円山応瑞とは? わかりやすく解説

円山応瑞

読み方まるやま おうずい

江戸後期円山派画家京都生。応挙の子幼名は卯三郎、字は儀鳳、号は怡真堂、通称右近、のち主水改める。画を父に学び能く家法守った金銀砂子蒔に妙を得たという。文政12年(1829)歿、64才。

円山応瑞

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2019/02/23 08:39 UTC 版)

円山 応瑞(まるやま おうずい、旧字表記では圓山應瑞明和3年9月13日1766年10月16日) - 文政12年3月19日1829年4月22日))は、江戸時代後期の絵師円山応挙の長男で、円山派の2代目。姓は源。は儀鳳。通称は卯三郎、右近、応挙死後は父と同じ主水を襲名する。号は怡真堂。


  1. ^ 橋本寛子 「司馬江漢と円山派に関する一試論 ─舞子浜図を中心に」(百橋明穂先生退職記念献呈論文集刊行委員会編 『美術史歴参 百橋秋穂先生退職記念献呈論文集』 中央公論美術出版、2013年3月、pp.258-259、ISBN 978-4-8055-0701-8
  2. ^ 京都府教育庁指導部文化財保護課編集 『京都の文化財(第三十四集)』 京都府教育委員会、2016年11月、pp.21-24。
  3. ^ 岡田秀之 「街道の楽園第一回 駿河国、原宿の賑わい」『聚美』VOL.22、2017年1月20日、聚美社、p.93、ISBN 978-4-05-611161-3
  4. ^ 『近世の京都画壇 -画家と作品-』 京都市文化観光局文化部文化財保護課編集・発行〈京都市文化財ブックス 第7集〉、1992年3月、p.43。
  5. ^ a b 公益財団法人 泉屋博古館編集・発行 『泉屋博古 日本絵画』 2010年11月1日、pp.124-125,212-213。


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