“固有感覚は、識別感覚系と同じ内側毛帯路を通り、小脳に伝達され、脳幹（延髄、橋、中脳）からさらに大脳の感覚野に伝えられる。小脳で処理される情報は意識に上ることがないのに対して、大脳まで伝えられる情報は意識化され、意図的な行動を生み出す。 大脳に伝えられた固有感覚の情報は、錐体路という運動神経経路を通して身体の各部位を意図的に動かしたり、それらの動きを修正したりする。したがって、この錐体路の固有感覚情報の統合に失敗すると、目的に合った行動を組み立てることができなくなり、体の動きはでたらめになってしまう。たとえば物を取ろうとして手を伸ばしても、その物に届かなかったり、行き過ぎてしまったりする測尺障害が起きる。 そして運動の出力のほうは、まずこれから遂行する運動の見通しを立て、視覚刺激などを通してそれに関わる情報を入力し、具体的な運動の手順を組み立てる。この運動の企画は、自分がこれから行う動作の

“村山はトミコとこんな話をした。 「母さん、淀川で昨日人が溺れて死んだって新聞に出ていた」 「まあ」 「でも誰も助けにいかんかったそうじゃ」 「泳げる人がおらんかったんでしょう」 「母さんなぜそんなこと言うの？」 「えっ？」 「僕だったら助けに飛びこんだ」 「だって、聖泳げないでしょう」 「泳げなくても、僕は飛びこんだ」 「そんなことしても、助けることはできないんだから無意味よ。皆迷惑するだけじゃない」 「なぜ？ そんなことを言って、結局は弱い者や困っている人を見殺しにするだけじゃないか。何だかんだいっても遠巻きに見ているだけで、大人は何もしない。でも僕は違う、僕はたとえ自分がどうなっても助けるために川に飛びこむよ」 トミコにとっては思ってもいなかった激しい論争となってしまった。トミコには息子の気持ちがわからないでもなかった。療養所ですごした少年時代の痛みを引きずりながら生きている息子のこ

“3000冊にもなろうかという漫画の本に囲まれた自分のスペースにはまりこむように横になり、頭の中で詰将棋を解く。短編から長編まで、何時間も考えつづける。 それから、音楽を聴きながら推理小説や少女コミックを読みふける。そして東の空が明るくなるころに眠りにつく。村山はそんな毎日を繰りかえしていた。 将棋をどっしりと中央にすえた、平坦な生活。村山の気持ちは充実していた。”

“明治の中ごろまで、カレー粉はすべてイギリスから輸入されており、なかでもいちばん人気が高かったのは先述のクロス＆ブラックウェル社のカレー粉、通称CBカレーであった。一流ホテルから街の大衆食堂にいたるまで、西洋料理のコックたちはCBカレー以外のカレー粉には見向きもしなかった。カレー粉に関しては一流ブランド志向が定着しており、輸入カレー粉のなかでもCBカレーは別格と見られていた。 大正から昭和にかけて日賀志屋（現在のエスビー食品）、美津和ソース（商標：ナイトカレー）などカレー粉のメーカーが急速に成長してきた。これらの会社は、カレー粉の将来性に目をつけ、CBカレーに負けないだけの品質のよい国産カレーを作ろうと努力していた。その一方では、カレー粉のブランド志向の状況に目をつけ、CBカレーの偽物を作りだした商人もいた。昭和六年（一九三一）におきたCBカレー事件である。CBカレーとしては非常に安い値段

“麺類の普及に大きな役割をになったのが、醤油の普及であった。麺類は醤油とセットになって発達してきたといってもいいすぎではない。醤油は室町時代にその原型ができあがり、江戸時代の中期になると醤油の普及がすすみ、料理屋はもとより屋台や行商でも使われるほどにまで普及していた。享保（一七一六～三六）のころになっても、関東産の醤油は品質・味が劣るとされており、江戸の醤油市場の八割くらいは上方からの下り醤油で占められていた。享保一一年に上方から江戸に入ってきた醤油の量は四斗樽で一三万二八〇〇樽（九五六万リットル）であり、当時の江戸の人口を一〇〇万人とすると、一人一年間で九・六リットル（一升瓶で五本強）の下り醤油を使っていた計算になる。上方からの醤油が八〇パーセントとすると、計算上では一年間に一人一二リットルもの醤油を消費していたことになる。総務省から毎年発刊されている『家計調査年報』によれば、平成一〇年

“そば粉に小麦粉を加えてそば切りを作るようになる以前は、せっかく打ったそばも湯のなかでゆでているあいだにちぎれてしまうので、そば切りは蒸して作るのが普通であった。そばをセイロに盛るのは水を切るためと考えがちであるが、実はそうではないのである。そばを蒸して作っていたころの名残りで、今でもそばはセイロに盛られているのである。セイロの簀は底に敷くのが普通であるが、もりそばのセイロは完全な上げ底になっている。天保年間（一八三〇～四四）に、そば屋がお上に値上げを陳情したところ、値上げは認められなかったが、セイロを上げ底にしてもかまわないという実質的な値上げが許可されたのである。これがそばのセイロが上げ底になっている由来である。”

“奈良時代のころに中国から伝わってきた唐菓子のなかに餛飩があり、それが現在の「うどん」のルーツだとする説がある。この当時の餛飩は、小麦粉を練ってうすく延ばした皮に細かく刻んだ肉や野菜の餡を包み、汁のなかで煮て食べるものであった。現在のワンタンや水ギョーザに似た食べ物であったことがわかっている。汁のなかでコロコロとして捕まえどころがなかったので混沌と呼んでいたが、食べ物であるので後に食偏に書きかえて餛飩になったと伝えられている。肉や野菜の餡を小麦粉の皮で包んだワンタン、つまり餛飩とひも状に細く長い現在のうどんとはどうしても結びつかない。餛飩ルーツ説にはどうも無理がある。 そうめんのところでも述べたが、鎌倉時代に中国から伝わってきた点心の一つである饂飩がうどんのルーツである。小麦粉を練って、麺棒でうすく延ばし、庖丁で細かく切って作る麺が現れてくるのは、鎌倉時代の末期から室町時代にかけてであった

