2006年 04月 06日
ブティック投資銀行の最近 |
最近頂いたコメントにブティック投資銀行についての話がありましたが、最近アメリカで目立った実績を上げているブティックに、「Evercore Partners」と言う会社があります。この会社について、4月3日のMarket Watchの記事に基づいて、少々書いてみたいと思います。
Evercoreは、Lehman Brothersの投資銀行部の重鎮でクリントン政権にも参加したRoger Altman氏と、大手LBOファンドBlackstoneの元パートナーであるAustin Beutner氏が、1996年に立ち上げたブティック投資銀行(M&Aアドバイザリーに特化した投資銀行)です。このEvercore、今年の第一四半期に、何と$108 billion(約13兆円)と言うアドバイザリー実績を上げ、そのランキングはGoldmanの$157bn、Lehmanの$141bn、Citigroupの$136bnに次ぐ第四位となっています。
中でも大きかったのが、Lehmanのコ・アドバイザーとして参加したAT&T(旧SBC)によるBellsouthの買収(2006年発表、$90bn、約11兆円)です。
アメリカでは、独占通信企業だった旧AT&Tが、「Baby Bells」と言われる複数の地域電話会社と長距離電話専門のAT&Tに分割され、その後勢いのある地域電話会社による業界再統合が進んでいます。地域電話会社には、東海岸のVerizon、南部のBellsouth、シカゴからテキサスに渡る地域とカリフォルニアをおさえるSBC、そして山岳部から西海岸北部を有するQwestの4社に集約しており、長距離電話会社には、AT&Tと、会計疑惑で破綻した旧WorldComを引き継いだMCI、そして携帯電話で有名なSprintの3社がありました。
携帯電話業界を見てみると、まず最大手のCingular Wiressは地域電話のAT&T(旧SBC)とBellsoughのジョイントベンチャーです。Cingularは旧AT&Tの傘下にあったAT&T Wirelessを2004年に買収し、業界最大規模の加入者を誇っています。次に大きいのがNY地域に本拠を置くVerizon Wiressで、これは米大手地域電話のVerizonと英Vodafoneのジョイントベンチャーです。三番手が長距離電話Sprint傘下にあったSprintと独立系Nextelが2005年に合併して発足したSprint Nextel、そして四番手がDeutsche Telecom傘下のT-Mobileと言うことになります。
そして去年、地域電話大手の一つであったSBCが、長距離電話と企業向けサービスに強い元親会社のAT&Tを買収し、社名をAT&Tと変更ました。(ロゴマークは小文字の「at&t」です。)その段階でCingularは文字通りAT&Tの100%子会社になることになります。
少々長くなりましたが、今回Evercoreがアドバイスした案件は、日本で言えばNTT東日本がNTTコムを買収し、NTTドコモも傘下に収めるべくNTT西も買収した、と言った感じの非常に巨大な案件になります。そんな案件の買収側アドバイザーとしてブティックのEvercoreの名前が出たことは業界を驚かせました。
ただEvercoreのトップであるAltman氏の出身母体であるLehman Brothersは、元々通信業界に強みを持っており、最近の業界再統合案件のほとんどに携わっています。具体的には、2004年のCingularによるAT&T Wirelessの買収($47bn、約5.6兆円)、2005年のSprintとNextelの合併($46bn、約5.5兆円)、SBCによるAT&Tの買収($22bn、約2.6兆円)と、SBCに対抗したVerizonによるMCIの買収以外の全ての巨大テレコム案件のバイサイド・アドバイザーを勤めています。そのLehman出身で、かつ通信行政に積極的だったクリントン政権での経験もある人間がトップにいるEvercoreがテレコム業界に強いのは、至極当然なのかもしれません。
ともかくこのAT&Tの案件だけでも十分驚きなのですが、Evercoreの躍進はそこに留まりません。通信業界以外でも、去年発表された通信機器大手Cisco Systemsによるセットトップボックスメーカー最大手Scientific Atlantaの$6.9bn(約8,300億円)の買収や、GEによる再保険大手Swiss Reの$6.8bn(約8,200億円)の買収、オランダのメディア会社大手VNUのBlackstone、KKR、TH Leeによるレバレッジドバイアウト(約1兆円、未成立)など、実に多くの大型案件に携わっています。また最近発表されたGMによるGMACの売却案件でも、EvercoreはGMの取締役会にアドバイザリーを行ったと言われています。
