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1956年、鳩山一郎らを相手に北方領土交渉をしたフルシチョフ・ソ連最高会議幹部は、領土問題をこう... 1956年、鳩山一郎らを相手に北方領土交渉をしたフルシチョフ・ソ連最高会議幹部は、領土問題をこう語っている。 「ロシアの力が弱くて自分の領土を守ることができなかったとき、日本の帝国主義者が力ずくでこれらの島を奪い取った」 にもかかわらず、ソ連指導部が「(歯舞、色丹の)小さな島を与えることに同意すべきだという結論に達した」のは、「島と引き換えに、日本国民から勝ち取る友好関係はきわめて大き」いと判断したからだ(『フルシチョフ 封印されていた証言』草思社)。 フルシチョフの北方領土に関する認識は噴飯(ふんぱん)ものだが、彼は「戦争で粉砕されたにもかかわらず、また原材料を持たないにもかかわらず、このように大きな発展を遂げた」日本に「一抹の悔しさ」を抱くと語るほどに、日本の産業と技術を絶賛していた。それを心の底から渇望していた(同)。対日交渉に応じたのは、日本を米中に接近させず、ソ連側に取り込むため
2011/02/10 リンク