地下水との闘い - 総武・東京トンネル(30)
公開日:2008年08月23日02:18
最終更新日:2024年11月13日
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両国~東京間の「総武トンネル」は1972(昭和47)年7月15日、東京~品川間の「東京トンネル」は1976(昭和51)年10月1日にそれぞれ営業運転が開始され、全長9,532mに及ぶ総武快速線・横須賀線の東京地下区間が完成した。だが、開業直後からこの区間ではある問題が発生するようになる。それはトンネル壁面から大量の地下水が漏れ出すことであった。本記事ではその対策の歴史について眺めていく。
総武・東京トンネル周辺の地下水環境
東京都心から房総半島の下には南関東ガス田が分布しており、千葉県内では現在も天然ガス採掘が行われている。左写真はいすみ市の畑にある稼働中のガス井。ガスを含む地層が浅いため、右写真のように畑の中からガスが自然湧出している場所もある。(水溜りの中に常に泡が出ている)2枚とも2015年12月6日撮影
東京都心から房総半島の下には南関東ガス田が分布しており、千葉県内では現在も天然ガス採掘が行われている。1枚目はいすみ市の畑にある稼働中のガス井。ガスを含む地層が浅いため、2枚目のように畑の中からガスが自然湧出している場所もある。(水溜りの中に常に泡が出ている)2枚とも2015年12月6日撮影
有楽町トンネルの記事でも触れたとおり、総武・東京トンネルの着工当時は、全国的に地下水の汲み上げが無制限に行われていた。地下水の用途は、飲料水・工業用水など多岐に渡るが、首都圏南部では深部の地層(南関東ガス田)に埋蔵されている水溶性天然ガスの採掘が大きなウェイトを占めていた。天然ガスは、東京都心から千葉県の房総半島の地下深部に埋蔵されている
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大多喜と天然ガスのはなし(2007年4月12日作成)
左:東京都江東区の南砂町三丁目公園内にある南砂町地盤沈下観測所。標柱の下から3番目のリングが1918(大正7)年の地盤高で、この100年で2m以上沈下したことがわかる。
右:東京都の地下水位の変動グラフ(南砂町は江東区、吾妻橋は墨田区)
右:東京都の地下水位の変動グラフ(南砂町は江東区、吾妻橋は墨田区)
上:東京都江東区の南砂町三丁目公園内にある南砂町地盤沈下観測所。標柱の下から3番目のリングが1918(大正7)年の地盤高で、この100年で2m以上沈下したことがわかる。
下:東京都の地下水位の変動グラフ(南砂町は江東区、吾妻橋は墨田区)
下:東京都の地下水位の変動グラフ(南砂町は江東区、吾妻橋は墨田区)
東京都内では、戦後各種産業用の地下水利用や天然ガス生産が活発化したことから、東京湾岸を中心に年間10cm以上という猛烈なスピードで地盤沈下が進むようになった。地盤沈下の結果、東京の城東地域(江東区・江戸川区など)では、地盤の高さが海面より低い「ゼロメートル地帯」が広く発生するようになり、大雨や高潮などでの浸水リスクが高まっていった。
地盤沈下の原因は、深部の地層から地下水を抜いたことにより、水分を失った粘土層などが乾燥・収縮することである。従って、地盤沈下を止めるには地下水の汲み上げをやめる他ない。そこで1956(昭和31)年より「工業用水法」「建築物用の地下水の採取の規制に関する法律(通称:ビル用水法)」の制定や、天然ガス鉱業権の買い取りにより、地下水の汲み上げを厳しく規制した。総武・東京トンネルが完成した1970年代後半にはその効果が表れ、トンネルよりも5mほど下にあった地下水位が大きく上昇し、トンネル全体を覆うようになった。総武・東京トンネルの各構造物は、一部区間を除き地下水について設計上ほとんど考慮されておらず、各所で激しい漏水が見られるようになった。これらの漏水は、放置するといずれ各構造物に悪影響を及ぼすことから、開業直後より様々な対策工事が実施されてきた。
