みせ‐ば【見せ場】
見せ場
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2022/06/15 13:57 UTC 版)
曲書き 曲書きは、現代では本作のクライマックスに当たるが、本来は4段目の「口」、つまり導入部であり、「恋しくば…」の歌によって葛の葉狐と保名・童子との再会(草別れの段)を予告するものに過ぎなかった(子別れの段の「別れ」は一時的な離別)。 狐が曲書きする理由は、童子を抱いているため利き手を自由に使えないためとされるが、これがケレンを正当化するための方便であることは、前記の芳澤あやめの芸談からも明らかで、それを承知で見るべきものという劇評もある。 曲書きには多くの型が存在するが、一番有名なのは「口筆」あるいは「口文字」、つまり口にくわえた筆で障子に文字を書くもので、これは「浜村屋の型」と称されたことから、3代目瀬川路考が考案したものと思われる。路考が口筆を演じたと思われる文化元年(1804年)の上方興業における芸風は、別演目ながら「色情を専らとせらるる」と評されたことを勘案すると、口筆についても、文字通り「妖艶」な演技であったことが想像される。 近年は左右の手を使い、下から上への逆書き、裏文字などを取り混ぜ、最後は口筆となるのが一般的である。演者によってさまざまなパターンがあるが、「京屋」こと4代目中村芝雀(3代目中村雀右衛門)には、「五通りまで曲を繰返すのは珍しい」という劇評が残っているため、現在主流となっている「全部盛り」的演技の元祖と考えられる。 その他の曲書きの型としては、次のようなものがあったことが伝えられている。投げ筆…口筆の発展型で、歌を書き上げた後に「恋しくは」の「は」の右上へ、口にくわえた筆を投げつけ濁点を打つもの。細かい動作は、3代目坂東秀調が行った型を弟子の坂東調右衛門がその著書『脇役一代』の中で披露している。 あぶり出し…口筆の簡易版で、高度な技巧を要する口筆を回避するために生み出された手法。役者は口に筆をくわえるだけで、文字はあぶり出しで浮き出すというもの。そのままでは口筆で書いていないことがばれてしまうため、観客の目を障子から逸らせる工夫を伴う。これは葉村屋(嵐璃寛)の型と伝えられている。 差し駕籠 原作者の企図した本来のクライマックスが、4段目の「切」に位置する二人奴の段の終盤、「差し駕籠」の場面である。これは信太の森で石川悪右衛門一味に襲われた葛の葉姫と童子が、与勘平と野干平が担ぐ駕籠に乗って逃げようとするシーンで、諸肌脱いだ二人の奴が勇壮に駕籠を高く差し上げることから「差し駕籠」の名前が付いた。 このシーンがクライマックスであったことは、現代人の目から見ると意外感があるが、これを理解するには、本作における与勘平・野干平が江戸時代の観客からどう見られていたかを知る必要がある。 江戸時代の奴は武家の下級家人であり、その特異な風貌、衣装、言葉遣い等によって、流行の最先端を行く、いわばファッションリーダーであった。江戸時代版「ちょいワル」とでも言うべき彼らを真似る町人(町奴)や芸妓が続出し、歌舞伎界もこの風潮を積極的に取り入れた。本作の与勘平・野干平は、そうした流れの中に位置するもので、荒事の主役と認識され、差し駕籠のシーンの与勘平・野干平には保名・葛の葉を演じた主役級の役者が演じることが慣例となっていた。大スターが最新のファッションに身を包んで決めポーズをとるのが「差し駕籠」だったのである。 差し駕籠は時代とともに変容していき、駕籠に乗るのが葛の葉姫・童子親子から悪右衛門に変わって最終盤へと登場箇所も移動。駕籠の担ぎ手は時代を下るにつれてどんどん増えて、それに合わせて役割番付は「ナントカ勘平」という役名であふれた。こうなると、決めポーズというよりも、祭りの神輿担ぎ的なシーンに変貌する。さらに舞台装置が近代化して、ウインチとワイヤーで駕籠を吊り下げることとなり、初演時とはかなり様変わりしたシーンとなった。奴風俗が世間の憧れの的だった事実すら忘れ去られて久しいこともあり、近年上演される機会はほとんどない。 早替わり 早替わりは本作以前からあった演技手法であり、筋書き的にも二人の葛の葉が同時に登場するシーンがあることから、比較的早くに取り入れられた。 記録としては、宝暦4年(1754年)10月の大坂山本座で初代嵐小六が、宝暦9年(1759年)9月の江戸市村座で初代中村富十郎が演じたことが、評判記に残っている。 早替わりをどのように実現するかについては、大正5年(1916年)9月東京新富座で4代目中村芝雀(3代目雀右衛門)が演じたものが、舞台裏の様子を含めてイラスト入りで紹介されている。 なお、機屋での早替わりは必ず演じられるものではなく、明治27年(1894年)12月の京都顔見世公演において、初代鴈治郎が葛の葉狐、3代目梅玉が葛の葉姫を別々に演じたことを梅玉自身が語っている。 その他のケレン ケレンは役者や公演会場の都合で変わるものであり、以下のケレンが常に行われるものではない。枝折戸を通力により手を触れずに開け閉めする。場面は、狐である正体を明かす「千年近き狐ぞや」のセリフを発するときや、退場時などさまざま 葛の葉(狐)退場時に、次のような仕掛けを用いる 田楽返し)により、一瞬にして外へ出たように見せる 杓文字を用いて、足を動かさず、すべるように堤に消える 舞台装置の柴垣の上を歩いて舞台から退出する(歩くのは観客には見えないように貼られた板の上) 葛の葉(狐)退場後、荏柄段八(木綿買い、悪右衛門の手下)らとの立ち回りにおいて 童子が通力を振るい、段八達を翻弄する 葛の葉(狐)が再登場し、早替わりと宙乗りを行う
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