世界の標準化団体の間で,通信の次世代ネットワーク基盤「NGN(next generation network)」が大きな話題を集めている。NGNの標準化は通信事業者のネットワークの相互接続に不可欠な一方,国家戦略的な側面もある。情報通信分野の技術政策を統括する総務省の鬼頭審議官に,NGNの標準化作業で日本が果たすべき役割などを聞いた。
■IPで拝した後塵をNGN で巻き返すシスコの後追いばかりではダメ
——NGNの標準化は日本にとってどんな意味を持つのか。
NGNは今の電話網のIP化の先に来る,新しいネットワーク・アーキテクチャだ。「ITU-T(International Telecommunication Union-Telecommunication Standardization Sector,国際電気通信連合の電気通信標準化部門)」などの標準化機関の定義では,品質保証やセキュリティ機能を持つ高度なIP網であり,固定と携帯の融合「FMC(fixed mobile convergence)」を前提とした統合ネットワークである。
将来の通信事業者のネットワークは,これまでの電話網からNGNに必ず移行する。NGNの要件の中には,既にある技術で実現できるものもあるし,新しい技術が必要な部分もある。そこを議論しながら詰めていくのがNGNの標準化だ。
とはいえ,単に机上で標準を決めるのではない。研究開発や実証をやりつつ標準化を進めるというプロセスがいる。標準を決めたら終わりではなくバージョンアップもある。つまりNGNには,メーカーが新しい技術を盛り込める余地がまだまだあるということが重要だ。
現在のIPの舞台では,日本のメーカーが入る余地は全くない。ルーターは米シスコシステムズや米ジュニパーネットワークスが押さえている。日本もNECと日立製作所がアラクサラネットワークスを作って巻き返しを図っているが,両者の牙城を切り崩すに至っていない。
だがIPで後塵を拝したメーカーも,NGNでは巻き返すチャンスがある。今一番頑張っているのは欧州。欧州のメーカーは自分たちの研究成果を標準化の舞台に持ち込んで,NGNで主導権を握ろうとしている。
日本メーカーも,このように新しい分野に積極的に乗り出さないとならない。今のようにシスコの後を追いかけているだけでは,その差は開くばかり。絶対に追い付けない。
——NGNの標準化は日本の産業力の強化,つまり国益に結び付く戦略的なものであると。
その通り。NGNで巻き返せないと,情報通信分野で日本のメーカーにはもう未来はない。
そのためには,日本の産業が勝てる技術分野をNGNの標準にして,世界市場を切り開く努力と戦略が不可欠だ。「日本のメーカーが作る製品を国際標準にしたい」というのが政府の気持ちだ。
日本は巻き返しを図るのに格好の環境がそろっている。政府のe-Japan戦略や通信事業者同士の競争の結果,既に素晴らしいネットワーク環境があるからだ。特に光ファイバが行き渡り,ブロードバンドをこれほどじゃぶじゃぶ使える国は日本以外にはない。このアドバンテージを生かすべきだ。
——NGNの標準化を推進する上で,総務省はどんな取り組みを進めているのか。
総務省の仕事は,日本の通信の将来像を描くこと。具体的には,日本は世界最先端のユビキタス・ネットワーク社会を作るというコンセプトを掲げ,その旗振り役を担うことだ。
そのためにはNGNの標準化作業に加え,社会全体が新しいネットワークを喜んで使うような「顧客作り」を通じて標準化をバックアップしようと考えている。
メーカーはこれを満たすような研究開発を進めて,標準化で世界をリードしてほしい。もちろん我々は旗を振るだけではなく,それなりの研究資金も出す。
このほか,審議会の中に次世代IPインフラ委員会というグループも作った。ここでは事業者,メーカー,大学の先生などを集めてNGNの戦略を議論している。
■日本単独では限界も中韓の協力を得ながら進めたい
——2004年10月にブラジルで開催されたITU-Tの総会(WTSA)に出席したと聞く。今後の標準化活動の大枠は見えてきたのか。
NGNに対する関心は相当なもので,多くの話題はここに集中した。これから4年間,ITU-Tの活動の中でおそらくNGNが最大の目玉になるだろう。それは各国とも認識している。NGNを押さえることは情報通信の世界をすべて押さえることになりかねないので,非常に波及力が大きい。
