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2015年10月 8日 (木)

虐殺器官のファントムペイン

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 「MGSV:TPP」メルヴィルの「白鯨」やオーウェルの「1984」といった小説が引用されているとのことだ。確かに語り手である”僕”イシュメールが伝説になる船長エイハブとピークォド号の乗組員たちに関わり伝記として残す関係を、プレイヤーがゲームプレイを通して関わりながら見つめるビッグボスとマザーベース、そして本作の結末まで含めて重ねることはできるかもしれない。

 だがしかし本当に大事な小説を忘れている。それは何十年も前だとか一世紀前の小説だとか、文学史に残るような昔のものじゃない。今からわずか8年前に刊行された小説だ。その小説と、そして作家はおそらく「MGSV:TPP」のドライで残酷な作風に決定的な影響を与えたと見ている。


 諸海外のトレンドであるオープンワールド化と、「half-life2」から「batman:Arkham knight」に至るイベントシーンでもゲームプレイは続くという演出を長回しカメラと解釈したムービー演出が本作をドライにし、かつてない無情さを与えている。そう「MGS:GZ」の時に思った。やはり本編でもムービーとゲームプレイを可能な限り切らない演出は健在だが、語られる世界と巨悪はこれまでのような主語のデカいものではなくなり、どこか抽象的な領域に足を踏み込んでいる。そこにかの小説の影響が考えられるのだ


 全ての所業がまるでマッチョなイルミナティみたいな過去シリーズの世界観からすれば、それはとても繊細なテーマだ。なぜそれを選んだのか?というのはその小説と作家の生涯に大きく関係あると思う。というのも、小島秀夫はその作家と少なくない交流があったようだから。


 タイトルは「虐殺器官」。作者は伊藤計劃。2007年にこの小説で鮮烈なデビューを飾り、高い評価を得た現在までに長編2作と短編集が刊行されている。しかしもう新作が刊行されることは無い。肺癌を患い、長い治療の中ですでに亡くなってしまったからだ。


 伊藤計劃の作風はアニメの押井守や映画の黒澤清からの影響を公言しており、含蓄ある部分には異端の小説家バロウズから、最近では経済学者トマ・ピケティの翻訳で有名な翻訳者で評論家の山形浩生が取り上げた書籍の引用などが目立つ。だけどその中でも、とりわけ小島秀夫作品に対しては強い影響を受けたことをよく書いている。


  これまでMGSの新作が出る際にパンフレットなどに寄稿。実際に「MGS4」のノベライズも行う。オタコンを通した一人称の目線で描かれるのだが、そこで語られる”僕”の言葉はまるでMGSシリーズを見てきた作家本人の視線そのものみたいだ。

 「虐殺器官」は近未来での軍事SFだ。 アメリカ同時多発テロ以降に先進諸国は管理体制を加速化、それから数十年してテロの脅威は無くなるも、後進国では内戦が激化し民族紛争が各地で勃発する状況となっている。ところが世界各地で起きる内戦の裏側には、ジョン・ポールという一人のアメリカ人が関わっていることがわかる。アメリカ情報軍に所属する主人公クラヴィスは彼の捜索に動くのだが、その過程で人類を紛争に導く「虐殺の文法」の存在を知ることになる。


 現実の状況を元にしながら架空の戦争状況を描く展開、そこには小島秀夫作品の跡がある。未来社会や兵器のディテールの描写には「MGS」シリーズの影響を感じさせるし、もともとは「スナッチャー」の二次創作小説「Heavenscape」(短編集「The Indifference Engine」に所収)が「虐殺器官」の下敷きになっている。

 

 「MGSV:TPP」の登場人物造形にはかつてなく悲壮な気配がある。コメディな部分も、ランボーやブルースリーやらを引用してたようなマッチョなネタが多かったMGSシリーズだが主人公ヴェノム・スネークをはじめ、カズヒラ・ミラーからクワイエットたち主要な登場人物が軒並み身体の欠損を抱えている。特定言語を話す人間のみを殺す生体兵器は声帯に寄生し、やがて肺を蝕み死に至らせる。両者の作品とその影響を観ていると、それは伊藤計劃が癌を患い、治療の中でいくつか身体を切除していっていたみたいな背景と重ねて見てしまう。


