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編集後記など - 京葉線新東京トンネル(27)
公開日:2010年04月24日10:27
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京葉線新東京トンネル最後の記事として、今回は京葉線・中央線の接続新線計画についてと東京地下駅が成田新幹線の駅を流用したものとして誤認されている理由について述べることとしたい。
■京葉線・中央線接続新線計画
2000(平成12)年1月27日、当時の運輸省(現在の国土交通省)の諮問機関として設けられていた運輸政策審議会(現在の交通政策審議会)が第18号答申を発表した。ここでは首都圏の鉄道網の混雑緩和・速達性向上を目的とした新線建設や既存路線の改良(高架・複々線など)について具体的な区間や着手年度を指定している。この第18号答申では京葉線東京駅と中央快速線三鷹駅を結ぶ地下新線を2015(平成27)年までに整備着手するべきであるとされた。中央快速線はご存知の方も多いと思われるが、平日朝は1時間に最大29本、運行間隔が最短1分50秒という日本一過密なダイヤの路線となっている。この本数をもってしても中央快速線の最混雑区間である中野→新宿のピーク時混雑率は200%を超えており、引き続き混雑緩和が急務となっていたのである。そこで計画されたのがこの京葉線・中央線接続新線である。
そもそも京葉線の東京駅は第21記事目で述べたとおり、あらかじめ都心方向へ線路を延ばすことを視野に入れた設計がなされており、この部分に関しては本計画に対応可能な構造となっている。しかし、その先は地上、地下とも開発され尽くした東京都心の中心の中心を貫かなければならない。そこで考えられているのが「大深度地下の公共的使用に関する特別措置法(大深度地下利用法)」の適用である。大深度地下利用法は地上・地下ともに高度に利用が進んでいる都市部(首都圏、中京圏、近畿圏)において地下を利用した公益施設の整備をスムーズに行うために制定されたものである。この法律では通常の建設行為で利用されることの無い地下深部※1を交通機関やライフラインの整備といった公益事業で利用する場合に限り、地上の地権者への経済的補償を不要とすることが定められている。
京葉線・中央線の接続新線にこの法律を適用した場合、用地買収に要するコストが大幅に削減され事業化に対するハードルが格段に低くなる。しかし、18号答申発表から10年が経過した現時点でも本計画に関して具体的な動きは見られない。これは地下50mという深部に地下鉄道を建設するという経験がこれまで無いため、建設に対する技術的な問題のみならず開通後の安全性(換気や災害時の避難誘導)、消防法や建築基準法といった現在ある法令との整合性が確保できていないことが理由であろう。
また、我が国は2007(平成19)年に65歳以上の人口が全人口の21%を超える超高齢社会に世界で初めて突入し、それに先立つ2005(平成17)年には統計を取り始めて以来はじめて国民の人口が自然減に転じた(しかもこれは当初の予測より2年も早い)。現時点では2050年に日本の総人口は1億人を切り、それにより労働力人口は現在のおよそ3分の2まで落ち込むものと予測されている。そのため、本項目で述べている京葉線・中央線接続新線といった大規模な新線建設を行ったとしても人口減少に伴う利用者の減少によりその莫大な事業費に対して、採算割れを起こす可能性が否定しきれないのである。
2015年までの整備着手が謳われているこの京葉線・中央線の接続新線であるが、以上のような情勢から今後の事業化にはある程度時間がかかる、もしくはそのまま実現しない可能性も出てきた。しかし、一方では東京都心を東西に縦断する高速道路網と一体的に整備すること(同一トンネル内に鉄道と道路を収容する)も提案されており、実現すれば東京都心の交通問題を一気に解消する特効薬にもなりうる事業なのである。
未来の東京の交通を一変させる事業となるのだろうか?今後の推移に期待したい。
▼脚注
※1:国土交通省では大深度地下利用法の適用範囲について以下のように定義している。
1、地下室建設が通常行われない地下40m以深。
2、建築物の基礎杭が通常設置されない支持地盤上面から10m以深。東京都であれば東京礫層(地下40~50m付近に分布)を支持地盤とする場合が多い
▼参考
東京圏における高速鉄道を中心とする交通網の整備に関する基本計画について(答申) - 国土交通省
大深度地下利用 - 国土交通省
首都圏の都市再生を促す地下利用プロジェクトの提案(PDF) - 第25回土木計画学研究発表会・講演集(土木学会)
平成18年版 科学技術白書 第1部 第1章 第1節-文部科学省
第2節 人口減少社会の到来(2/2) | 第1章 | 第1部 | 少子化社会白書〔全体版〕(内閣府)
■東京駅のホームが成田新幹線用に造られた物と誤解される原因