“ヨーロッパで外食がはじまったのは、金竜山門前に奈良茶の店が現れてから、約一〇〇年後の一八世紀の後半、一七六五年のことであった。この時代のフランスでは、自宅で炊事ができなければ、宿屋に泊まって食事をするか、トレトゥールと呼ばれる仕出し専門の料理屋から料理を取り寄せるしかなかった。仕出し専門の料理屋では、肉などは何人分もある大きなブロックでの注文しか受けつけなかったから、高いものにつきしかも不便であった。 レストランという言葉はもともと「体力を回復させるための栄養食、強壮剤」という意味であって、この時代には特に肉を煮込んだ際にできるブイヨンのことを意味していた。ブーランジェという男が、このレストランで商売することを考えた。彼はトレトゥールの組合に入っていなかったので、料理した肉類を扱うことはできなかった。一七六五年に店を開いたブーランジェは、ブイヨンのほかにも「羊の足の白ソース煮」をレストラ

“文政の末ごろ、奥御祐筆頭の船津勘左衛門が料理の切手（今でいえば招待券）を送られたが、それには金額が記入されていなかった。あるとき用人に、出掛けたついでに八百善で食事でもしてこいといって、その切手を与えた。同僚と二人で八百善へあがって切手を出すと、立派な料理が次々と運ばれてくる。満腹になって帰ろうとすると、切手分の料理はまだ終わっていないので、調理し終わっている料理はお土産にし、残りは金で返すということになった。山のようなお土産をもらったうえに、なんと一五両、現在の金に換算すると一五〇万円、八百善の料理がいかに高いものであったかがわかる。そんなわけで、催し事の会場が八百膳だとわかると出費を恐れて、なにかと理由をいいたてて会合への参加を断る者も少なくなかったという。 この八百善がもっとも盛んだったのは、文化・文政（一八〇四～三〇）のころであった。老中水野忠邦による天保の改革（一八四一～四三）

“『大言海』などの古くからの辞書には「給食」という熟語はのっていないが、新しく編纂された辞書には「給食」という言葉がでている。食事を支給するという行為が古くからあったことは確かであるが、給食という言葉は比較的新しい言葉であることに間違いはない。明治時代には「集団給食」のことを「給養」と呼んでおり、大正時代に入ってからも『明治三十七、三十八年戦役給養史』（明治三十七、八年戦役とは日露戦争のこと）が編纂されるなど、この時代には「給養」という言葉が使われていた。また、昭和三年（一九二八）に開催された、第二回軍隊調理講習の講義録にも「（兵隊の）給養ハ国民中等位（の水準）デナケレバ」の記述が見られるなど、給養という言葉が長いあいだ使われてきた。大正八年（一九一九）、フランスのパリで連合国衛生委員会が開催され、軍隊などの集団給食での衛生や栄養の問題が討議された。この時から「団体炊事」という言葉も使われ

“明治一八年七月一六日、日本鉄道が上野－宇都宮間に新線（現在の東北本線の一部）を開通した。このとき、宇都宮で旅館白木屋を経営していた斉藤嘉平が、鉄道会社の強い要請を受けて売り出したのが駅弁の第一号である。梅干し入りの握り飯にゴマをふったものを二個、それにたくあんを添えて五銭で売ったと伝えられる。当時の宇都宮駅は原っぱのなかにあり、町との間にはたいした道路もなく、列車の運行本数も一日に二両連結の列車が四往復、弁当もそう売れる状況ではなかった。採算を無視してはじめた駅弁事業ではあったが、明治二三年に東北本線が盛岡まで、翌二四年には青森まで開通し、運行本数がふえ、運行距離が延びるに比例して事業は成長し、採算がとれるようになっていった。”

“平安時代には握り飯は屯食と呼ばれており、「握り飯」あるいは「おむすび」などと呼ばれるようになったのは江戸時代に入ってからのことである。古代の宮中や貴族の間では、吉凶いずれであっても催し事があるときには、供の者たちなど下級の者に握り飯を配るならわしがあった。下仕えの者たちに配るための握り飯を屯食と呼んでいた。このような由来から、配る側からは握り飯は下賎な食べ物と見られていたのである。一方、古代から中世にかけては、米の飯は庶民にとっては貴重品であった。上流階級からは握り飯が下賎な食べ物と見られようとも、配られた下仕えの者にとっては、握り飯はごちそうであった。”

“ギリシャ人は朝食をアクラティスモス、昼食をアリストン、夕食をディプノンと呼んでいたから、古代のギリシャでは一日三食であったことがわかる。どういうわけか、ローマ時代に入ると朝食は消えてしまい、プランディムと呼ばれる昼食とケーナと呼ばれる夕食の一日二食制に変わった。中世のヨーロッパでは、昼の正餐と夕食の一日二食が理想的な食事の形とされるようになった。中世には「一日に一度の食事は天使の生活、二度の食事は人間の生活、三度、四度、それ以上は動物の生活で、人間の生活ではない」ということわざが生まれたほどである。 一七世紀後半に刊行された浮世草子『籠耳』（苗村艸田斎）には「夕食を食べることさえ、仏さまはいましめて、これを非時と名づけもうた。まして昼飯を食べることが仏さまの御心にかなうはずがない」と書いてあり、仏は一日一食であったことを説明している。ヨーロッパ中世のことわざでも天使は一日一回の食事であり