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越中島駅~隅田川立坑(概説) - 京葉線新東京トンネル(10)
公開日:2010年01月04日00:12
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■隅田川トンネル:1km858m38~2km635m08(L=776.70m)
▼参考
京葉線工事誌 580~597・694~704ページ
越中島公務員宿舎受替え工事について 東工25-1(日本国有鉄道東京第一工事局)1974年3月
工期:1987(昭和62)年10月~1989(平成元)年5月(シールド掘進のみ)
●概説
隅田川トンネルの位置
(C)国土交通省 国土情報ウェブマッピングシステムカラー空中写真データ(平成元年)に筆者が加筆
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越中島駅を出ると、京葉線は再び上下線が別れた隅田川トンネルに入り、隅田川西岸に設けられた隅田川立坑へ向かう。平面線形は越中島駅を出た直後に半径1200mの左カーブで進路をほぼ真西に変える。勾配は越中島駅側から一律に下りとなっており、8パーミル、32パーミル、16パーミルと全体的にかなり急な勾配となっている。このように急勾配を多用しているのは隅田川の護岸基礎・河床との離隔を十分に確保するためである。
この隅田川トンネルより西側は掘削深度が深くなるため、シールドマシンには泥水加圧式が使用されている。当初の計画では越中島トンネルと同様、隅田川立坑から上り線トンネルを掘削し、越中島駅端部の立坑でシールドマシンを回転、下り線トンネルを掘削して隅田川立坑に戻るという工程となっていた。しかし、隅田川立坑の着工が大幅に遅れたため、シールドマシンをもう1基追加製作し下り線トンネルについては越中島駅側から掘削することとなった。このため、異例となる対向でのシールドトンネル掘進となった。一般に2本のシールドトンネルを並べて掘削する場合双方のトンネルは同じ方向に掘削が行われるが、これは先行するシールドが地質調査(調査坑)の役割を果たし、スムーズに工事が進むためである。しかし、この隅田川トンネルを含む京葉都心線は混雑が極限状態となっていた総武線を一刻も早く救済するという目的から工期がギリギリまで切り詰められており、他の工区が工期短縮に努めている中で当工区が「足を引っ張る」ということは許されないという状況からこのような対応となったようだ。
完成後のトンネルはこれまで述べた2トンネルと同様全区間で二次覆工を行っている。また、この隅田川トンネルは地下水圧が高い川の下や深部の帯水層中を通過するため、セグメント間には止水性に優れた水膨張ゴムを使用したシールを施している。水膨張ゴムとはゴムの中に水を吸うと膨張する材料(吸水性ポリマー※脚注1など)を配合したもので、周囲から浸透してきた地下水により膨張しセグメントの隙間を埋める働きをする。
▼脚注
※脚注1:「吸水性ポリマー」水分を吸収する機能を持つ高分子材料。材料自身の重量の数十倍の水分を吸収することができる。これが使用されている身近な製品の例が紙おむつである。
大きな地図で見る
公務員宿舎とトンネルの位置(Googleマップ)なお、地図上のトンネルの線は実際の位置をほぼ正確に指している。(工事誌と比較済み)
この隅田川トンネルは越中島駅を出た直後(東京起点2km500m付近)にアパート3棟が建つ公務員宿舎敷地内を通る。このうち、10階建のアパート2棟(16・17号棟)東端の基礎杭が隅田川トンネルに支障するため、アンダーピニング(受替え)が行われることになった。これについて、工事誌には以下のような記述がある。
京葉線工事誌694ページ 「第5節防護工事 - 5、公務員宿舎杭撤てっ去工 - (1)工事概要」 東京起点2k500m付近(江東区越中島1丁目、隅田川左岸)のトンネル上部に大蔵省関東財務局所有の国家公務員宿舎が存在し、この宿舎の基礎杭(場所打杭)がシールド掘進に支障するため、杭のてっ去工事が昭和60年9月に発注された。 公務員宿舎は5階建て1棟(15号棟)、11階建2棟(16、17号棟)の3棟が並列に立ち並んでいるが、このうち2棟(16,17号棟)の基礎杭がシールド断面内に位置しており、シールド掘進に支障しない最小限の範囲をてっ去することとした。受替杭は宿舎建築時に施工済みである。 (注:太字は引用者による。なお、原文のまま掲載しているためアパートの階数が「11階」となっているが、これは誤植である。(現地にて確認済み。)) |
「ちょっと待て。最後の一文は何だ?」
この公務員宿舎は1974(昭和49年)の航空写真に完成した状態で写っている。よって、上の文を見ただけでは京葉都心線の計画決定(1983(昭和58)年)の少なくとも9年前から先読みして準備が行われていると思えてしまうが、そんなことは当時の工事関係者に未来人でもいない限り不可能な話である。
