楠瀬常猪とは? わかりやすく解説

楠瀬常猪

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2024/06/23 07:27 UTC 版)

楠瀬常猪
くすのせ つねい
生年月日 1899年2月10日
出生地 日本 広島県
没年月日 1988年6月18日
出身校 旧制東京商科大学一橋大学の前身)
前職 近畿地方総監府副総監
所属政党 自由党
称号 正四位
勲二等瑞宝章

当選回数 1回
在任期間 1945年10月27日 - 1947年3月14日

公選初代広島県知事
当選回数 1回
在任期間 1947年4月16日 - 1950年11月29日

選挙区 広島地方区
当選回数 1回
在任期間 1950年 - 1953年
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楠瀬 常猪(くすのせ つねい、1899年2月10日 - 1988年6月18日)は、日本政治家広島県知事(官選第39代、公選初代)。参議院議員(1期)。

来歴

1899年広島県に生まれる。1923年東京商科大学一橋大学の前身)卒業。商工省課長、燃料局長官、中国地方行政事務局長官などを歴任する。

1945年に39代官選広島県知事となり、戦災都市復興協議会を設置、原爆投下で廃れていた広島の街の復興に努めた。官選知事を1947年3月まで務めた後、同年4月5日に初めて執行された広島県知事選挙に出馬し、中井正一らを破り当選。初代公選初代広島県知事に就任した。 同年12月には昭和天皇の戦後巡幸があり、随行役を務めた[1]

1950年、欠員が生じた参議院広島地方区に出馬するため、任期の途中に知事を辞職、補欠選挙自由党から出馬し当選した。しかし、1953年第3回参議院議員通常選挙において落選し、政界を引退した。

1970年春の叙勲で勲二等瑞宝章受章(勲三等からの昇叙)[2][3]

1988年6月18日心不全のため死去、89歳。死没日をもって従四位から正四位に叙される[4]

親族

脚注

  1. ^ 原武史『昭和天皇御召列車全記録』新潮社、2016年9月30日、100頁。ISBN 978-4-10-320523-4 
  2. ^ "楠瀬 常猪". 新訂 政治家人名事典 明治~昭和. コトバンクより2022年12月27日閲覧
  3. ^ 『官報』号外第61号2頁 昭和45年4月30日号
  4. ^ 『官報』第18419号10-11頁 昭和63年7月16日号
公職
先代
新設
広島県知事
公選初代:1947年 - 1950年
次代
大原博夫
官職
先代
児玉九一
広島県知事
官選第39代:1945年 - 1947年
次代
武若時一郎




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