シールドトンネルは地下水の海に沈んだチューブ
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二次覆工施工前の汐留トンネル(新橋駅端より撮影)。漏水により壁面全体が湿っており、側道上には土砂の堆積も見られるなど荒れ放題だった。2008年5月8日撮影
これまでの記事で説明した通り、総武・東京トンネルの駅間はほとんどがシールドトンネルとなっている。シールドトンネルは、建設当時より地下水圧が高かった浜松町・芝浦第1・第2トンネルを除き、一次覆工(セグメント)のみとされていた。このセグメントは、現在の水準からすると漏水対策が不十分であり、セグメント目地、ボルト穴などから多量の漏水が発生するようになった。当初は漏水箇所にプラスチック製の樋を被せたり、ゴム系のコーキング材を注入するといった対処を行っていたが、地下水位の上昇とともに漏水箇所は増え続け、1日当たりの漏水量は4,000~5,000m3にも及ぶようになった。これは穴が無数に開いたホースを水中に沈めたようなものであり、テープや接着剤で穴を1、2個塞いだだけでどうにかなるものではないことはご想像いただけるだろう。
馬喰町駅構内の漏水。地下水に塩分が含まれているため、水が直接かかっている部分のレールは激しく腐食している。
また、総武・東京トンネルは東京湾が近いことから、漏水には塩分が含まれていた。このため、トンネル内ではセグメント鉄筋やボルト、レールや締結装置といった鉄製品の腐食が急速に進行したほか、軌道回路短絡による信号故障※1が発生し列車運行にも影響を及ぼすことがあった。この問題を端的に表す事象として、総武・東京トンネルでは全区間で25m毎に継ぎ目がある定尺レールが採用されている点が挙げられる。開業時点では、地下線で環境変化が少ないことから、半径400m以下のカーブ以外ロングレールを採用することになっていたが、塩害による消耗が極めて激しく、交換に時間を要するロングレールでは日々の維持すらままならいため、短期間で定尺レールに戻されたのである。ちなみに、この区間のレール・締結装置の交換頻度は一般的な地上区間の約3倍に上るという。この定尺レールにより、総武・東京トンネルでは列車走行時の継ぎ目による騒音・振動が激しく乗り心地は悪い。
さらに、セグメント間にシールが無いことから、地下水とともに周囲の土砂を引き込む現象も発生していた。シールドトンネルは、全方向から等しく力が作用することにより形状を保っており、局所的に土砂が流出するとトンネルが変形してしまう恐れがある。さらに土砂の流出量が極端に多い場合、地表面まで沈下・陥没する危険性が出てくる。このように総武・東京トンネルの漏水は、排水ポンプの運転費用云々といった単純なものではなく、トンネルをこの先使い続けられるかどうかを左右しかねない重大な問題に発展したのである。
▼脚注
※1:鉄道では左右のレールに電気を流し、車輪がそれをショートさせることで列車の存在を検知している。レール間に大量の塩水が存在すると漏電により左右のレールがショートした状態となり、列車がいないにもかかわらず信号が赤のまま変わらず運転不能となってしまう。
「トンネルの中にもう1つトンネルを作る!」地底で28年間繰り広げられた深夜の若返り大作戦
大都市の鉄道トンネルは、建設に莫大な費用が掛かることから、漏水が激しくなったからと言ってすぐに掘り直すのは現実的ではない。そこで止水対策として行われたのが、一部区間では建設時に行った「二次覆工」である。これは、トンネルの内面に沿ってコンクリートを巻き立てる、つまり「トンネルの中にもう1枚トンネルを作る」ようなものである。二次覆工は耐火性が要求される自動車用トンネルや、流体工学的な性能が要求される導水管では一般的であるが、鉄道トンネルでは省略される場合が多い。
