デジタル家電へのLinuxの採用が拡大している。シャープのAQUOS,松下のVIERA,ソニーのBRAVIA,東芝のREGZA,日立のWoo---日本の主要メーカーの薄型テレビのブランドのほとんどがLinuxを採用。携帯電話でも,NECとパナソニックモバイルのFOMA対応機種は現在全面的にLinuxを搭載している。薄型テレビで年間数百万台,携帯電話でも千万台のオーダーでLinuxを載せた機器が出荷されていることになる(関連記事1,関連記事2)。
オープンソースがこれら組み込み機器で当たり前になってきたことで,新しいタイプの技術者が出てきたと,家電向けLinuxに関するNPO(非営利組織),CE Linuxフォーラム マーケティングチェアの上田理氏は言う。上田氏はそのような新しい技術者を“守護霊をしょったエンジニア”と表現する。そして組み込みLinuxの課題は“中央線であること”だという。
記者の頭は「?」でいっぱいになった。守護霊だの中央線だの,一体全体どういうことなのか?
「Linuxが組み込みで使えるワケはない」と言われた6年前
デジタル家電でLinuxの採用が拡大している大きな理由は,これらが家電からコンピュータへ,しかもネットワーク・コンピュータへと進化しているからだ。コンピュータとして本格的な機能を持つOSが求められる。またテレビがブラウザを搭載しインターネットやパソコンとつながることも当たり前になりつつある。TCP/IPベースのライブラリ,アプリケーションで,LinuxのようなUNIX系OSの品揃えは圧倒的だ。
しかし「6年前,日本エンベデッド・リナックス・コンソーシアム(Emblix)を設立した時には『Linuxが組み込みシステムで使えるワケはない』と言われた」と,Emblix会長の早稲田大学理工学部教授中島達夫氏は振り返る。Emblixは産学の連携により,組み込みLinuxの普及や改良を目的として2000年に設立された団体である。事実,当時のLinuxには,組み込みシステムに使うには数々の問題があった。起動時間,リアルタイム性,省電力のための電源管理機能,使用メモリー・サイズ,などなどだ。
これらの課題は,ひとつひとつ解決されていった。ハードウエアの進歩によってメモリーが安くなり,CPUパワーが向上することでカバーされた部分もあるが,それだけではない。Linuxがオープンソース・ソフトウエアであるため,多くの技術者が企業の枠を越えて改良を公開してきた。それら積み重ねられた改良のおかげで,組み込みLinuxの課題は急速に解決されてきた。
“守護霊ネットワーク”を活用した“四万十川のウナギ漁型開発”
オープンソースのOSを採用したことは,単にOSが変わったことにとどまらず,技術者や開発のスタイルを変えた。それを表現したのが冒頭で紹介したCE Linuxフォーラム上田氏の“守護霊”という言葉だ。「“守護霊ネットワーク”を背負った技術者が“四万十川のウナギ漁型開発”を行うようになった」(上田氏)。
上田氏の言う“守護霊ネットワーク”とは,世界に散らばる,同じ専門分野を追いかけている技術者たちのネットワークだ。ある課題に突き当たった時,“守護霊ネットワーク”に意見を求める。四万十川のウナギ漁は,川にカゴを仕掛け,翌朝カゴを引き上げると,ねぐらを求めるウナギがその中に入っているという仕組みだ。同様に,課題というカゴを仕掛けて帰宅すると,翌朝,海外から「私はこうやった」「こういう方法がある」というメールが入っている。翌朝なのは時差があるからだ。
そんな技術者が,実際に上田氏の職場に出てきているのだという。上田氏はソニーのエンジニアでもあるが,時には自分が他の技術者の守護霊になり,ウナギをカゴにかけている(アイデアやコードを提供する)。そういった,お互いに助けあう関係を作り上げているからこそできるワザだ。
CE Linuxフォーラムは,ソニーと松下電器産業の2社が発起人となって設立したNPOである。世界の家電メーカーや半導体メーカーなど約50社が参加している。米国に拠点を置くが,日本での活動も盛んだ。東京で2カ月に1度,開催されているイベントはジャンボリーと名付けられている。ボーイスカウトのジャンボリーと同様,お祭りのように自由に意見を交換してほしいという願いが込められている(関連記事)。実際にコードレビューも頻繁に行われているという。
市場で火花を散らすライバルメーカーの技術者が,OSのコードに関しては力を合わせて開発を進めているというのは,考えてみれば感慨深いが,それこそがLinuxが急速に進歩した理由だ。そもそもCE Linuxフォーラムそのものが,長年のライバルが手を取り合うことで生まれた。
では課題である“中央線”とは何を意味するのか。