もうおわかりだろう。この公務員宿舎のアンダーピニングもあの成田新幹線計画と関係しているのだ。その根拠となる記録が国鉄の企業内向け雑誌である「東工(日本国有鉄道東京第一工事局・刊)」に残されている。
東工25-1(昭和49年3月号)86ページ~ 「越中島公務員宿舎受替え工事について - (1)施工理由」 本件工事は、成田新幹線が江東区越中島1~2、東京駅から隅田川を渡ってすぐ、東京商船大学の前にある、国家公務員宿舎(10階建2棟、5階建1棟)のうち、10階建2棟の直下を、シールドにて通過する予定のため、将来シールド掘進時に、建物の基礎杭にあたり障害となる。そこで、シールド掘進に際して影響を及ぼさない位置に、新設基礎を設け、既設基礎をてっ去してシールド掘進を可能にさせようとするものである。 (注:太字は引用者による。) |
つまり、この公務員宿舎の地下も東越中島立坑と同様成田新幹線のルートであったのだ。さらにこの記録には本工事が受替杭のみの施工であり既設杭はそのまま残されたこと、シールドトンネルは上下線が別トンネルで並行する形で、外径は9m、中心間隔は13.3mとなっており、受替杭はトンネル寸法の変更や掘削時の影響を考慮してトンネル外面からさらに1m離したことが記されている。また、公務員宿舎と都道463号線(清澄通り)との境界付近には「第3立坑」なる構造物が計画されており、図面には立坑本体に加え南側に換気塔もしくは非常階段と思しき構造物が作られる計画となっていたことが示されている。下に示す1974年の航空写真を見ると敷地の区画は明らかにこの換気塔設置を前提にした形状となっており、この付近では成田新幹線建設に関して相当準備が進んでいたことがうかがえる。
なお、この「第3立坑」東側のトンネルは現在越中島駅がある区道144号線の下に入るように描かれており、成田新幹線はここから現在の東越中島立坑まで京葉線とほぼ同じルートを通ることになっていたものと判断してよいだろう。
受替杭の施工範囲と「第3立坑」の位置。(「東工25-1」86ページ 図1を元に作成)区画が換気塔設置を考慮した形状になっているのが分かる。
(C)国土交通省 国土情報ウェブマッピングシステムカラー空中写真データ(昭和49年)に筆者が加筆
この受替杭の施工は1973(昭和48)年に行われたが、肝心のシールドトンネルは全く工事が行われず、10年後の1983(昭和58)年には成田新幹線自体の計画が凍結されてしまった。代わって建設された京葉線隅田川トンネルは在来線用として設計されたため、外径は7.1m、中心間隔は10.8mへそれぞれ大幅に縮小されておりトンネルと受替杭の間にはかなりの余裕が生じている。なお、この公務員宿舎の北側にはその後もう1棟民間のマンションが建設されているが、建設開始が京葉都心線計画決定後の1984(昭和59)年(航空写真による)であることから、トンネル通過を考慮した基礎構造となっているものと思われる。(工事誌では全く触れられていない。)
地質の変化の様子(京葉線工事誌582ページ・図3-6-106を元に作成)
一方、その先の隅田川東岸直下(東京起点2km280m付近)では地盤が軟弱な沖積層(有楽町層)から硬質な洪積層(埋没段丘層・東京層)へ急変している区間を通過する。一般に地下鉄トンネルは地震に強いと言われているが、それは均質な地盤にトンネル全体が拘束された状態の下の話である。そのため、この地盤の急変部分について地震時の挙動を解析したところ、地盤の硬さの違いによる変位の差からセグメント継手部分に強い引張力が発生し、その一部は降伏応力※脚注2以上となる可能性があることが判明した。対策として、この区間についてはセグメント継手部分にゴムパッキンを挟んだフレキシブルジョイントを3か所設置し、地盤が多少変形しても直ちにトンネルが崩壊するようなことがないよう配慮されている。
ちなみに、このような地盤の変形に対する対策は他のシールドトンネルでも例があり、最近では2008(平成20)年10月に開業した京阪電鉄中之島線(大阪府)が挙げられる。中之島線では上町(うえまち)断層と交差する天満橋~なにわ橋間のシールドトンネルに地盤の変形へ追従可能なダクタイル鋳鉄製のセグメントを使用し、地震時の断層変位によるトンネル崩壊を防止している。
▼脚注
※脚注2:「降伏応力」材料が力を受けて変形する時、ある強さまでは力を取り除くとバネのように自然に元の形に戻る。この変形を「弾性変形」という。そしてある強さ以上の力を受けると変形が残り、自然に元の形に戻ることはなくなる。この変形「塑性(そせい)変形」という。降伏応力はこの塑性変形が初めて生じる力(応力)のことを指す。つまり、この降伏応力を超える力がかかると材料に永久に変形が残るということである。
▼参考
[減災]阪神大震災14年 上町断層 現状と課題 : 防災と復興 1・17から未来へ : 暮らし 社会 : 関西発 : YOMIURI ONLINE(読売新聞)
(つづく)
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