二次覆工は建設が古い総武トンネル(東京~両国間)側から開始された。1984(昭和59)年に新日本橋~馬喰町間で実施された試験施工では、トンネル建設時と同じ場所打ちコンクリート方式を採用した。これは壁面に沿ってH鋼を取り付け、そこに木製の型枠を設置して内部にコンクリートを流し込むものである。この工法では、最終的にH鋼がトンネル内に露出するため防錆処理が必要であることや、機材の組み立てがほぼ全て人力であるため多くの人手と時間を要した。作業ができるのは深夜の終電から始発までの間の2~3時間しかなく、1年間に施工できる距離はわずか100mと非常に効率の悪い方法であった。
PCW工法により二次覆工が完了した柳橋トンネル(馬喰町駅端より撮影)。コンクリート製のブロックをトンネル壁面に沿って組み立てていった。
国鉄民営化後の1989(平成元)年からは、これを改善するため工場であらかじめ製作したコンクリート板を壁面に沿って組み立て、内部にモルタルを注入する「PCW工法」を採用した。これはシールドトンネルの中にもう1枚シールドトンネルを作るようなもので、機械化が可能であることから施工距離は従来の2倍に向上した。このPCW工法により2003(平成15)年までに総武トンネル全区間の二次覆工が完了している。
一方、総武トンネル側の対策に時間を要している間に東京トンネル(東京~浜松町間)側の状態が急速に悪化していた。2002(平成14)年にJR東日本が実施した調査によると、総武トンネルでの対策開始直後の1985(昭和60)年には同水準だったセグメント締結ボルトの腐食率が、2002年にはほぼ2倍になっていた。腐食が進んでボルトが破断した場合、K型セグメント※2の落下やトンネル崩壊といった致命的な事故に至る恐れがある。
また、トンネル周辺の土砂の流出状況を調査するため、地上からのボーリングとトンネル内部からの探針を実施したところ、全線に渡り20~40cmの空洞が確認された。特に東京トンネル最深地点に位置し最も漏水が激しい有楽町トンネルでは、最大2mに及ぶ巨大な空洞が発生していることが判明した。有楽町トンネルの地上には、明治時代に建設された山手線・京浜東北線のレンガアーチ高架橋があり、地盤が緩むと高架橋が沈下して地上の各路線の運行に支障が出ることが予想された。
▼脚注
※2:セグメント組み立て時に最後に挿入する小型のセグメントで「キーセグメント」ともいう。トンネルのリング全体を締め付ける「要石」に相当する重要なパーツである。総武・東京トンネルのシールドトンネルではこのセグメントを外周方向に挿入する設計だったため、ボルトが破断するとセグメントが抜け出す恐れがあった。
東京トンネルでの二次覆工のイメージ図。トンネル壁面に沿って防水シート(水色)貼り付け、その上に鋼製リング(支保工)と繊維補強セメント板を取り付け、最後に空洞にモルタルを充填する。
このように東京トンネルの劣化は非常に深刻であり、可及的速やかに二次覆工を完了させる必要があった。しかし、総武トンネルと同じPCW工法を採用した場合、20年の工期と100億円の費用を要すると試算され、工事完了までにトンネルが使用不可能になる事態が予測された。
このため、施工スピードのアップとコストダウンを目標とする新工法を開発することになった。東京トンネルの二次覆工に求められる条件としては
①地下水とセグメント背面土砂の流入阻止
②セグメントの腐食防止
③K型セグメントの脱落防止
④約50年の耐久性
⑤耐火性
⑥壁面に後からボルトなどを打ち込める
といったものがある。また、耐震性など長期的な強度アップを考慮するとこれまでと同じく鋼製の骨組み(支保工)がある方が望ましいとされたため、PCW工法をベースにパネルをコンクリート板から繊維補強セメント板に変更することになった。