総会では,具体的な標準化活動を行う研究委員会(SG)の役職の選出も行われた。今後4年間の標準化活動をけん引するポストでもあり,我々日本も非常に力を入れて戦略的に進めた。結果として議長席が二つ,副議長席を八つと,実に多くの役職を獲得できた。両方合わせると10人となり,日本が世界で最も多くのポストを押さえたことになる。
中でも重要なのがNGNの検討を進めるSG13,SG11などの4委員会だ。そこには議長,副議長のどちらかに日本人がいる。国としてNGNのイニシアチブが取れる体制を確保できた。
——議長,副議長のポストに就いた人はNTTやKDDIなど通信事業者がほとんどだ。
うん,そこが弱い。政府がNGNに一生懸命になっている理由は,メーカーにもっと元気を出して積極的になってほしいからだ。
例えば中国などは,標準化の会合の舞台でプレゼンテーションを行っているのは,メーカー関係者がほとんど。それに対して日本は,相変わらずNTTやKDDIが頑張っているだけ。非常に対称的だ。
日本のメーカーは国際的な標準化活動に腰が引けている。はっきり言えば,会社から見るとメーカーの標準化部門は直接お金を儲けているわけではないので,海外出張ばかりして遊んでいるように見えるのではないか。実際には決してそうではない。国益を考えると非常に重要な人たちだ。
標準化の担当者は長期にわたって,標準化団体にかかわる必要がある。ITUの場合,来ている人はみな10年選手。ファミリーのような関係を築いており,その中に入ることが極めて重要なのだ。ポンと行ってすぐに入り込めるものではない。
今回は良かったことに,メーカーから議長になった人が1人いる。我々としては通信事業者だけじゃなく,もっともっとメーカーにも標準化活動に参加してほしいと思っている。
昔はNTTが中心となって,NEC,富士通,沖電気工業,日立製作所といった日本メーカーの情報通信機器の開発を仕切っていた。メーカー間のジョブ・シェアリングも上手くいき,この分野で日本の強みを出してきたと思う。
しかし,その仕組みがいつの間にか疲弊してしまった。NTTは研究開発には長けていたがグローバルな視点が欠けていたため,メーカーは情報通信機器の国際競争の中で取り残されてしまった。もっとも,NTTがメーカーの産業政策に対して責任を持つ必要はないわけだが。
先日,あるメーカーの社長から「我々をリードしてくれるような,標準化の旗振り役となる公的機関が欲しい」と言われた。それもあって政府としては,機器の相互接続など標準化に向けた実証作業などを,独立行政法人の情報通信研究機構(NICT)でできないかと検討している。
国がかかわれば採算性をあまり気にせずできる。日本の標準化活動の「へそ」のような機関として,息の長い活動ができたらと考えている。
さらにメーカーの中で標準化部門の人員を維持できないのであれば,情報通信研究機構に席を用意する構想もある。
——欧州には「ETSI(European Telecommunications Standards Institute,欧州通信規格協会)」という標準化機関がある。活動は非常に活発で,NGNでもETSIで議論された結果がITU-Tに持ち込まれることが多いようだ。
欧州は歴史的に,非常に強い勢力だ。標準化の舞台では実に良くまとまっている。国の数も多いので,欧州全体で数としての力を出せる。
欧州と日本とでは,利害が全面的にぶつかることが多い。日本は単独では勝てないので,仲間作りが必要だと感じている。仲間として力になるのは中国と韓国。形式的にはアジアでまとまるのがベストだ。
実は「APT(Asia-Pacific Telecommunity,アジア・太平洋電気通信共同体)」という国際機関がある。そこでまずアジア・太平洋地域の意見をまとめ,ITU-Tなどの国際的な標準の舞台に議題を持っていくことにしている。ただし,欧州のように一つのまとまった力を出すには至ってない。
APTの中で発言力があるのは,日本と中国,韓国。おおむね日中韓でいろいろな取り組みを進めている。本当はもっと緊密にやりたいが,歴史認識の問題などがあり,時々うまくいかなかくなる。
政府レベルでは,日中韓で毎年1回,大臣会合という枠組みがある。情報通信分野における3国の協力についてもその場で決めている。機が熟したら,NGNを議題に取り上げようと考えている。今後,NGNが日中韓協力の大きなシンボルになればと期待している。
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