本レポートでは以下の計5記事にわたり、公式資料を基に成田新幹線の東京駅の計画と京葉線として実際に建設された東京駅の両者を比較し、京葉線の東京駅のホームは成田新幹線用に造られたものを流用したのではないことを示した。
▼関連記事
幻の成田新幹線計画と東京駅(その1) - 京葉線新東京トンネル(19)(2010年2月20日作成)
幻の成田新幹線計画と東京駅(その2) - 京葉線新東京トンネル(20)(2010年2月22日作成)
東京駅(概説・その2) - 京葉線新東京トンネル(21)(2010年2月26日作成)
東京駅(現地写真・その2) - 京葉線新東京トンネル(23)(2010年3月7日作成)
東京駅(現地写真・その3) - 京葉線新東京トンネル(24)(2010年3月19日作成)
だが、世に出ている書籍やネットの各種ページでは出来上がっていた成田新幹線のホームを流用したものと記述している例が非常に多い。確かに京葉線の東京駅はバブル期に建設されたが故、在来線には不釣り合いともいえる豪勢な造りとなっているが、ここまで誤解が多いからにはそれ以外にも何らかの理由があるはずである。
ここで考えられる原因の1つは市販されている書籍のミスである。
東京駅において実際に完成した成田新幹線関連の工事は第20記事で示したとおり東京駅本体と成田新幹線の駅を連絡する通路部分のみである。(本レポートではここを強調するため敢えて「国際空港からエンターテイメントの街へ・・・目的地を変えた巨大ターミナルのすべて」というサブタイトルを付けた。)しかし、かなり多くの書籍の著者が詳しい資料を見ないまま(おそらく見たのは当時の新聞や雑誌の記事程度と思われる)これを拡大解釈し、新幹線規格のホームまで建設されたものと誤解してしまった。しかも、それがそのままの形で繰り返し書籍化され、結果としてこの説が完全に一般化してしまったのである。
例えば、鉄道評論家として知られる川島令三氏はデビュー以来20年近くにわたり「京葉線の東京駅は成田新幹線の構造物を流用したもの」という誤った解釈を書き続けたため※2、彼のネームバリューも手伝ってこの誤った説を大きく広めることになってしまった。川島氏の文章は「である」「べきである」といった断定調の終わり方が多用されている他、内容に関する出典を一切示さないため、既にある資料を参考にして書いた部分なのか自分の思い込みや噂・伝聞に基づいて書いた部分なのか、はたまた自らが描いた完全な創作なのかが全く区別できないことが問題点としてあげられる。このため、いかにも公式資料を基に書いたように見せかけておいて実は100%自分の妄想で書いたデタラメな文章であるという例が往々にして存在する。(特に電車の機構面や制御システムに関しては誤りが多い。)このような二次資料としての要件を満たさない書籍が著者の有名度や売上げのみを基準に「信頼できる」とみなされ、参考文献として多数使用された結果前述のような誤解が広がってしまったものと考えられる。
だが、原因として考えられるのはこれだけではない。
実はあのWikipedia(ウィキペディア)にこの誤った解釈がそのまま掲載されてしまったのである。Wikipediaの編集システムやその閲覧者数に関しては今更言うまでも無いだろう。だが、絶大な影響力を持つこのWikipediaの成田新幹線の記事や京葉線の記事では、なぜか「京葉線工事誌」や「東工」といった一次資料(公式資料)ではなく、先の川島氏の著書や雑誌である鉄道ピクトリアルといった二次資料のみを出典として用いているのである。そのため、2007年頃までは成田新幹線・京葉線の記事ともに先の川島氏の著書をほぼそのまま参考にして書いたと思われる内容になっていた。その後はノートにおける種々の議論を経た上で修正がなされ、本記事を執筆した時点で京葉線の記事には以下のような内容となっている。
東京駅の京葉線ホームは、東海道新幹線八重洲南乗り換え口コンコースから約300m南、東京都道406号皇居前鍛冶橋線(鍛冶橋通り)の直下にあり、1974年に成田新幹線が着工された際、日本鉄道建設公団により建設が開始された[2]東京駅の場所に位置する。新幹線の工事凍結後、東京駅についてはJR東日本により工事が開始され、京葉線の駅として完成した[3][4]。 引用元:京葉線 - Wikipedia#2 沿線概況 - 2.1 本線(東京 - 蘇我) - 2.1.1 東京 - 新木場 |
まず、この文章には大きな間違いがある。それは「日本鉄道建設公団により建設が開始された」という部分である。成田新幹線の東京駅は第20記事で示したとおり鉄建公団ではなく国鉄が直接施工する計画であり、実際着工した通路部分はそのように工事が行われている。
このWikipediaの文章の出典は鉄道ピクトリアル(電気車研究会 刊)の1975年8月号、1976年10月号、1977年9月号とされている。先日、武蔵野線の長大トンネルに関する調査ため、東京都立中央図書館※3に行った際これら各雑誌を閲覧してみたが、いずれも国鉄の投資計画の記事の中に小さく成田新幹線に関する内容が書いてあるのみで、東京駅に至っては文中に「東京駅」という単語が含まれているのみで具体的な工事内容は一切書かれていなかった。よって、これを根拠に成田新幹線のホームが建設されたと主張するにはあまりにも無理がありすぎる。