繊維補強セメント板は、セメント内部にPVA(ポリビニルアルコール)の繊維を混ぜ込んだ複合材料で、靭性(変形に対する耐性)が高いため、板厚を薄くすることができる。この改良により、パネル1枚の重量はPCW工法の400kgから27kgまで軽量化され、人力でも取り付けが可能となった。パネルの取り付けに機械がいらないため、1本のトンネル内で左右同時にパネルを取り付けたり、上下線で同時に施工することも可能となり、大幅な効率アップが期待された。
さらに総武トンネルでの施工経験を踏まえ、工事用車両についても改良を行った。二次覆工施工の手順は
①側道(ケーブルトラフ)取り壊し
②壁面への防水シート張り込み
③鋼製支保工と鉄筋取り付け
④1段目繊維補強セメント板取り付けと側道復旧
⑤トンネル全周にセメント板と取り付け
⑥セメント板内部にモルタル注入
となっているが、1日当たりの作業量は①で発生する瓦礫と⑥で使用するモルタルの積載量により決まっていた。特にモルタルについては、事前に地上で製造したものを車両のタンクに入れて現場へ搬入していたが、製造から長時間経過したモルタルは部分的に硬化が始まってしまうなど品質面でも問題を抱えていた。そこで、東京トンネルでの施工にあたっては、工事用車両を増備し、側道瓦礫の積載量をアップすることや、モルタルの製造プラントを現場まで直接持ち込み、必要な時に必要な量だけを製造できるよう改良した。
左:有楽町トンネルの二次覆工施工中(新橋駅端より撮影)。側道を撤去して壁面に防水シートを張っているところ。2009年4月5日撮影
右:同じ場所の完成後。線路や壁面が乾燥状態となり、通常のシールドトンネルと同レベルまで環境が改善された。
右:同じ場所の完成後。線路や壁面が乾燥状態となり、通常のシールドトンネルと同レベルまで環境が改善された。
上:有楽町トンネルの二次覆工施工中(新橋駅端より撮影)。側道を撤去して壁面に防水シートを張っているところ。2009年4月5日撮影
下:同じ場所の完成後。線路や壁面が乾燥状態となり、通常のシールドトンネルと同レベルまで環境が改善された。
下:同じ場所の完成後。線路や壁面が乾燥状態となり、通常のシールドトンネルと同レベルまで環境が改善された。
2003(平成15)年8月に開始された工事では、終電後にトンネル両端の品川・両国の各基地から工事用車両を合計で10~30両の大軍勢で現場へ向かわせるという大規模な施工体制が取られた。また、開始1年の時点で作業手順の再検証を行い、時間を要していたパネルの取り付け作業の一部を改良した。これらの工夫により、1年間の施工距離は総武トンネルの3.5倍となる700mへ飛躍的に向上した。特に背面土砂の流出が激しい区間については、二次覆工と同時に空洞を埋める注入も併せて行っている。
こうして開通から40年目となる2012(平成24)年、東京トンネルの対象区間全てで二次覆工が完了し、28年に渡る「若返り大作戦」はついに終止符を打った。完成後のトンネルは漏水が大幅に減少して壁面はほぼ乾燥状態となり、環境は大きく改善された。
馬喰町駅構内で行われた線路改良工事。劣化した路盤コンクリートを壊し、パンドロール型(バネ式)の締結装置に対応した新しいコンクリート短まくらぎに交換している。一度に全てのまくらぎを交換できないため、1本おきに工事を進めている。2017年11月29日撮影
長年に渡り漏水に曝された結果、線路上のまくらぎや路盤コンクリートは無数の亀裂が生じるなど老朽化が進んでいる。二次覆工完了により、腐食の心配がなくなったことから以後はこれらの更新が急ピッチで進められている。軌道部品の更新により、比較的高速で走行する新橋~浜松町間では体感でわかるほど乗り心地が向上するといった変化も見られるようになった。
東京駅が浮き上がる!
