エントリーの編集
エントリーの編集は全ユーザーに共通の機能です。
必ずガイドラインを一読の上ご利用ください。
エントリーの編集は全ユーザーに共通の機能です。
必ずガイドラインを一読の上ご利用ください。
注目コメント算出アルゴリズムの一部にLINEヤフー株式会社の「建設的コメント順位付けモデルAPI」を使用しています
(真山 知幸:偉人研究家) 鎌倉幕府の4代将軍は誰か。即答できる人はそれほど多くはないだろう。初代将... (真山 知幸:偉人研究家) 鎌倉幕府の4代将軍は誰か。即答できる人はそれほど多くはないだろう。初代将軍の源頼朝が鎌倉幕府を開くと、長男の源頼家が後を継いで、2代将軍となった。頼家が北条氏によって殺害されたことで、弟の源実朝が3代将軍に就く。もともと大きな勢力を誇っていた北条氏は、実朝が暗殺されると、いよいよ幕府の実権を掌握。将軍職は存続したものの、4代将軍の存在が語られることはあまりに少ない。どんな経緯で、実朝の後継者が決まったのだろうか。 実朝の後継者として親王を迎えようとした 鎌倉幕府3代将軍・源実朝が暗殺されたのは、建保7(1219)年1月27日のこと。実朝には子どもがいないため、4代将軍を誰にするのか幕府は急ぎ対応しなければならなくなった。 2月13日には、政所執事の二階堂行光が上洛。次のように奏上している。 「後鳥羽院の皇子である雅成親王か頼仁親王のいずれかを鎌倉に迎えたい」 幕