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文・写真:牧野佳奈子 札幌から飛行機で1時間半、フェリーでも稚内から5時間半で行けるサハリン。石油... 文・写真:牧野佳奈子 札幌から飛行機で1時間半、フェリーでも稚内から5時間半で行けるサハリン。石油や天然ガスの開発プロジェクトには、日本企業もこぞって参加している。かつて日本だった地は、どのような変遷を経て今に至ったのか。サハリンから日露関係を眺めた。 サハリンの中心地、ユジノサハリンスク駅に降り立つと、だだっ広い公園の先に大きなレーニン像がそびえ立っている。両脇の歩道にはロシアのキオスク。行き交う人のほとんどもロシア人で、その間を縫うようにアジア系の人が歩いている。 ここは日本占領時代に豊原市と呼ばれる日本最北の都市だった。島の北半分は当時からロシア領だったが、南半分はもともとアイヌ族の地で日本との関わりがとても深い。一説によると、サハリンの和名である「樺太」は「カムイ・カラ・プト・ヤ・モシリ(神が河口につくった島)」というアイヌ語に由来するという。河口とはロシアと中国の国境を流れるアム
2014/01/31 リンク