一方、この地下水位の上昇は東京駅でも大変な問題を引き起こすことになった。地下水の浮力により駅全体が浮き上がる恐れが出てきたのである。
東京駅での地下水位上昇とその対策イメージ
総武快速線・横須賀線の東京地下駅は、幅45m、深さ27mもある巨大な構造物である。建設開始当時、地下水位は地下5階の床面より8m下にあったが、前述の通り地下水の汲み上げ規制により漸次上昇を続け、2000(平成12)年には地下4階まで完全に水中に沈んだ状態となった。これは「地下水の海に力づくで沈められた巨大な船」のようなものであり、当然ながら「船底」となる地下5階の床面には強大な浮力が作用し、床面に亀裂が入って浸水するか、地下駅全体が浮き上がる事態が予想されるようになった。強度計算によると、浮力の影響は駅前広場の地下に位置し対抗する重量物が無いホーム中央付近が最も大きく、あと70cm水位が上昇すると床に損傷が発生する恐れがあるとのことであった。
左:武蔵野線新小平駅のホーム。上空に渡されたおびただしい数の鉄骨は水没事故後の復旧時に補強のため設置されたもの。
右:新小平駅のホームを地上階の駅舎から見たところ。左右の擁壁が不自然に盛り上がっている。
右:新小平駅のホームを地上階の駅舎から見たところ。左右の擁壁が不自然に盛り上がっている。
上:武蔵野線新小平駅のホーム。上空に渡されたおびただしい数の鉄骨は水没事故後の復旧時に補強のため設置されたもの。
下:新小平駅のホームを地上階の駅舎から見たところ。左右の擁壁が不自然に盛り上がっている。
下:新小平駅のホームを地上階の駅舎から見たところ。左右の擁壁が不自然に盛り上がっている。
地下水による地下構造物の浮き上がりの例として有名なのが武蔵野線新小平駅である。1991(平成3)年10月11日深夜、新小平駅の西船橋寄り半分を構成するU字溝状の構造物が突然1.3mも隆起し、線路・ホームが破壊されるとともに大量の土砂と水が噴出して駅全体が水没、武蔵野線は2ヶ月間不通となった。
原因はこの年の夏から続いていた異常な長雨による地下水位の上昇である。新小平駅が位置する東京都小平市の地下10m付近には武蔵野礫層と呼ばれる砂礫層があり、通常この層の中に収まっている地下水位が夏から秋にかけては5mほど上昇する。この年は週末ごとに台風が襲来するなど特に雨量が多かったことから、地下水位は地表面に迫る地下3mまで急上昇した。結果、U字溝には壁面と地盤の摩擦力や自重を上回る浮力が作用し、U字溝の継目を壊しながら全体を浮き上がらせてしまったのである。
事故が発生したのが深夜で列車や乗客はおらず人的被害は免れたが、その後も地下水位が高い状態が続いたため、駅周囲に19本の井戸を掘って2週間地下水を汲み上げ続け、ようやく復旧工事に着手することができた。このような事故は前代未聞であり、マスコミは当初年内復旧は絶望的と報道していた。
東京駅地下5階ホーム。床面に無数に見える色の違うタイルは地下水対策のグラウンドアンカーを打った跡である。2006年11月30日撮影
数万トンもあるコンクリートや鉄の塊が浮き上がるのはにわかに信じ難いことであるが、現実にこのような事故が起きていることから東京駅についても対策を取ることになった。東京駅で行われた地下水対策は、地下5階の床面から18mの深さまで穴を開け、そこにワイヤーを芯とした杭(グラウンドアンカー)を構築し、深部の固い地盤に地下駅全体を「係留」するというものである。杭の本数は合計で130本にもなるため、打ち込み作業は地下4階コンコースから地下5階のホーム階を貫通して行われた。東京駅のホームの床をよく見るとタイルの色が違う部分が無数に点在しているが、これこそが杭を打ち込んだ跡なのである。この工事は1999(平成11)年から2年間かけて実施され、6億円もの費用を要している。
