「アイ・トラッキング」という用語をご存知だろうか。対象物を見るときの、人の視線の動きを測定することだ。商品を陳列棚のどこに置いたら目にとまりやすいかなど、マーケティング戦略を立てる上での調査で使われている。ユーザーがスムーズに製品を使えるかを調べるユーザビリティ調査などでも活躍している。
最近では、この手法がWebサイトの情報伝達効果測定にも採り入れられ始めている。Webページを見た人の数はアクセス数から把握できるが、ページのどの部分がどの程度見られたかは分からない。ユーザーの視線の動きを測定して、重要な情報が本当に見られているかどうかを調べる。
2006年6月にジャパン・マーケット・インテリジェンス(JMI)が開始した「Web Eye」も、こうしたサービスの一つ(発表資料。)実際にどんな調査が行われ、どのようにWebサイト構築に生かされるのか。Web Eyeを実体験してみた。
特別な装備は不要
Web Eyeの調査で使うのは、一見何の変哲もないディスプレイ(写真1)。視線測定というテーマからゴーグルのような装置を身に付けることを覚悟していたので、やや拍子抜けだ。ただ注意して見ると、画面の周囲には通常のディスプレイにはないパネルのようなものが数カ所埋め込まれている。ここが赤外線の照射個所だという。ここから目に赤外線を当て、その反射光を測定することで、視線の動きを測定する。
被験者は、このディスプレイに向き合い、Webサイトを眺めるだけ(写真2)。大がかりな装置がないので、特別な意識をせずに実験に臨める。今回は、JMIのトップページを数分間閲覧し、その間の目の動きを測定してもらった。
その結果が写真3だ。青い丸は目線が移動した場所、中央の数字が見た順番を示している。その位置を見ていた時間が長いほど、丸は大きく表示される。中央の画像、右側のメニュー項目、そして下部にあるバナーの辺りに丸が集中している。自分では全体をまんべんなく見たつもりでいたのだが、こうして測定してみると、実際に視線を送っている個所はかなり限定されるのが分かる。
複数人の調査の結果を総合して見ることもできる。例えば、10人程度の被験者の結果を総合したものが写真4。見られた時間が長い個所ほど赤く表示されている。やはり、ユーザーが見ている個所にはかなり偏りがある。実際の調査では「典型的な傾向を見るには、最低でも75人の被験者に見てもらう必要がある」(JMIの橋本幸子ゼネラル・マネージャー)。
“見た”だけでは意味がない
調査はこれだけでは終わらない。視線の測定が終わった後は、そのWebサイトのどんな情報が記憶に残っているか被験者にインタビューする。見たことと、覚えていることは別だからだ。視線は確かに届いていても、ユーザーの記憶に残っていないことも少なくない。
実際、過去の調査でこんなことがあったという。調査対象は、とあるオフィス向けコピー機のポスター。最も目を引いたのはポスター中央の製品写真だったが、隅に置かれていたメーカーのブランドロゴにも、38%もの人が視線を送った。だがその後のインタビューで先ほどのコピー機のメーカー名を尋ねたところ、正しく答えられた被験者はたったの8%だった。それ以外の被験者は、もっとシェアの高い他メーカーの名前を挙げたという。これでは、せっかく高額の宣伝費を投じても、他メーカーの宣伝をしているのと同じことになってしまう。
それだけに、調査後のインタビューは重要だ。どうしてその場所に視線を送ったのか、どんな情報が記憶に残っているか、などを聞き取り調査する。この結果と視線のデータを合わせて、サイトの効果を判断するという。
Webサイトの健康診断
アイ・トラッキングは、Webサイトの健康診断だと橋本氏はいう。Webサイトは既に飽和状態にあり、他との差別化が大きな課題になっている。生き残りをかけて、情報の取り出しやすさや使い勝手を向上させなければならない。「視線の動きは、そのための診断情報だ」(橋本氏)。
健康診断と同じく、アイ・トラッキングで分かるのは、そのサイトのどの部分に問題があるかだけ。どう治療すべきか、別途専門家と相談しながら、各企業がそれぞれで考えるしかない。だが現状では「ほとんどのサイトが、自分のどこが悪いかすら分かっていない状態。どこが悪いかが分からないと、直しようがない」(橋本氏)。
調査費用は調査内容によって変わるが、被験者が200人ほどの場合で400万円程度が一つの目安だという。決して安価ではないが、「例えばWebサイトのデザインを変更するときなどには、大きなリスクが伴う。デザイン変更が有効かどうかを事前にきちんと調査することは、リスク軽減のためにも重要」(橋本氏)。既に、多数の問い合わせが寄せられているという。