アニサキス感染 〜日経は間違いを掲載するな
アニサキスによる食中毒は季節を問わずありますが、同じ魚種であっても場所や季節によってアニサキス寄生率がかなり違うことが最近わかっています。その理由をはっきり知りませんが、たとえばカツオは春の初鰹と比べて秋の戻りカツオはアニサキス感染がはるかに高率です。私が考えるに、終宿主となるクジラの移動(卵を排泄して海中にばらまく)が関係している予感がします。さてこのアニサキスに関して、12月7日の日経土曜特集にこんな記事がありました。
アニサキス被害10年で7倍 恐れずに食べる方策は
くらしの数字考
サバやアジに寄生するアニサキスによる食中毒。2022年に報告されたのは566件とこの10年で約7倍に増えた。だが、実際にはその40倍の約2万人が腹痛に襲われているらしい。安心して食べる方法を探った。
クジラがカギを握るアニサキスの増殖
激しい腹痛や嘔吐(おうと)を引き起こすのはアニサキスの幼虫だ。2〜3センチメートルの白い糸のような寄生虫で、成虫は5〜20センチメートルにもなるが、クジラの内臓の中でしか生殖しない。仮に成虫を人間が飲み込んでも症状は出ない。大量の成虫を抱えるクジラの肉を食べてもアニサキス症にはならない。
終宿主(しゅうしゅくしゅ)であるクジラの中で成虫が交尾し、卵がフンに紛れて海中に漂いふ化して幼虫になる。それをオキアミなどの中間宿主が食べ、さらに待機宿主と呼ばれるサバやイワシが食べて、それをクジラが食べる。
そう、その通りです。ヒトはアニサキスの終宿主となれるような消化管構造でないので、虫が右往左往して暴れます。ところがその後こんなことが書いてあります。
アニサキス目線で見ると、広い海で様々な宿主に居候して成長し、クジラに食われれば子孫を残して循環し続けるが、人間に食われると子孫は残せない。居候先を間違えた幼虫は人間の胃の壁を激しく刺して抵抗し、それが激痛をもたらすのかと思ったが、そうではないという。
国立感染症研究所(東京・新宿)客員研究員の杉山広さんを訪ね、痛みの原因を聞いた。アニサキスの幼虫がついた刺し身を食べると、幼虫は胃の壁に入り込む。「胃壁は刺されても痛みはない。ところが、刺さったことで体に防御反応が起き患部が炎症を起こす。この炎症が激痛をもたらす。アレルギー反応です」つまりアニサキスと戦う力が強い人ほど激痛が起きる。
「胃壁は刺されても痛みはない。」はあ?何言っているんですか、杉山さん?胃内には普通に内蔵感覚神経があり、痛覚はあります。アニサキスで起こる腹痛の主たる原因は、仔虫が胃壁(腸壁)に食い入るからですよ?あなたが言うアレルギー反応による腹痛はそれとまったく違い、どちらかというと下痢を起こすタイプです。「このひと、少なくとも医者じゃないな?」と思い調べると、科研費の取得経歴でこんな感じでした。
2017年度 – 2020年度: 国立感染症研究所, 寄生動物部, 主任研究官
2015年度 – 2016年度: 国立感染症研究所, 寄生動物部, 室長
2014年度 – 2015年度: 国立感染症研究所, その他部局等, その他
2013年度: 国立感染症研究所, その他部局等, 室長
1997年度 – 1998年度: 国立感染症研究所, 寄生動物部, 主任研究官
1996年度: 国立予防衛生研究所, 寄生動物部, 主任研究官
1995年度: 国立予防衛生研究所, 寄生動物部, 研究官
1993年度 – 1994年度: 国立予防衛生研究所, 寄生動物部, 主任研究官
1990年度 – 1991年度: 国立予防衛生研究所, 主任研究官
1987年度 – 1988年度: 大阪府立大学, 農学部, 助手
杉山先生は大阪府立大学(現在の大阪公立大学)農学部の獣医学科を卒業したと見受けます。感染症研に勤務なら獣医師資格をお持ちと思いますが、あちこちでアニサキスに関する講演や学会発表をおこなっているようです。もし日経の記者が杉山先生が言ったことを正確に記したなら、ひどい間違いです。かりに医者でなくても獣医師なら、こういう間違いをするのは解剖学や生理学の基礎がわかってないことになり、恥ずかしいことです。
