菊池酒造
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2022/07/10 01:52 UTC 版)
種類 | 株式会社 |
---|---|
略称 | 菊池酒造 |
本社所在地 | 日本 〒713-8121 岡山県倉敷市玉島阿賀崎1212 |
設立 | 1952年(昭和27年) (創業:1878年(明治11年)) |
業種 | 食料品 |
法人番号 | 2260001012974 |
事業内容 | 酒類製造・販売 |
代表者 | 代表取締役 菊池東[2] |
外部リンク | 公式ウェブサイト |
菊池酒造株式会社(きくちしゅぞうかぶしきがいしゃ)は、岡山県倉敷市玉島阿賀崎にある酒類製造・販売業者。代表銘柄は日本酒「燦然」[3]。音楽家でもある社長杜氏のもと、モーツァルトの音楽の流れる酒蔵で醸造を行うことで知られる[4]。
概要
1878年(明治11年)創業[5]。蔵の所在地は、かつて千石船が行き来し玉島港として栄えた問屋街の一角[6]。
創業当初から「もたえ菊水」の名で日本酒を販売していたが[7]、大正の初め頃、「数多い酒の中にあって一段と輝く素晴らしい酒であるように[6]」との願いから、「燦然」と名付けられた[6][7]。
日本酒づくりには山田錦・雄町・朝日米・アケボノなどの米と高梁川の水を用いる[6]。
音楽と酒造り
5代目社長で杜氏の菊池東はヴァイオリン奏者でもあり[8]、大学時代には広島大学室内合奏団や広島市民交響楽団(現:広島交響楽団)でも活動した[6]。1974年には倉敷室内管弦楽団(現:倉敷管弦楽団)を設立し[6]、常任指揮者を務める[9][10]。
自身が音楽家であることもあり、酒造りの期間中は蔵内のスピーカーでモーツァルトの楽曲を流している[9]。音楽から出る高周波が酵母に刺激や快感を与えることで活き活きと育ち、雑味の少ない酒に仕上がるという[11]。
また、イベントの際には酒蔵の反響を活かした「酒蔵コンサート」が行われ[12]、菊池自身もヴァイオリンの演奏を披露することがある[11]。
主な銘柄
- 日本酒
- リキュール
- 燦然 ゆずのお酒
- くらしき小町の梅酒
- 高濃度アルコール
脚注
注釈
出典
- ^ “Kikuchi Sake Brewing Co.,Ltd. English” (日本語). 2021年1月13日閲覧。
- ^ “採用情報” (日本語). 2021年1月13日閲覧。
- ^ “岡山県酒造組合” (日本語). 岡山県酒造組合. 2021年1月13日閲覧。
- ^ “地酒[前編]~受け継がれる伝統「蔵元の技」~|メイドin岡山の逸品たち|晴れの国おかやまカタログ~人々が紡ぐ、風土が育む~” (日本語). 一般社団法人岡山県産業貿易振興協会, 岡山県. 2021年1月15日閲覧。
- ^ 菊池東、菊池大輔、菊池将一「至高の材料「米」から伝統技術により醸される日本酒」『材料』第66巻第11号、日本材料学会、2017年、 816-821頁、 doi:10.2472/jsms.66.816、 ISSN 0514-5163。
- ^ a b c d e f “蔵元紹介” (日本語). 2021年1月13日閲覧。
- ^ a b “燦然(さんぜん)|特産品を探す|くらしき地域資源ミュージアム”. www.kurashiki-shigen.jp. 2021年1月13日閲覧。
- ^ “【ご報告】スイスホテル南海大阪にて菊池酒造日本酒ディナー!” (日本語) (2018年2月22日). 2021年1月13日閲覧。
- ^ a b “家でじっくり、いつもよりいい酒を飲もう。「燦然」(菊池酒造/岡山県倉敷市)|美しい音色が酵母を育て甘美な酒を生む。当主・菊池東さんのこだわり” (日本語). 男の隠れ家デジタル (2020年4月17日). 2021年1月13日閲覧。
- ^ “菊池東さん ブルガリアで指揮”. www.tamashima.tv. たまテレ (2006年7月10日). 2021年1月13日閲覧。
- ^ a b sakebase (2019年5月6日). “オーケストラと日本酒のハーモニーで世界の舞台へ!“菊池酒造”” (日本語). Sake Base 日本酒メディア. 2021年1月15日閲覧。
- ^ “菊池酒造で新酒祭り”. www.tamashima.tv. たまテレ. 2021年1月15日閲覧。
- ^ “木村式奇跡のお酒” (日本語). 2021年1月15日閲覧。
- ^ “『アルコール70 』『アルコール66』 (消毒用アルコールに代替可能なアルコール商品)出荷いたします!” (日本語). 2021年1月15日閲覧。
外部リンク
- 公式ウェブサイト
- 菊池酒造 -倉敷の酒 燦然- (@kikuchishuzo) - Facebook
菊池酒造
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2021/04/06 05:12 UTC 版)
菊池家は代々庄屋で、明治頃になってから酒造を開業した。江戸時代後期の国学者であり歌人でもある近藤萬丈(ばんじょう)が5代当主菊池源七鎧豊の次男として生まれたことでも知られている。
※この「菊池酒造」の解説は、「玉島町並み保存地区」の解説の一部です。
「菊池酒造」を含む「玉島町並み保存地区」の記事については、「玉島町並み保存地区」の概要を参照ください。
- 菊池酒造のページへのリンク