最終日の夜,僕たちはホテルの一室に集まり,お酒を飲み,ノートPCを開いてネットを見て,議論をし,語り合った。夜がふけて,一人,また一人とその場で眠りに落ちていく。開きっぱなしのTwitterでいたずら発言したり,セクシャルなDVDを手に持たせて写真を撮ったり,いわゆる若者のバカ騒ぎである。

 僕は,なぜか眠れなかった。残り12時間を切ったアメリカ滞在の最後を楽しむかのように,ホテルの中を歩き回って,写真を撮った。目があった人とは会話をした。いつものつたない英語で,たわいもない内容の話をする。僕は,僕の英語が通じることをもう知っていた。

 そのまま朝が来た。空港へ移動し,帰りの飛行機に乗るときには,体が限界だったのだろう。機内はずっと寝て過ごした。周りが騒々しくなって目を覚ますと,成田空港だった。でも,シリコンバレーでエンジニアになりたいという熱だけは,冷めていなかった。

変わったのは僕

 旅を振り返りながら,この記事を書いた。この旅で僕が成長したという実感はほとんどない。ただ,見てきて感じただけだ。

 そうはいってもわかったことはある。僕が,アメリカに行ってエンジニアになるというキャリアは,選択肢の一つになりうるものだった。ばくぜんと目の前にあった壁は,もうない。

 熱も,帰国してから何回寝ても冷める様子はない。僕は,アメリカの大学院に進学するための下調べを始めた。コンピュータ・サイエンスや英語の勉強も。とくに英語の勉強は,旅の前よりも,ずっと楽しくなった。

 きっと,JTPAシリコンバレー・カンファレンス2009に日本から参加したみんなも,シリコンバレーにどうやって行くかを画策して,すでに行動を始めていることだろう。僕たちが再びシリコンバレーを訪れるときは,受験か,行き損ねた会社への訪問,あるいは就職や仕事かもしれない。

JTPAシリコンバレー・カンファレンス2010へ

 僕の旅のきっかけになった,JTPAシリコンバレー・カンファレンスは,2010年もきっと開催されるだろう。2009年のそれに参加できなかった人,シリコンバレーのことを知っていて訪れてみたかったが不安を持っている人がいれば,僕はその背中を押したい。

 このカンファレンスは,僕にとってシリコンバレーを訪れるためのほんの小さなきっかけだった。初めての海外だろうと,英語に自信がなかろうと,シリコンバレーへ行ってみたいという意志に,このカンファレンスを組み合わせれば,たくさんの仲間と,行動をともにできる。僕も,一人ではとてもできないことを,たくさん実現できた。

 英語力はちょっとでいい。貯金はいくらか必要だ。でも,それらを惜しみなく使うことができれば,使った以上のリターンがある。僕はもちろん,今回の参加者全員がそう感じているだろう。Googleで,「svc09」というキーワードで検索してみてほしい。今回の参加者たちの声を,たくさん読むことができる。

 僕と同様に,多くの体験をした人がいる。僕よりもすでに行動を起こして,再びシリコンバレーに行くことになっている人が興奮気味につづった文章もある。来年の3月か4月,「svc10」というキーワードで検索したとき,また同じようにたくさんの文章を見ることができたらいいなと思う。

 それはきっと素敵な文章に違いない。僕がした経験で,僕が変わったことと,きっと同じように。訪問記はここで終わりである。最後に僕たちの訪問を受け入れてくれた皆さまにお礼を伝えたい。ありがとうございました。