なお、東京駅と似た構造である東北新幹線の上野駅でも調査の結果同様の問題があることが判明した。こちらについてはホーム下に作業用のスペースがあったことから、1995(平成7)年に第1次対策として浮力に対抗する3万7千トンの鉄塊を積み上げた。さらにその後も地下水位の上昇が続いたことから、2004(平成16)年以降東京駅と同じ杭の設置を開始した。杭の本数は水位の上昇に応じて追加されており、現在その総数は約1,000本に達している。
瀕死の川を蘇らせた青いパイプ
東京駅4番線の横を通る立会川への導水管
一方、総武・東京トンネルの管理を悩ませ続けていたこの地下水は思わぬ形で利用されることになった。
東京駅から南に約10km離れた品川区に、
▼脚注
※3:東京都の下水道は整備が古いため、臨海部の一部を除き汚水と雨水を同じ管で流す「合流式」となっている。合流式下水道では、集中豪雨等で下水処理場の処理能力をオーバーした場合汚水を浄化せずに河川や海に放流するため水質悪化が問題となっている。(渋谷ストリームの開業当初に渋谷川から発生する異臭が問題となったのはこれが理由)
総武トンネルから立会川までの導水ルート図(OpenStreetMapを加工)
そこで東京都は、JR東日本に対し総武トンネルに湧出する地下水を環境用水として立会川に放流することを提案した。トンネルに湧出する地下水は、法律上水質の良し悪しにかかわらず廃水として扱われており、JR東日本はこれまで年間3億円もの下水道料金を支払って地下水を下水道に廃棄していた。馬喰町駅・東京駅から立会川までの導水管の敷設費用30億円はJR東日本の自己負担とされたが、導水管の整備により下水道料金が今後削減され、10年程度で投資が回収できると見込まれた。
国分寺市にある姿見の池。この池は武蔵野線国分寺トンネルからの導水により復元された。2007年1月14日撮影
実は同様の取り組みは既に行われていた。東京駅から西に25km離れた中央線西国分寺駅の近くに姿見の池と呼ばれる池がある。この池はかつて周辺の湧水や玉川上水からの分水を受け豊富な水量を誇っていたが、宅地化の進展とともにそれも失われ、昭和40年代に一度埋め立てられていた。平成に入り、かつての武蔵野の原風景を再現するためこの池を復活させることになり、水源として池の西側地下を通る中央線と武蔵野線を結ぶ連絡線トンネル(国分寺トンネル)から抜いている地下水を活用していたのである。詳細は以下の記事をご覧いただきたい。
▼関連記事
姿見の池(国分寺市)(2007年1月21日作成)
大井町駅付近の東海道線沿いに敷設された導水管
トンネル湧水を都市の環境改善に役立てたい行政…
下水道料金の出費を減らしたいJR東日本…
双方の思惑はここに一致し、JR東日本は導水管の整備を決めた。導水管は馬喰町駅構内に新設するポンプ所から東京駅手前の新銭瓶ポンプ所(既存のポンプ室を改修)を経由し、品川駅で地上に出た後は東海道線に沿って大井町駅の先まで進んだ後、月見橋の下に通じている。導水管は全区間で青色に塗装されており、車窓からもよく見えるためご存知の方も多いだろう。導水管は2002(平成14)年7月に完成し、立会川への放流が開始された。
左:立会川開渠区間にある桜橋から上流の月見橋を見る。スクリーンの裏側に総武トンネル湧水の放水口がある。
右:桜橋の横には総武トンネル導水に関する解説板が設置されている。
右:桜橋の横には総武トンネル導水に関する解説板が設置されている。
上:立会川開渠区間にある桜橋から上流の月見橋を見る。スクリーンの裏側に総武トンネル湧水の放水口がある。
下:桜橋の横には総武トンネル導水に関する解説板が設置されている。
下:桜橋の横には総武トンネル導水に関する解説板が設置されている。
それからわずか半年後、立会川では目を疑うような光景が広がっていた。ボラが遡上したのである。遡上したボラの数は数十万匹にも上り、一時水面を真っ黒になるまで埋め尽くした。立会川の周囲にはこの光景を一目見ようと見物客が殺到。前年多摩川に出現したアゴヒゲアザラシの「タマちゃん」をもじり、「ボラちゃん」と呼ばれた。
