IT型情報社会が知っておかなければならないこと

前々回の「新しいことばのデザインパターンの追求」までのいくつかのエントリーでマーシャル・マクルーハンのメディア論を取り上げてきています。
『メディアの法則』から『メディア論―人間の拡張の諸相』を経て、『グーテンベルクの銀河系―活字人間の形成』を読みはじめているのですが、読めば読むほど、僕たち日本人って、西洋が「情報」というものにどうやって取り組んできた結果、近代から現在に連なる社会を築き上げてきたのかということを、本当に表面的にしか理解してこなかったのだなということを痛感します。

近代というのは、人工的な連続性の地平の上に知をアーカイブし編集可能にすることで、富の生産力を向上してきたわけで、それ自体が必然的に伝統を重んじる姿勢を強く内包することになるはずですが、どうも僕ら日本人はそのあたりのことがよくわかっていません。表面的にしか近代を通過してこなかったために、「日本の伝統を守る」とかいいはじめると、途端に現在と切り離された状態になってしまったり、逆に現在を考えようとすると伝統を活かすことができないし、歴史の連続性を使えなかったりします。
自分たちの近代とそれ以前を、歴史という連続性をもった舞台のうえで編集しなおし、独自の手法を生み出すのが苦手です。また、活かすことができないから、自分たちの過去に関心がもてずに、近代以降の狭い範囲でしか、知のアーカイブを活かせません。それでは近代的思考で他の国の人々に勝てないのも当然だろうと感じています。
その逆にマクルーハンや、前に紹介したフランセス・A・イエイツの『記憶術』書評)などを読むと、いかに西洋が近代に至る際に情報を蓄積することで富の源泉に変換する技を生み出し、それを近代から現代において有効活用してきたかがよくわかります。

結局、こうしたあたりの近代化のための通過儀礼をいまだにやらずに済ませていることが、現在のITを中心テーマにした経済状況において、日本が置いてけぼりをくっている最大の要因である気がしてます。つまり、情報がよくわかってないんだろうな、と思っているわけですが、そんなことを書こうとして、マクルーハンの『グーテンベルクの銀河系―活字人間の形成』のamazonアフィリエイトのリンクを作るために、Googleで同書を検索していたら、松岡正剛さんがまさに似たようなことを書いていたことを知りました。

しかし、ここであらためて強調しておくが、本書には、今日のIT型情報社会が知っておかなければならないことのほとんどすべてが、まさに触知的に暗示されているといってよいだろう。

「今日のIT型情報社会が知っておかなければならないこと」。
そう。いまの世界経済において中心的な役割をになっているITと呼ばれる情報に関する技術を理解するためには、イエイツやマクルーハン、それからバーバラ・M・スタフォードらが教えてくれる、西洋において情報がどのように扱われ、それが人間または社会に対してどのような影響をもたらしてきたのかを理解する必要がありそうです。

建築という記憶のためのメディア

例えば、西洋における記憶術の変遷をみてましょう。

イエイツは、『記憶術』のなかで、西洋における記憶術が古代から中世、ルネサンスを経て変化する様を詳細に論じています。

この術は、記憶の場としてその時代の建築を使い、そこにおくイメージとしてその時代のイメジャリーを用いる都合上、他の技芸同様、古典時代、ゴシック時代、ルネサンス時代といった時代区分をもっている。
フランセス・A・イエイツ『記憶術』

ここで注目したいのは、その記憶の術が建築と深く結びついている点です。

古代においては、キケロのような雄弁家が自身の演説内容を記憶するために記憶術を用いていました。その初期の記憶術においては、建築物という場に置かれるイメージは記憶を保とうとする人の頭のなかに想起されるもので、なんらかの物理的なメディア(!)のうえに描かれるものではなかったといいます。
まだ記録のメディアとしての紙が十分に用いることができなかった時代です。あくまで建築というすでに存在しているメディアのなかで、ある特定の部屋、ある特定の場所に、特定のイメージを想像上置くのと同時に、そこで記憶すべき内容(雄弁)を関係づけることで記憶の強化を図ったのが古代の記憶術です。

その記憶術はキリスト教社会となった中世において大きく変容します。
イエイツは、

スコラ哲学の時代は、知識増大の時代であった。それはまた、<記憶>の時代でもある。この<記憶>の時代にあって、あらたな知識を記憶するためにあらたなイメージが必要とされた。キリスト教の教義や徳育において枠組みとなる主題自体は、この時代になっても、さほど大きく変化したわけではない。しかし、その細部は、複雑さを増すこととなった。
フランセス・A・イエイツ『記憶術』