 

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 膨大な引用や影響の跡が見える「虐殺器官」の中で、真に含蓄ある部分は管理社会だのポストヒューマニティーだのそんな仮構のものではなく、作中のキーである「虐殺の文法」を主に言葉そのものの概念や影響を中核においていることだ。(このテーマは言語学者ノーム・チョムスキーの引用らしいけど、未読です)。そして「MGSV:TPP」の中核にあるのも、まさに言葉を巡る紛争に関してだ。でも両者の解釈はずれ込むことになる。


 「MGSV:TPP」
はゲームメカニクス・演出・ストーリテリング・人物造形と全ての面で過去シリーズから真逆だ…ゆえに最初からオープンワールドであったシリーズや、FPSの演出を極めたシリーズ、そして最初から無情な視座で描かれてきたものと比べればぎこちない部分は否めない。


 クラヴィスとジョン・ポールによる虐殺の文法を巡るやり取りは、ある意味では言葉で綴られる小説でしか成立しない抽象化されたそれを感じる。でも「MGSV:TPP」はそんな含蓄ある部分を全部具体化して埋めてしまう。言語を殺し概念を消滅させるのは、なんと「紀元前より存在した声体虫、それが人に感染し殺す」という設定、そこには「虐殺器官」の含蓄と小島秀夫らしい、抽象的で行間ある領域をショッカーとか超人みたいな悪の寄生虫にして収めちゃう手癖が混ざり合った独特の余韻だ。この抽象をゲームメカニクスに生かし切れない、たどたどしい、しかし…というやつ。
 

  どうあれ両者が相互に影響しあった跡が「MGSV:TPP」には残されている。”伊藤計劃以後”という、夭折した作家を出汁に日本のSFを語るどうしようもないフレーズが出回った。だがおそらく唯一、”伊藤計劃以後”という言葉どおりに作風に影響があったのは、まさに伊藤計劃に影響を与えたMGSシリーズそのものではないだろうか。

 

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3.ビデオゲーム表現」カテゴリの記事

コメント

あと、派手に影響を受けているのはデヴィッド・ボウイですね
diamond dogs(1984がテーマのアルバム名)しかりthe man who sold the worldしかり……
そしてストーリーの展開の取り留めの無さは、差し詰め「life on mars?」の歌詞並みと言ったところか……

しかし、夭折した伊藤計劃をダシにトリビュートだの何だのやって金儲けをする早川(そして一部のド三流SF作家共)は、まるで「屍者の帝国」を具現化したみたいですね
(その呪いがKONAMI事件及びマングローブの倒産かな……)

書き散らしです、すみません……


ジョン・ドゥさん

そういやMGS裏テーマといいますか、
デヴィッド・ボウイやニューロマンティック勢の引用が多いことで
なんとなくシリーズ全般に漂っているゲイっぽいかんじのルーツが見える感じあっていいですね。
ほっとくと際限なくゲイっぽくなっちゃうから
クワイエットやエヴァ、パスとか異様に目立つヒロインを投入して
バランスをとってるんだと…いやいや別の話ですね。

ちょっとした伊藤計劃時評も今回入ってるんですが、
いまいち肝心の日本SFシーン(シーンか…)ではへんな扱いになってるのに対して、
小島秀夫がジャンル外だからあんま取り沙汰されてないような感じありますね

きっとビッグボスがゼロやカズのもとから離れたのってビッグボス自身はノンケだったからだと思うんですよ
ゼロやカズのビッグボスに対する独占欲の強さに引いちゃったのではないかと。
対してオセロットは自制心があるからビッグボスが引かない距離感を保てたと。

というのは半分冗談で
TPPは言われてみれば確かに伊藤計劃色強いですね
次はアドベンチャーゲームでハーモニーを再現とかしてほしいです

sabooさん

さすがもとBLゲーム会社に関わったひとならではの解釈ですね
MGSVのキャラがまるで学園ハンサムのようにみえてきましたよ

せっかく膨大な個々人で名前を持つ兵士が多様な言語を持っているって
描写が入ってるのに、あんまり生かせていなかったですね。
2章で言語と概念を巡るマザーベース内の分裂みたいなのが描けてたら
すさまじかったんですが

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