡って競争や対立が増えています。「自律・分散・協調」から「監視・集中・対立」へ。そうした変化はなぜ起こり、私たちはどう向き合えばいいのか。世界で議論されている10の対立軸をまとめながら、インターネットの今とこれからについて解説します。

谷脇康彦(著)、日経BP、1980円(税込み)