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大『助手』論 技術編 サクションvol.5 ~吸~(2)

実際に術野の血液を『吸う』ことにそろそろむかいたい。



そもそも、いつ、どこが血液のない状態がのぞましいか?これは、極端な話だが、結局は執刀医が見ている時に見たい範囲にだけ血液がなければいい、ということになる。

さらに、吸う作業は一番少ない動きで一番効率よい方法でする、というのが奥義。ちょろちょろとやたら動かない、やたらと吸わない。どんと構えて最小限で済ます、ことを心がける。うまく吸うことは、いかに吸わなくてよいか、吸う作業を減らすか、という事にほかならない。

もう一つ加えると、サクションを動かす時と、動かさない時のメリハリをはっきりする事。しかも、それはテンポよく、リズムを刻むようにすることを意識する。実際の術野で血液を吸う時に一番大切な事は吸うタイミングだ。執刀医のリズムを崩さない、むしろちょっとリズムにのせてやるくらいの気持ちでサクションする。さらに、引き際の鮮やかさも、サクションをする上では大切な事。吸うことそのものも効率よく短時間でやるべきだが、サクションの引き際こそが、手術のリズムを作る上ではとても大切だ。

そもそも、術野に血液があるということは、血が出ている場所が必ずある。まずは、それを見つけ出して把握する。今手術をしている場所とは関係ないところであったり、今手術をしている場所そのものだったりもするが、基本的に血液はその出所に近いところで吸う事をこころがける。術野に出血点がなくて、他からやってくるとき、その流れ込んでくる場所で吸う。さらにその上流で吸えるのならそこで吸う。できるだけ上流で出血をコントロールすれば、実際の術野でのサクションの動きは最小限度で済む。たとえば、ひどく簡単な例だけど、術野の血液がたとえば脱血管の挿入部なら、そこにドボンを突っ込んでおけば術野の出血はかなりコントロールできるはずである。やたらとサクションを動かさずに、最小限の動きでできるように常に術野全体をよくみて、頭を働かせる。

血液の充満しているだろう血管を切る時は、切る前からちゃんと構えて間髪なく血液を吸う。そして執刀医が次の切開のためにはさみを入れる準備ができたことを確認したら、執刀医の『作業の空間』からさっとサクションをどかす。そしてそこでつぎの吸う機会までじっと動かない。

縫っている時に、執刀医の見るところは針の刺入点、刺出点と糸を引いた時の糸の位置なので、この3点だけを正確に見せるようにする。どのタイミングで吸えばこの3点が見えるのかは、出血量や執刀医の針の持ちかえ方によるが、多くは、

①執刀医が(針を抜いて)糸を引き終わる直前、
②次の針を入れようと構えた瞬間(針を持ち替えて次の吻合に向かう瞬間)、
③針を入れて入れた針をまわしきった直後

の3つの時点で十分。(それでも、血液で視野が見えないようなら、血液の上流を突き止めて、そこで動かないか、上流がはっきりしない時は針が見える位置で動かずにずっと吸っているしかない。)針を抜いて次の針を入れるために持ち変える動きをしない執刀医は①だけ、針を持ち変える執刀医は①と②だけでだいたい済む。ここで気をつけることは、基本的には、執刀医が動いている時には止まり、止まっている時に動くこと。タイミングがきちんとあっていれば、執刀医と同時にサクションが動くことはほとんどない。実はこれは意外に大切な事だと僕自身は考えている。というのは人間の目は動くものに反応してしまうからだ。縫う作業に集中したい時に自分の動かしている針以外のものが視野の中で動くのは、やはり邪魔だと思うし気が散るのではないだろうか。執刀医が針を動かす時は動いているのは執刀医だけという状況になるようにまさに息をあわせる作業をする。これをうまくやると、執刀医は自分のリズムで運針できる。そうするとこちらもさらにタイミングが掴み易くなるのでよりよいサクションができる。
上の3点でサクションをする時に、吸っていない時にサクションをどこに持っていくか?術野か、手元まで引くか?だが、スペースが許せば、術野に入れたままで吸わない時は執刀医の視野から出しておけばいい。しかし、スペースがなくて手元まで引かないといけない場合もある。この時は術野までサクションを入れる時間も考慮に入れないとサクションが遅れる事になる。しかし、サクションが引けるような状況とは、逆に言うと、①だけでサクションが済むような状況なので、①にあわせていつどのようにサクションを入れるか、を考えればよい。僕は、執刀医が糸を引くのと同じ速度でサクションを入れて、糸を引き終わる直前に術野に到達できるようにタイミングを計っている。早すぎず遅すぎず糸と同じ早さにする。多くの場合執刀医は糸の引き始めは早いが、最後のほうは速度が落ちる。こちらは初速を変えずに術野に到達すれば、速度が落ちた分だけこちらの方が早く術野に到達できる。それで①に間に合う算段になる。そして、執刀医が次の縫合にうつるために術野に向かってくるときには、ぎりぎりまで待ってさっと引く。この時はできるだけ、短時間でいなくなる。といっても執刀医の視野からさっといなくなるだけで、あとはゆっくり気をつけながら手元に戻ってくればいい。そうすれば、針を動かしている時には執刀医の視野に動いているものは針だけ、という状況になる。

