8月8日~15日にブルガリアで開催された「第21回 国際情報オリンピック」において,日本代表の一人,保坂和宏さん(開成高校3年生)が,全参加者中2位という快挙を成し遂げた。これは,日本代表としては,過去最高の記録である。
国際情報オリンピックは,高校生以下を対象とする5つの国際科学オリンピックの1つ。与えられた問題を解くためのアルゴリズムを考えてプログラムを作成し,アルゴリズムの優劣を競う。利用できるプログラミング言語はC/C++とPascal。プログラムの実行時間とメモリーには厳しい制限がある。
今回の国際情報オリンピックには,80カ国,301人が参加した。日本からは,副島真さん(筑波大学附属駒場高等学校3年生),滝聞太基さん(筑波大学附属駒場高等学校高3年生),保坂和宏さん,平野湧一郎さん(灘高等学校高3年生)の4人が,日本代表として参加した。
競技が行われるのは2日間(そのほかの日はスポーツや観光などの予定が組まれる)。国際見本市会場に選手の人数分の机とPCが用意され,指定の机に選手が着席後,朝9時に競技がスタートする。問題数は1日4問。午後2時までに,4問の問題のアルゴリズムを考え,コーディングし,ソースコードを提出する。問題文のオリジナルは英語だが,前の日の晩に選手に同行した役員が日本語に翻訳するので,日本の選手は問題文を日本語で読める。
競技が終了すると,提出されたソースコードがサーバー上でコンパイルされ,採点される。具体的には,あらかじめ用意されたいくつかの採点用データを入力し,実行時間とメモリー容量の制限内で正しい出力が得られるかどうかを確認する。例えば,ある問題で20個の採点用データがあり,1個当たりの配点が5点で,10個は制限内で正しい結果を出力,10個は制限オーバーだったとすると,その問題の点数は50点となる。配点は各問100点で,満点は800点である。
2日間の競技の結果,滝聞さんと保坂さんが金メダル,副島さんが銀メダル,平野さんが銅メダルを獲得した。といっても,夏季オリンピックや冬季オリンピックのように,優勝が金,2位が銀,3位が銅というわけではない。全選手中上位12分の1の選手が金メダル(今回は26人),金に続く12分の2が銀メダル(同50人),銀に続く12分の3が銅メダル(同73人)を獲得する。参加選手の半分が,メダルを獲得できるわけだ。
「将来のことはまだ決めていない」
この国際情報オリンピックの日本における活動主体は,特定非営利活動法人の情報オリンピック日本委員会。同委員会が,日本代表を選抜するための国内大会(日本情報オリンピック)の予選/本選やセミナー,トレーニング合宿,国際情報オリンピックへの選手派遣などを実施している。活動資金はJST(科学技術振興機構)を通じた文部科学省の補助金が中心。委員会設立当初から富士通が賛助会員として支援しているほか,2008年からは,NTTデータがオフィシャルスポンサーとして支援している。企業にとって直接的なメリットはあまりないが,こうした活動への支援は,ぜひ続けてほしいと思う
日本選手団の団長を務めた日本大学文理学部の谷聖一教授は,良いアルゴリズムを設計するための「数理的な考え方」に触れる機会を多くの若い人たちに提供することが,情報オリンピックの大きな目的という。「Googleのような素晴らしいサービスを開発するためには数理的なセンスが欠かせない。しかし,日本では海外に比べて数理的な考え方に対する関心が低い。この状況を少しでも変えて,結果として日本の競争力を上げたい」(同)。
ところで,高校生が挑む国際情報オリンピックの問題とは,どれくらいの難易度なのだろうか。プロのプログラマなら誰でも解けるのだろうか。この点を谷教授に聞いてみると,「アルゴリズムが分かっていれば実装はできると思うが,肝心のアルゴリズムを思いつけるかどうか。アルゴリズムを思いつくためには,よっぽど数理的センスが優れているか,大学か大学院できちんとアルゴリズムを学んでいる必要があるだろう」という。今回の問題は,情報オリンピック日本委員会のWebページに載っている。腕に覚えのあるプログラマはチャレンジしてみてはどうだろうか。
高レベルの数理的能力を競うこの大会で,保坂さんは世界で2位(1位とは14点差)だった。これは,考えられないくらいすごいことのようだ。保坂さんは,昨年の国際情報オリンピックでも金メダルを獲得しており,国際数学オリンピックでも2008年に銀メダル,2009年に金メダル(8位)を獲得している。まさに天才である。
日本の選手団が帰国した直後の8月17日。国際情報オリンピックの記者向け報告会が開かれた(写真)。質疑応答になると,ある記者が選手たちに「日本のIT業界は弱い。ぜひ,君たちのような天才に,業界を変えてほしい」と熱く語りかけたが,当の選手たちは「IT業界」と言われても,全くピンと来ていないようだった。
記者も,ITエンジニアやIT業界に関連した答えを期待しつつ「将来どんな仕事をしたい?」と聞いてみたが,「研究に近い仕事」「まだ決めていない」と,IT業界にとっては,つれない返事。それでも,マイクロソフトのビル・ゲイツやGoogleのセルゲイ・ブリン,ラリー・ペイジといった天才が世界を変えたように,保坂さんのような天才が将来,日本のIT業界を変えてくれることを,密かに期待してしまうのだ。