と述べていますが、この時期、記憶術を用いる際、古代においては個々人が自分の頭のなかだけで想像し利用したイメージが、教会の壁面やその空間に絵画や彫刻などの芸術作品として物理的な実体をもった表現として外在化されるようになったといいます。

スコラ哲学の大成者であるトマス・アクィナスは同時に中世における記憶術の再編者でもあり、アクィナスをはじめとするカトリック教会の神学者たちは、古代における雄弁家の弁論術のために用いられた記憶術を、説教師たちが行う説教の記憶のための術に改編しました。そして、説教師たちが説教を行なう際の記憶を助けるために、中世のゴシック建築に刻まれた絵画や彫刻などの芸術表現を用いて記憶術におけるイメージを強化したのです。ゴシック教会はそのものがきわめて記憶術的空間だというわけです。

この変化は、単に記憶術とそれを用いるための建築空間の変化だけに留まるものではありませんでした。
エルヴィン・パノフスキーは、中世期の芸術の社会における地位とイデアの位置づけの変化を『イデア―美と芸術の理論のために』書評)で論じていますが、中世においては、芸術家が本来神の思惟であるイデアを神秘的な直視により捉える能力をもったものと見做されると同時に、古代におけるプラトンの絶対的イデアに対して、芸術家が直視したイデアを神のイデアの模倣としての準イデア的なものと考えられるようになりました。
つまり、説教師たちが説教を行なう際の記憶を助ける絵画や彫刻は、そのまま、芸術家が模倣として直視した神のイデアに準じるものであり、説教師たちはその準イデアを介して神のイデアそのものから生じる記憶を用いて自分たちの説教を行なっていたことになります。

そのカトリック教会での儀式という場は、人びとが説教師たちの声を通じて神とつながることを可能にする複合的なメディア空間だったといえるでしょう。それは「アーカイブされるものと流れて消えるもの」で紹介したように、グーテンベルク以降の活字文化の空間において、印刷された聖書という別の神の言葉をもったピューリタンたちが儀式と教会の空間をナンセンスと考えたのとは、まさに対照的です。

持ち運べるメディアと持ち運ぶための道あるいは車輪

建築という持ち運べない情報メディアから、ポータブルな印刷されたメディアへ。
この中世からルネサンスへの変化を促した大きな要因として、「情報」という視点から捉えたのがマクルーハンのメディア論でしょう。

マクルーハンは「情報」の移動について、次のように書いています。

印刷された形で情報が移動するようになると、車輪と道路が1000年の中断のあとふたたび作動を始めた。イギリスでは、印刷(プレス)からの圧力(プレッシャー)が18世紀に硬面道路をもたらし、その結果、人口と産業の再調整がなされることになった。
マーシャル・マクルーハン『メディア論―人間の拡張の諸相』

キケロら雄弁家が活躍したローマ以来、1000年の中断のあと、車輪と道路が印刷された情報の移動のために再起動し、「人口と産業の再調整がなされる」ことになったとマクルーハンは言います。
その1000年前のローマ期には、「情報」は人間という原初的なメディアが道というメディアを進むことでローマという中心から周縁へともたらされました。「凡ての道はローマに通ず」ということわざがありますが、実際には道はローマから周縁へと敷かれたのでしょう。
そのときの情報を運ぶ具体的な人間とは軍隊でした。
その軍隊もまた活字印刷文化後の18世紀のイギリスにおいて、硬面道路が人口と産業の再調整をもたらしたのと同様に、ローマ期の世界に産業の変化をもたらしています。

マクルーハンは、そのことを、

軍隊のあとに交易が続いた。それだけではない。軍隊そのものが工業機械であった。そして、数多くの新しい都市は、画一的な訓練を受けた兵士たちが部署についた新しい工場のようなものであった。(中略)ローマの軍隊は移動可能な工業的富の産出力であったが、加えて、ローマの町に膨大な消費者大衆を生み出しもした。労働の分割は、就業地と居住地を分離させる傾向をもっているように、つねに生産者と消費者の分離も生み出す。
マーシャル・マクルーハン『メディア論―人間の拡張の諸相』

と表現しています。
そして、この軍隊の移動とともにローマの道が敷かれたのとは逆の流れで、アメリカにおいては、新しい道としての鉄道が軍隊に利用されることになります。

イギリスが郵便のために建設した道路は、大部分が新聞によって利用されるところとなった。交通量が急速に増加すると、鉄道ができ、それが道路よりももっと特殊化した形態の車輪をもたらした。いかなる新しいメディアも、それがものに速度を加えることで、共同体全体の生活と投資を混乱させる。戦争の技術をこれまで聞いたことがないほどに強烈なものに高めたのが鉄道であった。アメリカの南北戦争は鉄道によって戦われた最初の大戦争となり、それはまた大量流血のために鉄道を利用したことのないヨーロッパの軍人たちにとって研究と賛美の対象となったのであった。
マーシャル・マクルーハン『メディア論―人間の拡張の諸相』