Evercore以外の有名なブティックには、最近Time Warnerへの攻撃にアクティビストCarl Icahn氏のアドバイザーとして参加したLazardや、Greenhill、Jefferies、またメディアに特化したAllen & Co.などといった所がありますが、M&Aに特化するブティックファームはミドルマーケットと呼ばれる中小型案件に特化するのが普通です。それに対してEvercoreの戦略は大型案件に特化すると言うもので、通常のブティックとは一線を画しています。
新聞報道などによると、同社はAltman氏を含む非常に強いコネクションを持ったバンカーを複数抱えているそうです。私自身もある案件でEvercoreと働いたことがありますが、ジュニアバンカーのレベルの人達はどちらかと言うと大手から移っていかざるを得なかったような人が多かったと言う印象があり、LBOファンドなどが最も優秀な人材を投資銀行から引き抜くのとはまた違った感じでしたが、シニアバンカーのクライアントのグリップ力は極めて強力で、普通のブティックとは確実に違うと感じました。
ある記事によると、1994年に10%程度だったブティックファームのM&Aのシェアは、2005年には25%にもなっていると言われています。このようなブティックの躍進には当然大手投資銀行も注目していますが、それでもあまり心配している様子はありません。その理由としては、M&Aからのフィーは収益の一部に過ぎず、最近案件の多くを占めるLBOでもフィーが落ちるのはファイナンシングの手数料だからです。また最近では、伝統的な引受やアドバイザリー業務以外の資産運用やら自己資本投資やらと言った収入源が拡充して来ているため、基本的にはブティックを「脅威」と見るむきはまだ無いように思います。
それでも最近も、私のグループの人間が数年前に辞めて始めたブティックと、とある有名メディア企業の比較的大きなM&A案件をコ・アドバイスしたりしていることを考えると、ブティックの勢いは止まらなそうです。会社のネームバリューではなく個人でクライアントとの信用を育んでいく所あたり、アメリカのバンカーにはある意味弁護士に近いような雰囲気を感じたりもします。
Evercoreは、Lehman Brothersの投資銀行部の重鎮でクリントン政権にも参加したRoger Altman氏と、大手LBOファンドBlackstoneの元パートナーであるAustin Beutner氏が、1996年に立ち上げたブティック投資銀行(M&Aアドバイザリーに特化した投資銀行)です。このEvercore、今年の第一四半期に、何と$108 billion(約13兆円)と言うアドバイザリー実績を上げ、そのランキングはGoldmanの$157bn、Lehmanの$141bn、Citigroupの$136bnに次ぐ第四位となっています。
中でも大きかったのが、Lehmanのコ・アドバイザーとして参加したAT&T(旧SBC)によるBellsouthの買収(2006年発表、$90bn、約11兆円)です。
アメリカでは、独占通信企業だった旧AT&Tが、「Baby Bells」と言われる複数の地域電話会社と長距離電話専門のAT&Tに分割され、その後勢いのある地域電話会社による業界再統合が進んでいます。地域電話会社には、東海岸のVerizon、南部のBellsouth、シカゴからテキサスに渡る地域とカリフォルニアをおさえるSBC、そして山岳部から西海岸北部を有するQwestの4社に集約しており、長距離電話会社には、AT&Tと、会計疑惑で破綻した旧WorldComを引き継いだMCI、そして携帯電話で有名なSprintの3社がありました。
携帯電話業界を見てみると、まず最大手のCingular Wiressは地域電話のAT&T(旧SBC)とBellsoughのジョイントベンチャーです。Cingularは旧AT&Tの傘下にあったAT&T Wirelessを2004年に買収し、業界最大規模の加入者を誇っています。次に大きいのがNY地域に本拠を置くVerizon Wiressで、これは米大手地域電話のVerizonと英Vodafoneのジョイントベンチャーです。三番手が長距離電話Sprint傘下にあったSprintと独立系Nextelが2005年に合併して発足したSprint Nextel、そして四番手がDeutsche Telecom傘下のT-Mobileと言うことになります。
