ITProの読者にとっては釈迦に説法だろうが,米Google社に代表されるWebサービス企業は,高機能なサービスを無料で次々と提供しながら発展してきた。Web2.0系と言われるこれらの企業は,自社サービスにユーザーを囲い込むのではなく,際限なく解放することで,結局はすべてを飲み込んでいくスタイルを取る。こうして既存のビジネスやサービスを取り込んできた彼らの次のターゲットはおそらく,家庭に置かれたテレビに代表されるデジタル民生機器だろう。だが,Webサービス企業に相対するはずの家電メーカーの動きのほとんどは,まだ水面下にある。

 近い将来,Webサービスとの連携を前提とする「Web家電」が登場するのは間違いない。主導権をどちらかが取るかはともかく,Webサービスの取り込みは家電メーカー側にもメリットがあるからだ。ハードウエアの能力に制限があるエンドユーザー側の機器に比べて,インターネット側のサーバーは機能や性能を追加しやすい。Web家電ではサーバー側の改良で出荷後に新しい機能を追加したり,性能を上げられる。また,機器単体では実現が難しい機能をサーバー側に移し,両者が連携するように機器を作れば,新たな付加価値を生み出せる。

 だが,これにはいくつかの高いハードルがある。Googleや動画投稿・共有サービス「YouTube」のようなWebサービスは,パソコンで動作する高機能な(Ajaxが動いたり,Flashが動作する)Webブラウザを前提にしている。だがデジタル民生機器では,このような高機能のWebブラウザの搭載自体が厳しい。現状のデジタル民生機器は,マイクロプロセサの速度やメモリ容量を要求仕様ギリギリで作る。マイクロプロセサの動作速度は数百MHzが普通。メモリもせいぜい64Mバイトである。GHzクラスのプロセサやGバイトのメモリが当たり前のパソコンとは根本的な能力が違う。

 組み込み機器向けWebブラウザの多くは,最近になって相次いでAjaxに対応するなど,高機能化を進めている。こうしたブラウザならデジタル民生機器のハードウエアでも動作する。だがそれでも,機器操作のためのGUI(graphical user interface)を,Webブラウザに任せるのは難しいと思う。家電のGUIはきびきび,さくさく動く必要があるからだ。WebベースのGUIはパソコン上で動かしても「もっさり」している。デジタル民生機器の貧弱なハードウエア上で稼働するWebブラウザに,家電らしいきびきびした操作感を望むのは酷である。

 機器とサーバー側でどのように機能を分担するかを決めるのも,難しい問題である。デジタル民生機器では,MPEG動画の再生といった「重い処理」は専用のハードウエアが分担する構成になっている。パソコンのようにソフトの差し替えで,後から新たなCODECを追加するといった対処は難しい。使うかどうか分からない機能のために,ハードウエアの処理能力に余裕を持たせるような設計はコストに跳ね返る。

 つまり,現状のパソコン向けに作られたGoogleやYouTubeのサービスをそのまま,現状のデジタル民生機器のハードウエアで利用するのは無理がある。だからといってiモードのように,サービス側が機器向けにコンテンツを作り直すのは本末転倒である。


CMS型のWebサービスなら民生機器でも対応可能?

 こうしたジレンマの突破口になりそうだと記者が期待しているのは,Webサービス側でいま急速に進んでいる,サーバーのCMS(content management system)化や,外部からサーバーの持つコンテンツを自由な形式で取り出せるAPI公開の動きである。

 コンテンツの素材をデータベースに格納し,要求が来た段階で組み合わせて送り出すCMS型のWebサービスなら,受信側の要求に合わせてデータの形式をある程度自由に変更して送れるはず。同じサーバーがHTMLとRSSのデータを送り分けているように,相手がパソコンか,デジタル民生機器かに応じて,それぞれに適したデータを返せるだろう。

 こうしたCMSの存在を前提すれば,機器には必ずしもWebブラウザを搭載する必要がなくなる。例えば,必要なコンテンツだけRSS形式で受け取ることができるなら,機器側に搭載するのはRSSリーダーのような軽量なアプリケーションで十分なはず。あれもこれもではなく,機能が絞れるのなら,デジタル民生機器のハードウエアでも十分,実用的に動かせるものになる。

 さらに,機器メーカーやサービス提供者が運営に関与するポータルWebサーバーを,外部のWebサービスと連携するためのゲートウエイ・サーバーとして使えば,機器側のクライアント・ソフトウエアの機能は最小限で済む。魅力的なWebサービスの機能を「マッシュアップ」で取り込み,ポータルWebサーバーで使いやすいようにデータを再構成してから,機器に送ればよい。このスキームならWebサービス側に特別な対応をしてもらう必要すらなく,一石二鳥だ。

 やや旧聞になるが,2006年4月7日に発表された松下電器産業とスクウェア・エニックスの提携には,こうした未来像が隠されていると記者は考えている。この提携はスクウェア・エニックスが開発したGUI実行環境「SEAD Engine」を,松下電器のデジタル民生機器の統合開発基盤「UniPhier」に移植するというものだ。SEAD Engineは機器操作のGUIに3次元CGの表現を取り入れたり,異なる機器で操作感を共通化するための基盤技術として利用される。

 SEAD Engineは,スクウェア・エニックスが2003年に子会社化した米UIEvoluiton社が開発したGUI実行環境「UIEngine」を基にしている。UIEngineはインターネットに置いたサーバーと通信/連携する機能を持つ。別の機能を持つプログラムを読み込んでGUIの機能を拡張したり,プログラム実行中にユーザーが必要とするデータをサーバーから先読みして,通信の遅延を感じさせない操作感を実現できる。

 つまり,SEAD Engineの採用で,松下電器のデジタル民生機器は差し替え可能で高機能なGUIと,Webサーバーと連携するWebクライアントの機能を,両方同時に手に入れる。つまり,松下電機の狙いはSEAD Engineの標準搭載で,UniPhier採用のデジタル民生機器を「Webレディ」に変えることにあるのではないだろうか。

 松下電器は,2007年にSEAD Engineを採用したデジタル民生機器を商品化する,とアナウンスしている。果たして,Web家電に一番乗りするのは松下電器なのか。今は鳴りを潜めている別のメーカーなのか。今から楽しみだ。