もちろん、速度による戦争を可能にしたのは鉄道だけではないでしょう。鉄道に乗せる情報メディアとしての新聞をはじめとする活字印刷メディアこそが「共同体全体の生活と投資を混乱させ」、鉄道による戦争としての南北戦争を可能にしたのだと捉えることが大事です。

それはもはや建築という場所に縛られた「記憶」の空間ではなく、いつでもどこでも個々人が持ち運べる印刷された「記録」の空間に、情報社会を変質させたのです。
グレゴリー・クラークが『10万年の世界経済史』書評)で論じた、1800年以降の「生産活動に関する社会の知識ストックを増大させることの投資」による生産効率の向上と経済成長という「マルサスの罠」を脱した近代の方法もこうした新しい情報社会の成立の上に成り立っていると考えられます。

空間を視覚によって切り離す地図

紙の上に視覚的に情報をあらわすことで、社会を変化させた例として、マクルーハンは『グーテンベルクの銀河系―活字人間の形成』で、リア王が息子たちに領土の分割の話を持ち出すシーンにも注目しています。

リア王が使用した地図もまた、メルカトルの投影図法が考案された時代である16世紀における新案物であった。つまり、当時地図は権力と富の外縁部分をあたらしい眼で目直す新時代のヴィジョンへ導く鍵であった。コロンブスは航海者であるまえに地図製作者であった。そしてあたかも空間が均質で連続しているかのように、空間内を直線コースで進むことが可能であるという発見は、ルネサンス時代に人間が獲得したあたらしい意識となった。さらにこの場合重要なことは、リア王の中心的なテーマが彼が広げた地図から直接でてくる点である。つまり、視覚だけを切り離し、それを孤立させた上で、それをすべての判断のもとにすえるという一種の精神的盲目状態がここにはある。

地図が紙の上に領土を表すことが可能になったことで、リア王は息子たちにそれを分割することが可能になったのです。同様に、紙の上の地図は、自国の領土の外にまだ領有していない世界も指し示しました。コロンブス以降にヨーロッパ各国が帝国主義に進んだことはいまさら述べるまでもないでしょう。つまり、それはかつてローマ軍が道を進むことによってはじめて可能であった外延部への侵略が、それを実行する前にすでに紙の上で可能になったということを意味します。それはコンピュータによるシミュレーションの先祖ということもいえます。

空間は紙の上で連続的なものとなり、直線や曲線でつないだり分割したりということが可能なものになったのです。それは空間だけでなく、時間でも同様で、歴史もまたホメロスの詩や平家物語などのように語られるものではなく、連続的な年表の上にレイアウトされるものになったのです。

僕らが理解しそこねているのは、まさにこうした「情報」に関する概念およびその技術とそれにともない生じた社会の変化でしょう。日本人がITで遅れをとっているのは、単に数学的思考や抽象的思考が苦手だからというのではなく、西洋の社会や人びとの生活にはいまだに深く染み渡っている、こうした「変化」の経緯/傷跡を共有していないからだと思うのです。つまり、それは情報がどういうものかを本当の意味で理解していないということです。もちろん、この場合の「本当の意味」というのは、西洋文化が「情報」を理解し扱うのと同じようには、という意味であって、真実の意味での情報というのではありません。良くも悪くも現在の「情報社会」は、今回ざっと概観したような西洋の長い歴史のなかで生じた変化を受け継ぐものなのですから、まずはそのことを知らずにITで世界と太刀打ちしようなどというのはあまりに無謀だろうと思います。

とはいえ、それを体系的に論じることを可能にしたという意味では、西洋でもそれほど先例があるわけでもありません。
実際、マクルーハンも『メディアの法則』のなかで、自分が進めてきたメディア論の研究が、フランシス・ベイコンの『ノヴム・オルガヌム―新機関』やジャンバッティスタ・ヴィーコの『新しい学』を継ぐものであると言っているくらいで、はっきり言って体系化が進んでいるというにはほど遠い。だからこそ、逆にマクルーハンの存在が貴重であり、それに続く、バーバラ・M・スタフォードの存在に注目すべきなのだと思います。

『メディア論―人間の拡張の諸相』にしても『グーテンベルクの銀河系―活字人間の形成』にしても、正直、なんでこんなに高いんだと思えるような値段の本です。ただ、その値段を払って他の本を何冊も買うより、何倍も価値があると断言できます。何より、それは「今日のIT型情報社会が知っておかなければならないことのほとんどすべてが、まさに触知的に暗示されている」のですから。

  

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