そして去年、地域電話大手の一つであったSBCが、長距離電話と企業向けサービスに強い元親会社のAT&Tを買収し、社名をAT&Tと変更ました。(ロゴマークは小文字の「at&t」です。)その段階でCingularは文字通りAT&Tの100%子会社になることになります。
少々長くなりましたが、今回Evercoreがアドバイスした案件は、日本で言えばNTT東日本がNTTコムを買収し、NTTドコモも傘下に収めるべくNTT西も買収した、と言った感じの非常に巨大な案件になります。そんな案件の買収側アドバイザーとしてブティックのEvercoreの名前が出たことは業界を驚かせました。
ただEvercoreのトップであるAltman氏の出身母体であるLehman Brothersは、元々通信業界に強みを持っており、最近の業界再統合案件のほとんどに携わっています。具体的には、2004年のCingularによるAT&T Wirelessの買収($47bn、約5.6兆円)、2005年のSprintとNextelの合併($46bn、約5.5兆円)、SBCによるAT&Tの買収($22bn、約2.6兆円)と、SBCに対抗したVerizonによるMCIの買収以外の全ての巨大テレコム案件のバイサイド・アドバイザーを勤めています。そのLehman出身で、かつ通信行政に積極的だったクリントン政権での経験もある人間がトップにいるEvercoreがテレコム業界に強いのは、至極当然なのかもしれません。
ともかくこのAT&Tの案件だけでも十分驚きなのですが、Evercoreの躍進はそこに留まりません。通信業界以外でも、去年発表された通信機器大手Cisco Systemsによるセットトップボックスメーカー最大手Scientific Atlantaの$6.9bn(約8,300億円)の買収や、GEによる再保険大手Swiss Reの$6.8bn(約8,200億円)の買収、オランダのメディア会社大手VNUのBlackstone、KKR、TH Leeによるレバレッジドバイアウト(約1兆円、未成立)など、実に多くの大型案件に携わっています。また最近発表されたGMによるGMACの売却案件でも、EvercoreはGMの取締役会にアドバイザリーを行ったと言われています。
Evercore以外の有名なブティックには、最近Time Warnerへの攻撃にアクティビストCarl Icahn氏のアドバイザーとして参加したLazardや、Greenhill、Jefferies、またメディアに特化したAllen & Co.などといった所がありますが、M&Aに特化するブティックファームはミドルマーケットと呼ばれる中小型案件に特化するのが普通です。それに対してEvercoreの戦略は大型案件に特化すると言うもので、通常のブティックとは一線を画しています。
新聞報道などによると、同社はAltman氏を含む非常に強いコネクションを持ったバンカーを複数抱えているそうです。私自身もある案件でEvercoreと働いたことがありますが、ジュニアバンカーのレベルの人達はどちらかと言うと大手から移っていかざるを得なかったような人が多かったと言う印象があり、LBOファンドなどが最も優秀な人材を投資銀行から引き抜くのとはまた違った感じでしたが、シニアバンカーのクライアントのグリップ力は極めて強力で、普通のブティックとは確実に違うと感じました。
ある記事によると、1994年に10%程度だったブティックファームのM&Aのシェアは、2005年には25%にもなっていると言われています。このようなブティックの躍進には当然大手投資銀行も注目していますが、それでもあまり心配している様子はありません。その理由としては、M&Aからのフィーは収益の一部に過ぎず、最近案件の多くを占めるLBOでもフィーが落ちるのはファイナンシングの手数料だからです。また最近では、伝統的な引受やアドバイザリー業務以外の資産運用やら自己資本投資やらと言った収入源が拡充して来ているため、基本的にはブティックを「脅威」と見るむきはまだ無いように思います。
それでも最近も、私のグループの人間が数年前に辞めて始めたブティックと、とある有名メディア企業の比較的大きなM&A案件をコ・アドバイスしたりしていることを考えると、ブティックの勢いは止まらなそうです。会社のネームバリューではなく個人でクライアントとの信用を育んでいく所あたり、アメリカのバンカーにはある意味弁護士に近いような雰囲気を感じたりもします。
by harry_g
| 2006-04-06 10:08
| 投資銀行