実は私アニサキスに今まで5回感染しています。アニサキス感染による腹痛は特徴があります。それは「間欠性の痛み」です。感染源となる魚肉を食べてからだいたい12時間くらい、つまり夜食べると翌朝くらいから始まります。最初は胃部膨満感をともなうじわっとした違和感ですが、次第に痛みがはっきりしてきます。およそ5分間隔くらいできりきりと胃を引っ張られるような痛みが起こり、1分くらいで徐々に消退します。その繰り返しで数時間で極限に達し、ひどいとその状態がまる1日くらいは続きます。この痛みはアレルギーとはまったく関係なく、アニサキスの物理的な刺入が原因です。ただあとの方の感染、特に今のところ最後となっている今から15年前の感染のときは、その後も症状が長引きました。長引く症状も基本腹痛ですが、胃腸全般に痛く下痢をともなったものでした。これこそがアレルギー症状によるものでしょう。ですから杉山先生が言うことはまったくのウソではないけど、区別して述べるべきでしょう。記者が書いたとおぼしき「つまりアニサキスと戦う力が強い人ほど激痛が起きる。」だけでは、誤解を招きます。
アニサキスの感染はクジラの腸管に寄生した親虫が産卵した卵が糞と一緒に排泄され、それを食べたプランクトンの体内でふ化することから起こります。それが次第に食物連鎖で大きな魚に受け渡されます。生きている魚では腸管に仔虫は寄生していますが、宿主の魚が死ぬと消化管を破って腹壁付近の筋肉に移動してきます。それを食べると感染するわけです。ですから「完全養殖」してしまえば食物連鎖はなくなり、ふぐ毒と同じくアニサキス感染は起こらなくなるはずです。ですから、
「最終兵器」は陸上養殖
実は、死んだアニサキスの体内成分からアレルギーを起こす人もいる。完全にリスクをなくすには、アニサキスがつかない魚をつくるしかない。この実用化が鳥取県で進んでいる。タシマボーリング(鳥取市)は掘削技術を生かして地下海水をくみ上げ、掛け流しの水槽でサバの陸上養殖を行っている。その名も「さばみちゃん」。
社長の田島大介さんは「砂で濾過された地下海水で、オキアミなどの生エサではなく熱を加えて乾燥粉末化したエサを与え、人工ふ化させた稚魚を使う。この3つの技術でアニサキスが入り込む可能性を封じている」と完全養殖の利点を説明する。さばみちゃんは「生涯海を知らない陸上で製造された商品」という。
は本当です。しかし一度アニサキス抗原に感作されてしまった患者は苦しいでしょう。アニサキス抗原は加熱しても失活しないようで、それが混じったサバなどの削り節やその二次製品でもアレルギーを起こすことがあるようです。しかもアナフィラキシーを起こして、生命の危険に晒されることもあるようです。福和クリニックのサイトの記載を引用します。
アニサキスアレルギー
魚介類生食後の蕁麻疹を主症状とするアレルギー症状です。血圧降下や呼吸不全,意識消失などのアナフィラキシー症状を呈した症例も報告されています。原因となるアニサキス抗原は複数ありますが、加熱によっても抗原性を失わないアニサキス抗原もあります。そのような抗原に対して感作された(アレルギー反応を起こす体質になること)場合は、加熱した魚介類を食べてもアレルギー症状が出ることになります。
私自身もおそらくアニサキス抗原による感作があったと思いますが、その後サバ削り節やその製品の蕎麦だしを口にしてもアレルギー症状を発したことがありません。魚介だしを食べられなくなったら、和食系はほぼ全滅ですから不幸中の幸いだったと言えるでしょうか。
近くの岩井温泉の旅館「明石家」(岩美町)でさばみちゃんの刺し盛を食べてみた。見た目が美しい。散々食べてきたシメサバと同じ魚だとは思えない食感と味わいだ。マグロの大トロに限りなく近い。社長の山本潤一さんは「何よりも自信を持って、安心してご提供できます」と話す。
体内の異物を排除せずに共存することを「免疫寛容」という。クジラとアニサキスの関係がそうだ。「お互いに戦うのをやめた休戦状態」(倉持さん)だという。「人間もそうなれば」。そんなことを思いながら人生初のサバの刺し身を平らげた。
ええ!ヒトに対して免疫寛容がある寄生虫はごまんといるから、「人体寄生虫学」という学問があるんじゃないか!この記者何を言っているんだ?
最近医学部では寄生虫を専門にする研究者がとても少なくなり、講座あるいは分野としての寄生虫学も残存している大学はわずかしかありません。しかし、日本のような魚介を生食する習慣が根強い国ではどんな寄生虫感染が今後起こるかわかりません。こういう間違い記載が堂々と大新聞に出てしまうなら、後顧の憂いを断つために、寄生虫のきちんとした研究や教育・啓蒙活動の整備に今から手を打っておくべきと思います。
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