開業以来30年に渡りトンネルの管理を悩ませ続けてきた地下水が、瀕死の都市河川を救う「恵み」に変わった瞬間である。
総武トンネル地下水の導水の結果、立会川のBODは2mg/Lへ大幅に改善し、懸案だった悪臭の発生も大幅に減少した。しかし、詳細な調査の結果水質が改善したのは水面付近のみであり、川底の汚染はまだ改善していないことが判明した。東京都では川の中に曝気装置(空気を送り込む装置)を設置し、水面と川底の間で水を攪拌することで更なる浄化を促している。
立会川幹線雨水放流管のルート図
立会川から流入する汚水は下流である勝島運河の水質も損ねていた。そこで抜本的な対策として、月見橋からより海に近い京浜運河沿いにある勝島ポンプ所までのバイパストンネル(立会川幹線雨水放流管)を敷設する工事が現在進められている。このトンネルが完成すると立会川への汚水の流入はほとんどなくなるため、水質問題の解決が期待される。また、京浜運河の直前にある勝島ポンプ所には、降雨初期の汚染度の高い汚水を分離・貯留する施設も併設されており、オーバーフローが発生した場合の環境への影響が軽減も軽減できる。
ちなみに、この立会川雨水幹線放流管は2本の小さいシールドトンネルを一体化したものとなっている。2連型のシールドトンネル自体は1990年代に実用化されたものであるが、本工事ではさらにプラスして近接構造物や用地幅に合わせて、トンネルの位置を途中で横2列から縦2段に入れ替えるという世界初の試みがなされている。大深度地下利用のパイオニアである総武・東京トンネルの完成から半世紀、シールドトンネルの技術は想像もつかなかった方向へ進化を遂げていた。
▼参考
新しいトンネル二次覆工工法の開発 - JR東日本テクニカルレビューNo.10 2005年冬(PDF)
東京トンネルの変状と対策について - 土木学会関東支部技術研究発表会講演概要集(2004年)(PDF)
軽量パネルを用いたシールドトンネルの漏水対策工事 - トンネル工学報告集第18巻2008年11月(PDF)
横須賀線東京・品川間東京トンネル改良工事について - 土木学会関東支部技術研究発表会講演概要集(2008年)(PDF)
新幹線上野駅浮上対策について - 土木学会関東支部技術研究発表会講演概要集(2005年)(PDF)
東京駅地下水対策 | 事例紹介 | 土木部門(アンカー工法・橋梁) | KTB協会
次世代の技術者へ|道路構造物ジャーナルNET
地盤沈下調査報告 - 東京都建設局
暮らしを築く・社会を守る 世界初!2連のマシンが地下空間でスパイラル掘進 「H&V シールド工法」 立会川幹線雨水放流管工事 | 事業トピックス | 清水建設
東京駅周辺のトンネル地下漏水を立会川に導水します - 東京都報道発表資料(リンク切れのためインターネットアーカイブ)
総武トンネル改修工事における取り組み - 新線路 2001年11月号
総武トンネル改良工事の施工 - 日本鉄道施設協会誌2002年3月号
軽量パネルを用いたシールドトンネルの漏水対策 - トンネルと地下 2007年4月号
総武トンネル漏水活用に伴う送水設備新設工事 - 日本鉄道施設協会誌 2002年12月号
総武トンネル湧水による地域環境への貢献 - JREA 2003年9月号
都市部地下駅の地下水上昇対策 - 日本鉄道施設協会誌2022年1月号
読売新聞2000(平成12)年2月1日記事「地下水の回復 都会の思わぬ脅威に」
▼関連記事
東京駅総武地下ホーム・・・地下水対策の痕跡(2006年12月2日作成)
新小平駅・・・地下水で歪められた駅(2006年12月3日作成)
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