蟻は今日も迷路を作って

くだくだ考えては出口のない迷路に陥っている

殺人者、食パンを買う

近所のイオンスーパーのセルフレジにカメラが付いていることに気付いた。それで買い物客を監視し、ズルしないか見張っているのである。

モニターで自分の顔も見えるようになっている。ちゃんと監視してますからね!という意思表示だ。はは〜ん。悪者は、悪いことをする自分の姿こそ見たくないと思うだろうから、その心理を突いた奇策というわけか。なるほどね。

結構なことだなぁと思いながら食パンを買った。ふとモニターを見て、ほんとうにびっくりして、言葉を失った。

なんとそこには、殺人者が映っていたのだ。

いや、殺人者じゃない。

私だ。

私の人相があまりにも悪いのだ。

食パンを買っているというよりも、今そこで妊婦のはらわたを裂いて赤子を打ち棄ててきましたとでも言わんばかり。

手元が見えないので、バーコード・リーダに商品をかざしているというよりか手についた血糊を洗っているみたいだ。

現実には、私はまったく平べったいニュートラルな気持ちで10%引きの超熟5枚切りを買っているだけだ。感情なんて何もない。ネガもポジもない。感謝も苦痛もない。食パンを買っているだけである。

それなのにこんな、世界を憎悪して内なる孤独に灼かれているみたいな顔してる。

これは問題だ。

怖すぎ。顔として。

ほんとうに苛立っているときはどんな人相してるんだろう?

街中ならまだしも、会社でもこんな感じなのだろうか?

だとしたら大変なことだ。私はこの顔のせいでいくつかの仕事のチャンスを失っているのかもしれないし、職場の雰囲気を悪くして心理的安全性を低めているのかもしれない。

だいたいこんな人相になった原因はおそらく心理のほうにあるのだろうから、もう心がダメになってるってことだろうか?たしかにこの世界を憎悪して止まないけど、まさかこんな……!

 

私はそこで、しかし、偉かった。

すぐに表情を変えた。

口角を引き上げ、目を開き、背筋を伸ばして、腕を振って歩いた。

ダメなら変えよう。今すぐに。

私はやればできるのである。

ニコニコして、そうするだけでなんだか気分も晴れやかになってくるというものだ。

カバンに入らなかった食パン5枚切りの袋を生首持つみたいに抱えていたのも愉快だった。大手を振って歩く。敵の生首をとったぞと言わんばかりに。

気持ちのせいで顔がクソになってるなら、表情を変えることで心模様を変えることができる。私は愉快だった。

 

夜道、どこかで金木犀の香りがした。

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