心嚢内にたまった血液は要所要所で構わないので溜まったら吸うようにする。全然構わない執刀医もいるが、血液に無影灯の光が反射して、執刀医の拡大鏡のしたから入ってくる。この光のちらちらが案外目障りなのだ。これをなくすために溜まりは時々吸う。無影灯の角度や執刀医の頭の位置にもよるが、多くは、上大静脈の左右に溜まった血液に光反射する事が多いようだ。たまに執刀医はここの血液を自分で吸ったり、吸うように指示する時は、光が反射して気になっていると察知して、こまめに吸ってあげよう。




吸うとき全般に言える事だが、サクションで血液を吸う時は術野の形を変えない、ということも気をつけないといけない。サクションで特に血管壁の血液を吸うときには、血管壁にサクションを押し付けたくなりがちがちである。奇麗にしようとするあまりに、奥まで届かせようとするとそうなることも多い。そうしないと血液が吸えない場合もあるが、できる限りサクションで組織を触れる事はしないようにする。そのために、サクションの形状をよく知っておくべきだし、どこで吸うのが一番適当かを知っておくべきなのだ。組織にふれないぎりぎりのところで、イメージのなかでは数ミクロンの隙間をあけて血液を吸いたいと思っている。微細な作業をしている時ほど、隙間もないし、これは難しいが、そういう時こそ組織に触れないようにそっとしっかり吸うようにする。











大『助手』論 技術編 サクション シリーズ
vol.1 ~最高のSuctionist/サクショニストを目指して~
vol.2 ~サクションを改めて見てみる~
vol.3 ~サクションで仕事をする前に知っておくべき一番大切な事~
vol.4 ~吸~(1)
vol.5 ~吸~(2)
このブログの登場人物
A教授:この病院のボス。手術中の紳士的な態度もさることながら、普段の笑顔も素敵。 H先生:A教授と同じ立場のボス。手術中は吠える鬼神に化す。手術を離れるとびっくりするくらい温かい人。実はいろいろな人のことをよく考えているのはこの先生。スロバキア人。 心臓先生:定年まじかのベテラン心臓外科医。みんなの指導医で、論文の数も凄まじく、統計処理も天才的。アフリカのブルンジ人。 J先生:兄貴のような執刀医。明るくて楽しいのだけど、感情の起伏が激しくて手術中は叫びまくることも。でも、その次の瞬間には笑っている。ギリシャ人の血をひくドイツ人。2012年の8月からベルリンの小児心臓外科のボスとして赴任。 C先生:推定年齢45~48歳の女医さん。だれも本当の年齢は知らない。長くこの病院に勤めていて、J先生の去った後、ようやく執刀医の位置に。ドイツ人。 L先生:J先生の後がまで赴任してきた先生。アメリカで修行した経験あり。ドイツ人らしい慎み深いいい人。 P先生:30歳の唯一の若者。元気でいい奴だけど、ちょっと性格が悪く看護師さんからは嫌われていたりいなかったり。H先生と同じスロバキア人で、H先生の保護下にいる。やや過保護?! D君:元々はスクラブナースだったけど才能を見いだされて手術アシスタントに。
プロフィール

遮断鉗子

Author:遮断鉗子
心臓外科医のブログです。
小児心臓外科医(35歳 心臓外科 10年目)のドイツ留学記です。
2010年7月からドイツに。

毎日の手術の事を中心に。ドイツビールの紹介もしていきます。

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