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11月16日にマニラで開かれた「アジアのノーベル賞」といわれるマグサイサイ賞の授賞式。 受賞者の宮崎駿... 11月16日にマニラで開かれた「アジアのノーベル賞」といわれるマグサイサイ賞の授賞式。 受賞者の宮崎駿氏はメッセージを寄せ、太平洋戦争時のフィリピンでの日本による多数の市民殺害について、「日本人は忘れてはいけない」と強調した。 ※本記事は、12月6日発売の辻田真佐憲『ルポ国威発揚』から抜粋・編集したものです。 戦争の悲劇を記憶したうえで和解する マニラより車で北上すること約2時間。アンヘレスといえば、かつて米軍のクラーク空軍基地が置かれていた場所として知られる。1944年10月に神風特別攻撃隊がはじめて出撃した場所もこの近くだった。 そこからさらに南西に行くと、「死の行進」が行われたバターン半島も所在する。日本軍は大東亜戦争の初頭、ここで大量の米比軍捕虜を炎天下に徒歩で移動させ、多くの犠牲者を出した。戦史に関心あるものならば、いちどは訪問したいエリアである。 そんななかで今回わたしが訪ねた