また、この文章では成田新幹線のホームが建設されたのか否かが不明瞭な記述となっているが、これに関しては以下のような脚注が添えられている。
京葉線東京駅の建設の経緯については、「新幹線用として完成していたホームを流用した」とする文献(『新幹線発達史』イカロス出版、『新線鉄道計画徹底ガイド 新幹線編』川島令三著 山海堂)がある一方で、「新幹線の規格で設計された」とする文献(『新幹線がわかる事典』原口隆行著 日本実業出版社、『<図解>新説 全国未完成鉄道路線――謎の施設から読み解く鉄道計画の真実』川島令三著)が存在する。 引用元:京葉線 - Wikipedia#10 脚注 |
これらはWikipediaの編集に関する大方針「市販の書籍など信頼できる出典を用いる※4」に忠実に従ったものと解釈できる。だが、内容からしていずれの書籍も京葉線の工事記録を一切参照していないものと思われることから出典としては極めて不適切である。これらはいずれも簡単に手に入る一般の書籍という安易な手段に頼り過ぎた結果「間違いに間違いを重ねる」という悪循環に陥ってしまったものと思われる。要は「詰めが甘かった」のである。
以上に加え、Wikipediaの京葉線や成田新幹線の記事のノートを見ると、過去に行われた東京駅に関する議論は特定の編集者が取り仕切っていることがわかる。ここでは残念なことに別の編集者によって「成田新幹線の構造物を流用したものではない」ことを示す有力な証拠が示されながら、その意見が完全にスルーされ、「特定の編集者」の主張がほぼそのまま通ってしまっているように見える。もちろんこういった議論にはリーダーの存在が欠かせないだろう。だが、ここでは他者の意見を聞かない独裁者になってしまった結果、Wikipediaが持つ「複数の人間が編集に携わることで信頼性が高まる」という利点を台無しにしてしまっている。
最近では公式資料を基に本レポートと同じ見解(京葉線のホームが成田新幹線用に造られたものではないこと)を示した書籍やWebページが見られるようになった結果、川島氏をはじめとする多くの著者がこれまでの解釈を撤回して「ホーム建設に向けて調査を行った※5」といった程度の記述にとどめるようになった。しかし、長年繰り返された誤った主張を覆すのは容易なことではなく、今後も相当な年月にわたってこのような誤った説が流布され続けるものと思われる。今後、このような過ちを繰り返さないためには調査を行う際はまず建設史などの公式資料を見て、その上で実際との相違点を探すという手順をとるべきであり、こういった趣味人の間で影響力の大きい人に関してはこのことを特に意識する必要があるだろう。
批判ばかりになってしまって何とも後味の悪い終わり方となってしまったが、今後への「自戒」の意味も込めて敢えて厳しい主張をさせていただいた。
今後は果たしてどのような新しい発見があるのだろうか?楽しみにしながら調査を続けることとしたい。
▼脚注
※2:例「全国鉄道事情大研究 東京東部千葉篇(1) 2002年草思社」など
※3:なお、鉄道ピクトリアルの1995年以前の記事は国立国会図書館には収蔵されていない。
※4:よって個人のWebページやブログを出典として用いることはできない。くれぐれもこのブログを出典にしないこと。(ちなみに筆者はWikipediaの著作権に対する方針との兼ね合いにより、編集活動を行う予定は一切無い。)
※5:本レポートで参照した公式資料にはこのような記述はなかった。また、京葉線の駅設計に際して成田新幹線の計画を参考にしたかについても公式資料には一切記述がなく不明である。
▼参考
続・成田新幹線のルート - 編集中記
→川島令三氏の著書における成田新幹線に関する記述の変遷について「未来鉄道データベース」の種村和人氏による解説。
■エンディング
新東京トンネルを含む京葉線東京~蘇我間ではトンネルの建設のみならず、橋梁の架設、軟弱地盤における高架橋の建設方法など数多くの新技術が開発・導入された。この功績を称える観点から1990(平成2)年5月にJR東日本と日本鉄道建設公団に対して土木学会技術賞が贈られた。
今年、京葉線は全線開通から20周年を迎え、各地で記念イベントが行われているほか記念ヘッドマーク付き列車の運行が行われている。今年夏には20年ぶりとなる完全な新型車両E233系5000番台の導入が開始され、今後京葉線の車両は大きく進化することになる。
今後も首都圏の中心とベッドタウンをアクセスする主要幹線として、また東京ディズニーリゾートや幕張新都心といったウォーターフロントへ人々の夢と希望を乗せて走り続けることを期待したい。
京葉線開業20周年記念ヘッドマーク。2010年4月1日、海浜幕張駅で撮影。
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